「無理するなって。紅葉は拠点防衛向けの能力構成なんだからさ。みんなと一緒に桜花藩に戻っていればよかったのに」
俺は指摘する。
穏やかに、しかし迷いのない口調で。
紅葉の長所は、大きく2つある。
村育ちとは思えないほど聡明で博識なこと。
そして、植物妖術を操る能力を持つことだ。
前者の知性は、桜花藩の統治において欠かせない要素となりつつある。
政策の立案から内政の管理まで、彼女の助言がどれほど役立っているか計り知れない。
桜花城の内部においては、まさしく縁の下の力持ちとも言える存在だ。
そして後者――植物妖術。
彼女が妖力を込めれば、何もない空間からでも植物を生み出せる。
種や苗木があれば発動は格段に容易になり、すでに植えられた植物にあらかじめ妖力を練り込んでおけば、即応性も自在性も飛躍的に向上する。
桜花城の敷地内に根付く木々は、すでに彼女の力が染み込んだ領域だ。
そこにおいて彼女は、最強の防衛術者と化す。
桜花七侍ですら、全力全開の本気を出さなければ突破は困難だろう。
それほどの実力を持つ。
だからこそ、彼女には桜花城に常駐してもらうのが最適なのだ。
統治の補佐、城内の秩序維持、侵入者の撃退――そのすべてをこなせる彼女の能力は、まさに桜花藩にとって要の存在。
だが、こうして他藩に攻め入る場面では話が違う。
紅葉の力は、彼女が馴染んだ大地でこそ最大限に発揮される。
見知らぬ土地では、彼女の戦闘能力は半減する。
もちろん、そこらの一般侍よりは遥かに強い。
しかし、それは彼女の本領ではないのだ。
「そ、そういうわけにはいきません」
紅葉は少し息を詰まらせた。
だが、その眼差しには迷いがない。
「高志様がお一人で那由他藩に攻め入ってしまわれたのは、痛恨の極みでした。結果は最良でしたが、もうあんな危険なことをさせるわけにはまいりません」
その声には、怒りとも悲しみともつかない強い感情が滲んでいた。
紅葉の表情は普段より硬く、その双眸はわずかに潤んでいるようにも見える。
彼女の胸の奥底から込み上げる感情は、どこか震えていた。
「そうか?」
俺は短く返す。
紅葉はまるで噛み締めるように唇を引き結び、すぐに言葉を継いだ。
「はい。だから、せめて私だけでも深詠藩に同行させていただいたのです。……ぜぇ、ぜぇ……」
紅葉は浅く速い息を繰り返しながら、俺を見上げた。
額にはうっすらと汗が滲んでいる。
俺と並んで歩こうと無理をしたのだろう。
紅葉は身体能力を強化する類のスキルを持っていない。
植物妖術の練度と比較すれば、身体能力は明らかに劣る。
それでも通常の加護の恩恵によって平均よりは動けるはずだったが、道が道だからな。
こうなってしまうのも無理はない。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!