ブギー盗掘団の捕縛作戦を無事に終えて、ラーグの街へ向けて移動中だ。
ソフィアから光の精霊石という高価なアイテムをもらったことだし、もう恐れるものは何もない。
今は大人数で西の森を東に向けて歩いているところである。
「くんくん……。タカシさん、なんだか匂いませんか?」
ニムが鼻を鳴らして、そう言う。
彼女は犬獣人だ。
匂いには敏感である。
スキルポイントに余裕ができれば、嗅覚強化のスキルを取得して、長所を伸ばしていきたいところだ。
が、今はそんなことよりも。
「そ、そうか? 確かに、数日間風呂に入っていないが……」
ニムに臭いと言われたのはショックだ。
俺だけじゃなくて、みんな臭いよな?
「い、いえ。そういうことではなく。なんだか、進行方向から匂いがするのです」
俺の匂いじゃなかったか。
セーフセーフ。
「確かにな。こいつは臭え。ゲロ以下の匂いがプンプンしやがるぜ」
ニムの父パームスがそう言う。
もちろん彼も犬獣人だ。
「ふむ。数名だけで偵察をしてもらうか? しかし、あまり人数を分けたくはないが……」
冒険者ギルドのギルドマスターであるマリーがそう言う。
この一行の代表は彼女だ。
ちなみに、彼女の次に発言力があるのは、特別表彰者である俺やマクセル、ギルバートあたりである。
移動を一時停止し、マリーが方針を考えている。
……と、そうこうしているうちに。
「うっ! 匂いがきつくなってきてない?」
「ふふん。これは……すごい匂いね」
アイリスとユナがそう言う。
彼女たちは鼻を押さえている。
「……むっ。何かが近づいてくるよ!」
「こ、この匂いには覚えがあります! ですよね? タカシ様」
モニカとミティがそう言う。
確かに、どこかなつかしい匂いだ。
悪い意味で。
木々の上のほうがざわつく。
顔をあげる。
そこには、巨大なサル型の魔物がいた。
「キキィーー!」
サル型の魔物が威嚇の声をあげる。
うるさい。
そしてそれ以上に、臭い。
「こ、こいつは、ビッグスメリーモンキーだぜえ!」
「ぐっぐっぐ。なぜこんなところに……。さっさと討伐して、アイテムバッグか何かにしまってしまえ」
ディッダとウェイクがそう言う。
ウェイクは半分むせて変な笑い方になっている。
ビッグスメリーモンキー。
スメリーモンキーの大きい版だ。
スメリーモンキーは、かつてこの西の森で討伐したことがある。
俺とミティ。
それに、”荒ぶる爪”のディッダ、ウェイク、ダン、ボブの4人で戦った。
なつかしい。
この匂いをまた味わうことになるとは。
「う……。これは臭いな……。素手では触りたくない。……オロロ」
「ガハハ! 我も同感だ! だれか魔法か何かで攻撃してくれ! ……オエッ」
マクセルとギルバートは武闘家だ。
こういう素手で触りたくないような魔物相手には、不利となる。
特別表彰者である彼らが戦えないとなると、俺たちミリオンズで戦う必要があるだろう。
みんなで力を合わせて討伐しよう。
……そう思ったが。
サッ。
ササッ。
「こ、ここは他の人に任せるよ。ボクは後ろで待ってるね」
「私も。申し訳ないけど」
「す、すいません。わたしもです」
アイリス、モニカ、ニムがそう言う。
彼女たちは後方へ退避していった。
マリーやブギー頭領、それにナーティアやパームスもいっしょだ。
みんな、あまりの匂いに及び腰といったところか。
俺も逃げたいところだが、そうも言ってられない。
俺まで退避してしまうと、戦える人がずいぶんと限られてしまうからな。
それに、叙爵のための功績稼ぎもある。
ただ臭いだけの魔物を倒したところで、どの程度有効かは微妙なところだが。
少なくともマイナスにはならないだろう。
盗掘団の捕縛作戦ではあっさりと眠らされてあまりいいところがなかったし、少しでも挽回しておきたい。
「ぐっ。ここは、俺の火魔法で……」
「ふふん。私も火魔法で合わせるわ……」
「私も投石で……」
俺、ユナ、ミティ。
ここは3人で戦おう。
しかし、こんなに同行者がいるのに戦うのは3人だけか。
みんなしっかりしてくれよ。
まあ、魔物との戦いには相性というのもあるが。
武闘家や剣士などの近接職は、高い木の上にいる臭い魔物とは相性が悪い。
俺たち3人で、ビッグスメリーモンキーに1歩近づこうとする。
だが、それを止める者が現れた。
「タカシさん。まあ待って。ここは僕に任せてよ」
ソフィアだ。
彼女が前に出る。
ちなみに、”光の乙女騎士団”の他の3人はアイリスたちといっしょに後方へ退避している。
「ソフィアか。よろしく頼む」
彼女は剣士だ。
高い木の上にいる魔物相手に、剣は届かない。
何かしらの遠距離攻撃の手段があるのだろうか。
できれば俺が討伐したかったが、まあ無理にというほどでもない。
ここはソフィアのお手並みを拝見させてもらおう。
「はああ……! 神よ。僕に力を……」
ソフィアが剣を前に持ち、天に突き出すように構える。
神に祈るような所作で、力をためていく。
これは、俺との模擬試合で使おうとしていた技だろう。
かなりの聖気と闘気だ。
俺と模擬試合をしたときよりも、ずいぶんと出力が高い。
「聖剣エクスカリバー!」
ソフィアが剣を前に突き出す。
剣の切っ先から、白く輝く光の波動が放たれる。
「キ? キキィーッ!」
ビッグスメリーモンキーは、慌てて避けようとする。
しかし、もう遅い。
ソフィアが放った波動は、なかなかの速度だ。
それに、攻撃範囲も広い。
ビッグスメリーモンキーの必死の回避行動も虚しく、やつが波動をモロにくらう。
そして、光の波動の放出が終わる。
「キ、キキィ……」
ビッグスメリーモンキーは満身創痍となり、倒れた。
俺は匂いに耐えつつやつに近づき、アイテムルームに収納する。
まだあたりに匂いは漂っているが、これで大元が絶たれたことになる。
少しずつマシになっていくだろう。
後方に退避していた者たちも、こちらに戻ってきた。
何やら、ミティとカトレアが魔法の詠唱を始めている。
ビッグスメリーモンキーはもういないぞ?
