「……あの冒険者の女の子、泣いているわね」
ユナがポツリと言う。
彼女の視線の先には、泣き叫ぶ猫獣人の少女がいた。
「倒れた男のパーティメンバーだったのか? ずいぶんと慕われていたようだな……」
複雑な気持ちだ。
ディルム子爵は、赤狼族の者たちを誘拐した憎き相手だ。
その配下である領軍も、もちろん同罪。
ならば、雇われの冒険者はどうか?
もちろん同罪だ。
子爵から詳しい事情を聞いていなかったという事情があるなら、情状酌量の余地があるかもしれないが……。
そういうのは、全てが終わったあとに考慮するものである。
戦闘中に、『ひょっとするとこの人にも事情があるのでは?』などと考えている余裕はない。
「可哀想に。すぐ楽にしてやるからな……」
俺は再び矢を放つ。
猫獣人の少女に向けて放たれた矢は、彼女の胸部に突き刺さった。
少女は目を見開き、そして……そのまま事切れる。
「タカシ……」
ユナが心配そうな表情で俺を見る。
俺は彼女の頭にポンと手を乗せた。
「……俺は大丈夫だ。仲間を救うためなら、非道な手段だって取る。ユナだってそうだろう?」
「うん……そうね。私たちの村を守るためだもの。やるべきことはやるわ」
ユナはうなずく。
ウォルフ村は、サザリアナ王国にもウェンティア王国にも所属していない。
隠れ里だ。
規模としてはやや大きい程度の村といったところだが、捉え方によっては一つの国と言えなくもない。
他国から住民を誘拐されて黙っているようでは、舐められてしまいその後も好き放題にされる。
適度な報復は必要だ。
――その後、敵方戦力のほとんどを削った俺とユナは、ドレッドやジークを始めとした戦士たちと合流。
誘拐されていた仲間たちを探った。
その途中で、魔物に遭遇する。
いや、魔物とは言ってもテイムされており、刺激しなければ過度な危険はない。
ペットのような存在と言っていいだろう。
そのペットたちは、飼い主らしき少女の死体にすがって悲しげに鳴いていた。
彼女のことは知っている。
他の誰でもなく、俺が彼女を射抜いたのだから。
「タカシ……」
ユナが気遣うような視線を俺に向ける。
遠方から射撃しているときは、人を殺しているという実感があまりなかった。
しかし、実際にこうして近くで目の当たりにすると……やはり精神的にキツイものがある。
「……先を急ごう」
自分の行いを悔いている暇はない。
それに、これは仕方のない行為なんだ。
この少女も、腕利きの冒険者だった。
ペットの魔物と連携して戦士たちと激しい戦いを繰り広げていた猛者である。
俺が遠方から弓矢で射殺しなければ、戦局はもっと拮抗していたことだろう。
敵方の戦力を俺やユナが削り切ったからこそ、誘拐された仲間をこうして探すことができているのだ。
俺がやったことにも意味はある。
そうに違いない。
俺は自分の行いに目を背けつつ、仲間を探し続ける。
「……見つけたぞ。ここが監禁部屋だ」
「みんな! 助けにきたわよ!!」
俺とユナ、そして戦士たちが監禁部屋に突撃する。
そこには誘拐されていた赤狼族の人たちがいた。
全員、無事だったようだ。
「さぁ、帰ろう」
俺たちはディルム子爵邸を脱出する。
ついでに、屋敷内の金品などは根こそぎ頂いておいた。
まるで盗賊のような行為だが、先に仕掛けてきたのは向こうだ。
文句を言われる筋合いはない。
誘拐されていた少女の一人が、妙にディルム子爵を気にしていた。
彼の死を伝えると、彼女はひどく取り乱してしまった。
何か込み入った事情があるのだろうか……?
いや、違うな。
いわゆるストックホルム症候群のようなものだろう。
時間が解決してくれるはずだ。
ディルム子爵は悪人。
俺たちは、仲間を救うために奮闘した誇り高き戦士たちである。
疑いの余地はない。
俺たちはそのまま、ウォルフ村に戻ったのだった。
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