「よう、戻ったぞ」
俺は宿屋の中に入る。
ここ数日、紅葉と共に宿泊している宿屋だ。
「やぁ、おかえり」
宿屋の女将が笑顔で迎えてくれる。
彼女は俺や紅葉の事情を知らない。
よそ者の侍や村娘に介入する気はないようで、深くは聞いてこなかった。
ならば、スリの常習犯である流華のこともスルーしてくれるだろう。
俺はそう思った。
実際、女将はチラリと流華を見ただけで特に追及はしてこない。
このまま、面倒事にならない内にさっさと部屋へ――
「あっ! お前は……スリ野郎のルカじゃねぇか!!」
「え?」
少年が流華を指差し、叫ぶ。
彼は……女将の息子だったか。
宿屋の仕事を手伝っている。
この様子からすると、流華とは知り合いだったらしい。
いや、知り合いというよりは……
「てめぇ! どの面下げてここに来やがった!!」
「ひっ!?」
流華が怯えて後ずさる。
そんな流華に、宿屋の息子は掴みかかった。
「てめぇのせいでな! どれだけの人に迷惑をかけたか分かってんのか!? ああ!?」
「……ぐっ」
流華が助けを求めるようにこちらを見る。
俺や紅葉が口を挟む前に、女将が動いた。
「こら、お客さんの連れになんて口をきくんだい!」
「でもよ、母ちゃん!」
「今は高橋さんのお連れさんなんだよ! うちとしちゃ、金さえ落としていってくれればいいのさ」
「むぐ……。でもよ!」
「ほら、さっさと仕事に戻りな!!」
「ぐっ……」
女将に背中を押されて、宿屋の息子は店の奥に引っ込んでいった。
俺はそんな彼らを見ながら、流華に声をかける。
「大丈夫か?」
「う、うん……。その、ありがとう……」
流華はぎこちない笑みを浮かべる。
スリの常習犯だった彼が街中から恨まれているのは当然か……。
少し配慮が足りなかった。
女将だって、流華が俺の連れでなければ文句の一つも言っていたかもしれないな。
「悪かったな、流華」
「え? ああ……」
「これ以上の騒ぎにならないよう、さっさと部屋に退散しよう。こっちだ」
「う、うん……」
俺は流華を個室に案内する。
紅葉もついてきた。
そんな俺たちの背中に、女将が声をかけてくる。
「待ちな、お客さん」
「なんだ?」
「宿泊料金、一人分追加だよ」
「ああ、そうだったな。ほら」
俺はこの国の貨幣を出す。
カゲロウやイノリからもらっていたので、資金には余裕があった。
「じゃあ、ごゆっくり」
女将は頭を下げて裏に去っていった。
これでよし。
流華を恨む少年に遭遇したのは予想外だったが、それ以外の要素は許容範囲だ。
流華の治療に専念しよう。
俺たち3人は、宿屋の個室に入る。
元は2人部屋だが、3人ぐらいなら泊まれるスペースはある。
「じゃあ、はじめるぞ」
「……ああ」
「まずは服を脱いでくれ。全身の状態を確認したい」
「んな!? い、いきなり何を……」
「悪いが、時間を無駄遣いしたくないんだ。手早く済ませていこう」
流華はごくりと喉を鳴らす。
そして覚悟を決めたのか……服を脱ぎ始めた。
「……」
俺は、じっと流華を見つめた。
食べるものがなくて困っていたこともあり、貧相な体をしている。
大胸筋もまるで発達していない。
まだ12歳前後ということを差し引いても、物足りない筋肉だ。
男として自分の貧弱な体を恥じているのか、彼は顔を赤らめていた。
「おい……」
「なんだ? 恥ずかしがっているのか?」
「そ、そりゃあ……。だってよ……」
「安心しろ。俺は気にしていない」
別に、筋肉だけが男としての魅力ではないからな。
彼の大胸筋が残念なことは事実だが、それだけで彼を侮ったりはしない。
それに、彼の成長期はまだまだこれからだろう。
ちゃんと食事を与えれば筋肉ムキムキのマッチョになる可能性は残っている。
「お、オレが気にするんだよ……。そんなにじっくり見られると……」
筋肉どうこうではなくて、単純に上半身の裸を見られるのが恥ずかしいらしい。
顔を赤らめる彼を見ると、少しだけ妙な気分になってきた。
俺は自制しつつ、彼に告げる。
「ガキのくせに、一丁前に羞恥心はあるのか。おかしな奴だ」
「う、うるせぇよ!」
流華が叫ぶ。
少しだけ元気が出てきたかな?
治療魔法でアザを癒やせば、さらに元気になるだろう。
いい傾向だ。
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