「……風よ荒れ狂え。ジェットストーム!」
「……風よ荒れ狂え。ジェットストーム!」
ミティとカトレアが、それぞれ中級の風魔法を発動する。
激しい風が吹き荒れる。
これは……。
匂いを吹き飛ばそうとしてくれているのか。
しばらく激しい風が吹き続ける。
そして、ミティとカトレアが風魔法を解除する。
うん。
ずいぶんと匂いがマシになった気がする。
「ありがとう。ミティ、それにカトレアさん」
「いえ。少しでもタカシ様のお役に立てたのであればうれしいです」
ミティがうれしそうにそう言う。
ミティの風魔法は中級だ。
超一流のパワーに加えて、魔法においても中級。
ミティはかなりの戦闘能力を誇る。
さて。
ミティはもちろんすごいが、今はそれよりも気になることがある。
「すごいな。ソフィア。あれが君の奥の手か」
「うん、そうだね。タカシさんとの戦いでも使おうとしたんだけどね。この聖剣がないと使えないことを忘れていたよ」
確かに、俺との模擬試合でもこの技を使おうとしていた。
あのときは木剣での試合だったので、この技を発動することができなかったということか。
俺も、ボフォイの街で冒険者ギルドのギルドマスターであるベイグと戦ったときに、木剣を使っているのに火炎斬を発動したことがある。
当然木剣は燃え尽き、そのスキを突かれて俺は敗北した。
なんとなく、このソフィアには親しみを覚えるな。
「しかし、これほどの威力を俺に放とうとしていたのか……。殺す気マンマンだな!?」
「い、いやあー。ムチャクチャな絡まれ方をして、頭に来ていたからね。テヘッ」
ソフィアがとぼけた顔をしてそう言う。
「テヘッ……じゃなくてだな。そりゃ、元はと言えば俺が悪いけどさ……」
「まあまあ。あのときは未遂に終わったんだし、いいじゃない。もちろん、威力は加減するつもりだったし」
そりゃそうか。
さすがに、あの局面で俺を殺してしまうと、正当防衛の言い訳は通じないだろう。
過剰防衛だ。
多少の情状酌量はあるとされるだろうが、ある程度の罪は背負わざるを得ない。
そんな会話をしながら、俺たちは再びラーグの街に向けて歩きだした。
それにしても、また手柄を取り損ねたな。
叙爵は厳しいかもしれない。
しかし、叙爵のライバルだと思われるマクセルやギルバートも、俺と同じく大して活躍していない。
ソフィアたちの睡眠魔法でいっしょに眠らされてしまったからな。
話を聞いた限り、最も活躍したのはモニカである。
次点で、ニムやユナ、それにストラスあたりだろう。
とはいえ、彼女たちは現時点では特別表彰者ではない。
今回の一件で活躍したからと言って、即座に叙爵は考えにくいか。
ソフィアも、俺たちミリオンズの暴走を止めたり、たった今ビッグスメリーモンキーを討伐したりした。
十分に活躍したと言っていいだろう。
しかし、ソフィアにはブギー盗掘団と通じていた罪状がある。
さほど重い罪にはならないかもしれないが、叙爵に対してマイナスになることは間違いない。
加えて、どうやら彼女は他国の出身のようだしな。
確か、ミネア聖国とか言っていたか。
このサザリアナ王国で叙爵される可能性はさほど高くないのではなかろうか。
このように総合的に考えると、俺の叙爵の可能性もまだ残っているように思える。
もうすぐで西の森を抜けるし、今から新たな功績を残すことは現実的ではない。
あとは、なるようになるだろう。
いい報告が聞けるよう、祈ることにしよう。
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