冒険者ギルドにて、クリスティの同行パーティを探している。
モニカや蓮華も付き添いとしていっしょに来ている。
「へへへ。おら、何を突っ立ってやがる。お前ら3人は、俺たちのお酌をするんだよ!」
チンピラ風の冒険者がクリスティ、モニカ、蓮華に声を掛ける。
が、3人ともガン無視している。
この男は、半年でDランクに上がったことを自慢げに話していた。
そこそこ凄いが、今のモニカや蓮華の戦闘能力と比較すれば足元にも及ばない。
「おい! 聞いてんのか!?」
男が3人に凄むが、彼女たちは引き続き相手にしていない。
「ふむ……。格下がどれだけ吠えようとも、迫力がないでござる」
「そうだね。むしろ、子犬が吠えているみたいで少し可愛いかも」
蓮華とモニカがそんなことを口にする。
確かに、この男はさほど強くなさそうだ。
戦闘能力で言えば、Dランク下位ぐらいだろう。
Eランクから上がって、ちょうどイキりたくなる頃なんだよな。
気持ちは分からないでもない。
「ちっ! ……まあいい。おい、酒を早く持ってこねえか!!」
男はモニカたちに絡むのを諦め、今度はネリーに声を掛ける。
先ほどから注文していた酒の催促だ。
ネリーは受付嬢だが、簡単な注文くらいなら彼女がオーダーを受け付けることもある。
「あ、あの……。お客様、申し訳ありません……。ちょうど、お酒を切らしておりまして……」
「ああ? なんだとぉ? ふざけてんのか!?」
男が声を荒げる。
周囲の冒険者たちが、何事かと注目し始めた。
「他の奴らは飲んでいるじゃねえか! あれはなんだ? ただの麦茶か?」
「いえ……。ですから、出ている分で全てなんです」
「ちっ! もっと在庫を置いておけよ!!」
男が苛立ちまぎれにそう言う。
言っていることは分からないでもない。
冒険者には酒好きが多いし、ここはいつも盛況だ。
多めに仕入れておかないと、すぐになくなってしまう。
しかしそれにしても、言い方というものがあるだろう。
ネリーが涙目になってしまっているじゃないか。
仕方ない。
ここは俺が出るか。
「よう。酒が欲しいのか?」
「あん? さっきの優男か。お前、まだいたのかよ」
「さっきからずっといるよ」
俺は呆れたような顔を作りながら、男に近づく。
そして、彼の肩に手を置いた。
もちろん、攻撃するつもりはない。
Dランクに上がりたてでイキっている男の鼻っ柱を折るのは簡単だが……。
今はこんなのでも、将来的に頼りになる戦力に成長する可能性は捨てきれない。
それに、クリスティやネリーの目もある。
多少イキっている程度の相手を問答無用でボコボコにしたりすれば、彼女たちからの忠義度が下がるかもしれない。
「ほら、これでも飲んどけ。美味いぞ」
俺はアイテムルームからエール瓶を1本取り出し、男に渡す。
「ん? なんのマネだ?」
「俺のおごりだ。好きに飲むがいい」
さすがは俺。
見ず知らずの男に酒をおごるとは。
太っ腹だなぁ。
俺が自分の器の大きさに酔いしれていると……。
「ふざけんじゃねえ!!」
パリンっ!
男が酒瓶を床に叩きつけた。
「この俺が、こんな酒瓶1本で満足できると思ってんのか!? こんなんじゃ、ホロ酔いすらできやしねえ!!」
男が喚く。
「……あーあ、もったいないな……。せっかくの酒が……」
俺はしゃがんで、割れた瓶や漏れた酒に視線を向ける。
どう考えても、もはや飲める状態ではない。
どこかの売店で買ったさほど高くない酒ではあるが、こうして無駄に廃棄されていいものでもない。
「なあ、雑巾でも持ってきてくれないか? 俺が掃除をしておくよ」
俺はネリーにそう言う。
「え!? い、いえ。あなた様にそのようなことをさせるわけには……」
「いいんだ。この酒瓶は俺が取り出した物だしな。それに、ネリーには受付の仕事もあるだろう?」
「そ、それは……。すみません」
「謝る必要はないさ」
俺は決め顔でそう言う。
ふふふ。
ちょっとやそっとでは怒らない器の大きさを見せつけることに成功したかな。
ネリーの忠義度が微増している。
だが、そんな俺たちのやり取りを男が不機嫌そうに見ていた。
「へへへ。掃除が好きらしいな。なら、仕事を増やしてやるよ」
男はそう言って、手にしたコップを俺の頭上でひっくり返した。
入っているのは、水だ。
水が俺の頭にぶちまけられる。
冷たい。
だが、それだけだ。
濡れてしまったのは気持ち悪いが、別にダメージがあるわけではない。
「へへへ。じゃあ、ちゃんと掃除しておけよ。酒がねえなら、こんな場所に用はねえ。明日以降の西の森での魔物狩りに備えて、しっかり羽を伸ばしておかねえとな。ハイブリッジ騎士爵様のおかげで、潤っているぜ。さあ野郎共、行くぞ!」
男はそう言って、パーティメンバーの男たちと共に冒険者ギルドを出ていった。
とりあえず、これにて一件落着か?
「タカシさん……。私のために、すみません……」
ネリーがオロオロしながら、俺に駆け寄る。
水に濡れた頭や体をハンカチで拭いてくれる。
「いや、気にしないでくれ。……それにしても、だ」
先ほどの男は……。
「ぷっ! くくく……。はーはっはっは!!」
俺は思わず笑ってしまう。
あの男のイキりっぷりは凄かったな。
それに、いくら器の大きさを見せつけるためとはいえ、なすがままにされてよく我慢できたものだ。
自分の忍耐力に驚いた。
「ふふ。手ひどくやられたね。別に、やり返してよかったのに」
「然り。だが、それもたかし殿の魅了の一つでござる。無闇に権力や強さを振るえば良いというわけでもござらぬからな」
モニカと蓮華がそう言う。
彼女たちも、さほど争いを好まないタイプだ。
通常の加護を付与済みの彼女たちからの忠義度を測る術はないが、おそらく横ばいか微増していることだろう。
俺の名声を気にかけているミティ、戦闘時は強気のニム、しっかり者のユナ、貴族としての誇りを大切にしているサリエあたりがこの場にいれば、また違った対応が必要だったかもしれないが。
この場はこの対応でも問題なかったように思う。
ネリーの忠義度も微増しているしな。
だが、俺はとある人物の存在を忘れていた。
「ご主人! 何を笑っているんだよ!! あんなに好き勝手やられて、やり返さないのか!?」
クリスティだ。
彼女がそう怒鳴ったのだった。
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