タカシやイリーナがナオミのことを話していた頃、王都騎士団の訓練場では模擬戦が行われていた。
「せいッ!」
「ぐはぁ……」
ナオミの鋭い突きを受け、対戦相手の騎士が倒れる。
これで三連勝だ。
「ほう……。ずいぶんと上達したではないか」
「ありがとうございます。これも、皆さんの指導のおかげです」
模擬戦を観戦していた小隊長の言葉に、ナオミは笑顔で答える。
彼女は騎士見習い。
この場で最も立場が下である。
にも係わらず、彼女は三連勝を達成している。
小隊長が彼女に期待を寄せるのも当然のことだ。
「いい心掛けだ。では、次は”豪槍”の二つ名を持つ我が相手をしよう」
「よろしくお願いします」
タカシが王都を訪れてからというもの、ナオミの実力は飛躍的に向上している。
彼女はもともと素質はあったが、タカシの的確なアドバイス、それに加護の恩恵により、戦闘能力に磨きがかかったのだ。
「はあああっ!」
「ふんッ! せいッ!!」
ナオミの連撃に対し、相手の小隊長は巧みな剣捌きを見せる。
そして、反撃の機会を見つけては強烈な一撃を叩き込む。
「ぐぅ……」
小隊長の猛攻の前に、ナオミは防戦一方となる。
このまま押し切られるかと思われたが、彼女の瞳はまだ死んでいなかった。
(ここで負けるわけにはいかない……。ハイブリッジ様に目を掛けてもらえるように!)
その想いが、彼女の力をさらに引き出させる。
「はああぁぁぁぁ!! 【飛燕衝】!!!」
「なにっ!? ぐっはあああぁ!!」
気合と共に放たれたのは、渾身の一撃。
小隊長はその攻撃を防ぐことができず、まともに食らってしまう。
「勝負あり! 勝者、ナオミ!」
審判役の騎士の宣言を聞き、ナオミは大きく息をつく。
「おおっ! 豪槍さんに勝ったぞ!!」
「すごいわね、ナオミちゃん……」
「いつの間にあれほどの力を?」
「模擬試合とはいえ、騎士見習いが小隊長を倒すなんて……」
周囲の騎士たちからも歓声が上がる。
そんな中、訓練場に一人の男が入ってきた。
「いや~、なかなか凄い戦いだったよ」
「あっ! ハイブリッジ様!?」
現れたのは、ナオミが憧れている男。
名を『タカシ=ハイブリッジ』という。
彼は平民出身の冒険者だが、活動を始めて1年と少しで騎士爵位を授かり、さらに1年と少しで男爵位を賜った人物だ。
冒険者としての実力はもちろんのこと、貴族として政策知識や配下の統率能力もあり、多くの人から尊敬されている。
「ハイブリッジ様……。お疲れさまです」
「お疲れ様。ずいぶん強くなったじゃないか、ナオミちゃん。これなら、もう俺がいなくても大丈夫かな?」
タカシはそう遠くない内に、ヤマト連邦へと旅立つ。
まだ王都に残っているのは、小型の隠密船がまだ建造中だからだ。
「そ、そんなことありません!」
タカシの言葉に、ナオミは激しく首を振る。
「アタシはまだまだ未熟です。もっと強くなりたいのです……。どうか、末永くハイブリッジ様のご指導をお願いいたします」
「ははは……。ナオミちゃんは向上心が強いな。俺もできる範囲で協力するが、いずれは領地に帰る身だ。あまり期待し過ぎないようにな」
「は、はい……」
ナオミが落ち込んだ表情をする。
それを見ていたイリーナが口を挟む。
「タカシちゃん? 例の件、早く話してあげなよ」
「ん? そうだな……」
「例の件、ですか?」
ナオミは首を傾げる。
「知っていると思うが、俺は先日騎士爵から男爵になった。ハイブリッジ家の領地はまだまだ未開発なところも多々あるが、今のうちに優秀な人材をスカウトしたいと思っているんだ。そこで、君に白羽の矢を立てたんだよ」
「ア、アタシを……?」
「ああ。君は俺が見込んだ通り、非常に優秀だ。俺が不在の間、領地を任せられる人材になれると思う」
タカシはナオミの肩に手を置き、真剣な眼差しを向ける。
彼には『原初の六人』の警備兵の他、一般警備兵や治安維持隊、御用達冒険者といった戦力を保持している。
だが、ナオミのように品行方正で規律に忠実な配下は少しでも多い方がいい。
「もちろん、君が望むならの話だ。無理強いするつもりは……「やりますっ! やらせてください!!」
ナオミが食い気味に返答する。
貴族であるタカシから、まだ見習いにすぎない自分への直々のスカウト。
本来ならばあり得ないことだ。
しかし、今の彼女にとってはタカシに認められることが何よりも重要であり、そのチャンスを逃すつもりはなかった。
「よし、いい返事だ。それならさっそく……」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ナオミばっかり優遇されて、ズルいですっ!」
「私だってハイブリッジ様のご指導を受けたいわ」
「ずるーいっ! 私も連れていってください!!」
タカシがナオミを連れて行こうとすると、周囲から不満の声が上がる。
特に、ナオミと同じ騎士見習いの少女たちは大騒ぎだ。
「あはは……。まあ、そういう反応になるよね~。でも、さすがに全員の流出は許可できないかな」
イリーナが苦笑する。
彼女が統括する大隊の中の人材が、ハイブリッジ男爵家の配下に流出する。
同じサザリアナ王国内における流出なので、極端に制限をかけるつもりはない。
だが、あまりにも多数の人数の移籍は看過できなかった。
「ふむ……。仕方がないな。では、希望者全員に機会を与えるとしよう」
タカシは苦笑すると、アイテムルームから木の枝を取り出したのだった。
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