「さて……。まずは情報収集か……」
夕方。
俺は秘密造船所から退出し、街を歩いていた。
(まさかヤマト連邦に向けて出発する前の段階で問題が発生するとはな……)
歩きながら、状況を整理しておこう。
古都オルフェスにおける俺の最終目標は、『隠密小型船にミリオンズのみんなと乗り込んで、一般民衆などに気づかれないまま出発する』ことだ。
ただし、現時点では隠密小型船が完成しておらず、ミリオンズも揃ってはいない。
不用意に目立たないようにするため、俺、モニカ、ニムの3人で来ているのだ。
(とりあえずミリオンズのみんなを呼び寄せてもいいが……。ラーグとオルフェスを結ぶ転移魔法陣の作成となると、数日単位で掛かる可能性があるな……。魔法陣の完成後も、MPの都合でさらに日数が必要になるかもしれない……)
そう考えると、やはり仲間たちを集めるのは時期尚早だ。
この街に滞在する関係者が大人数になればなるほど、一般民衆などに気付かれるリスクが増すからな。
一般民衆に気付かれること自体は構わないのだが、どこからどう伝わってヤマト連邦の関係者に漏れていくか読めない。
よって、仲間たちを呼び寄せるのは後回しにして、先に隠密小型船の件を片付けることにする。
(隠密小型船は、ほぼ完成している。魔導部に特殊な古代技術を使用しており、地元の工房に協力を依頼していたそうだが……。マフィンに目をつけられ、失踪してしまったと……)
順調に進んだ場合の解決策はこうだ。
俺、モニカ、ニムの3人で、マフィアをぶっ潰す。
その際、目立ってはいけない。
ハイブリッジ男爵やその関係者がオルフェスを訪れている――その事実だけでもダメだ。
身分で圧力を掛けたり大技で暴れ回るのではなく、秘密裏に処理する必要がある。
そして、奴らのアジトを捜索したり構成員を尋問することで、失踪した地元工房の少女を捜索していく。
無事に見つかれば、未完成だった隠密小型船の魔導部の仕上げに取り組んでもらう。
完成の目処が立ったら、転移魔法陣を作成して順次ミリオンズの面々をオルフェスに呼び寄せる。
そして、ひっそりとオルフェスを出発し、ヤマト連邦に向かう。
――順調に進めば、概ねこのような流れになるはずだ。
(我ながら素晴らしい計画だな。ふふふ……!)
しかし、この作戦には穴がある。
それは、マフィアの情報が不十分なことだ。
地元に根付いているブラック寄りのグレー組織だけあって、構成員の顔や本拠地の場所などが分からない。
いや、ある程度は判明しているのだが、それが全てか判断できないのだ。
仮に適当に――例えば『秘密造船所の近くで内部の様子を探っていたチンピラ』をボコボコにして尋問したところで、失踪した少女の捜索に役立つとは限らない。
有益な情報が多少得られる可能性がある一方で、組織として俺への警戒度が上がってしまうリスクがある。
やはり、マフィアをきっちりを潰すためには事前の情報収集が欠かせない。
しかし、俺1人で動いても効率が悪い。
そこで、俺はモニカやニムと合流するため、宿屋『猫のゆりかご亭』に向かっているのである。
「――ん?」
そんなことを考えつつ歩いていると、前方が何やら騒然としていた。
「おい! 俺たちのシマで好き勝手やってんじゃねぇぞ!!」
「で、でも……! にゃぁは昔からずっとここで……」
「うるせぇ!! 文句があるなら、借金を返してから言え!!」
「うぅ……! でも……1年前に借りたばかりのお金がそんなに増えているなんて、おかしいですにゃ! もうかなりの額の返したはずですにゃ!!」
言い争っているのは、チンピラと少女だった。
チンピラの後ろには、仲間らしき男たちが数人いる。
一方の少女は1人。
そして、彼女は『猫のゆりかご亭』の従業員――サーニャちゃんだった。
「んなもん関係あるか! お前が返していたのは、利息分で消えているんだよ!!」
「それもおかしいですにゃ! 10日で1割の利息なんて、聞いたことありませんにゃ!!」
「へへっ! 借用書にはちゃんとお前のサインもあるんだぜ? ここには利息の説明書きもある!!」
「そんな隅っこに、小さい文字で書かれても気付かないですにゃ!」
「しっかり確認しなかったお前が悪い! お望みなら、出るとこに出てもいいんだぜ?」
チンピラがニヤリと笑う。
出るところに出ても勝てるという自信がある様子だ。
聞いた感じだと、『借用書に法外な利息の表記が小さい文字で書かれており、だましうちのような形でチンピラ(マフィア構成員?)とサーニャちゃんの間に法外な利息付きの借金契約が生じている』といったところだろうか。
そういった場合、『小さい文字の小ささ具合』とか『法外な利息の法外さ具合』によって契約自体が無効化されそうなものだが……。
チンピラの自信満々っぷりを見る限り、合法ギリギリのラインを狙っているのだと思われる。
ブラック寄りのグレー組織として、そのあたりの事情にも詳しいのだろう。
「にゃ……うぅ……」
「俺らは別に暴力を振るおうってわけじゃない。ただ、大人しく言うことを聞けばいいだけだ。この宿を明け渡すか――あるいは、嬢ちゃんが俺たちの奴隷になってくれるってのでもいいぜ? ヒャハハ!! 全員で可愛がってやるよぉ」
チンピラが下品に笑う。
サーニャちゃんは目に涙を浮かべながら震えていた。
もう黙って見ていられない。
「そこまでだ! 悪党ども!!」
俺は颯爽と登場する。
こういうときこそ、ハイブリッジ男爵の出番である。
貴族としての身分、そしてBランク冒険者としての戦闘能力を活かせば、どうとでも場を収められる。
そう思ったのだが――
(し、しまった……。ここでチンピラをボコボコにしたら、目立ってしまうじゃないか……)
後悔してももう遅い。
俺は既に飛び出してしまった。
今さら後には引けない。
(仕方がない……。ここは身分や戦闘以外で上手く切り抜けよう……)
サーニャちゃんを守るため、俺は覚悟を決めたのだった。
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ウェブトゥーン版の16話が更新されています。
原作(本作)における26~27話に相当します。
糞を投げつけてくる猿を倒し、ミティと川で水浴びする話ですね。
ぜひ読んでみてください!
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