「フレンダ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ~。でも、もしものときは代わってね~」
フレンダは、まるで散歩にでも行くかのような気軽さだ。
相手の強さが分かっていないのか?
……いや、それはないな。
彼女はBランク冒険者なのだから。
「ああ、分かった。言ってくれれば、すぐに助けに入ろう。即死さえ避けてくれれば治療もできる」
「よろしく~」
むしろ、自分の強さに絶対の自信を持っているがゆえの態度か。
スキルレベルは低めだったが、何か特殊な戦闘技法を持っているのかもしれない。
「グルルル……」
ブラックタイガーは、ゆっくりと近づいて来る。
距離が詰まるにつれて、次第に威圧感が増していくのが分かった。
しかしフレンダは全く動じていない。
俺、そしてフレンダの取り巻き二人は、少し離れたところで様子を見守る。
「あは~。ブラックタイガーなんて、フレンダちゃんの前では大したことないでしょ~」
「ガウッ!」
挑発するようなフレンダの言葉に、ブラックタイガーが反応した。
そして、その巨体には似合わないスピードで突進してくる。
速いな。
さすがは災害指定生物といったところか。
だが――
「【恋速移動】」
「ガフッ!?」
フレンダが一瞬でブラックタイガーの背後に回り込み、強烈な蹴りを背中に叩き込んだ。
ブラックタイガーは吹っ飛ばされ、木に激突する。
「え……?」
俺は目を疑った。
凄まじい早さだったからだ。
「あ、あれがフレンダ姉さんの移動術……!」
「久しぶりに見ました……!」
取り巻き二人が、驚いたような声を上げた。
この様子だと、普段はあまり使わない技のようだな。
「グルルゥッ!」
だが、ダメージはあまりなさそうだ。
ブラックタイガーはすぐさま起き上がり、怒りの表情を浮かべる。
「あは~。ギルドの情報通りじゃん。外皮が固いんだってね~」
フレンダは余裕の笑みを見せた。
ブラックタイガーは、再び彼女に襲い掛かる。
今度は先ほどよりも更に速く、鋭い爪を振りかざす。
「お~っと~」
フレンダはひらりと身をかわすと、すれ違いざまに再び蹴りを叩き込む。
「ガルァアアッ!?」
「まだまだいくよ~。【恋速攻撃】」
「ギャウンッ!!」
今度は腹だ。
ブラックタイガーは、苦痛の声を上げながらもなんとか耐えた。
「しぶといな~。でも、群れで行動するっていうホワイトタイガーなんかよりもやりやすい相手だよね。単体なら、いくら固くてもフレンダちゃんの相手じゃないよ~」
ホワイトタイガーが群れで行動する?
俺がかつて戦ったのは、単独のホワイトタイガーだったが……。
あれは、まさかレアケースだったということか?
「グウウ……」
ブラックタイガーの目つきが変わった。
「ん? どうしたのかな? 怒ったの~?」
「ガオオォオオッ!!」
次の瞬間――
ブラックタイガーの身体から、炎が噴き出した。
「えぇ~!?」
「な、なんですか! あれは!!」
取り巻き二人も驚いている。
「くっ……」
これには、たまらずフレンダも防御姿勢を取った。
固い外皮や火魔法の情報はあっても、身体から物理的に火炎を放出するとは想定していなかったらしい。
「あは~。やるじゃん。でも、フレンダちゃんだって負けてないよ~」
そう言うと、彼女は両手を天に掲げる。
「【恋心解放】」
「む? あれは……」
彼女の周囲に無数のハートが浮かび上がった。
「愛と勇気と希望の名の元に、いっくよ~。【ビューティー・セイント・アロー】!」
彼女がそう呟いた直後、それらのハートが次々とブラックタイガーへと飛んでいった。
それらはブラックタイガーに触れると、爆発する。
「グギィイイッ!?」
「あは~。フレンダちゃんの必殺技だよ~」
「え、えげつないな……」
俺は思わずそう呟く。
だが、フレンダは戦闘態勢を解いていない。
「あは~。でも、まだ終わらないみたいだよ」
「なに?」
見れば、確かにブラックタイガーはまだ生きていた。
しかし、全身がボロボロになっている。
「グルルル……」
「あは~。まだやる気なの~?」
「グルルルルルル……」
「うーん……。これ以上は弱い者イジメになっちゃうんだけどな~」
フレンダは困ったように頭を掻く。
そのときだった。
コロン……。
何かが、ブラックタイガーの前に転がってきた。
「え……?」
「あ……」
それは、巨大な魔石だった。
街で上手く活用すれば、発展に大きく寄与するだろう。
だが、今の局面でこれは……。
「ガルルルルルッ!!!」
ブラックタイガーは、興奮した様子で魔石に飛びついた。
魔石には、一部の魔物を癒やしたり強化したりしてしまう特性を持つ。
瀕死状態であったブラックタイガーが本能的にそれを口にしてしまうのは仕方のないことだった。
そして――
「グルル……グルル……」
ブラックタイガーが、その巨体を膨らませ始める。
小さな魔石であれば、傷を多少癒やす程度で終わっただろう。
中くらいの魔石であれば、せいぜい傷が全快になる程度か。
だが、今回の魔石は大きかった。
全快になった上で、強化までされてしまったのだ。
「おいおい……マジかよ……」
俺は唖然とした。
「あは~。こりゃヤバいかもね~」
フレンダは苦笑する。
取り巻き二人は、完全に腰を抜かしていた。
「よし、ここからは俺も戦おう」
俺はそう提案する。
彼女の戦闘技法は十分に見せてもらった。
スキルだけでは説明しきれない、特殊な戦闘技法のように感じられた。
あとは、落ち着いたところで口頭で解説してもらえばいい。
「あは~。もう少し待っててよ~」
「……なんだと?」
「久しぶりに、全力を出せそうなの。こんなに倒しがいのある魔物、簡単には譲れないよ~」
彼女は瞳孔の開いた目でブラックタイガーを見つめながら、楽しそうにそう言ったのだった。
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