「お、おい……あれ……」
「ああ。例のスリ野郎だな」
「いいザマだぜ」
「ざまぁみやがれ!」
流華が通りを歩く。
それだけで、周囲の人々の視線が集まった。
最初に気付いた数人が声を上げ、それによりさらなる視線が流華に注がれる。
「おい! あいつ、また何かやらかす気か?」
「スリをやったんだろ?」
「いや、やるわけねぇだろ。仏顔三度法の罰が執行されたばかりだぞ」
「じゃあ、なんであんな格好で大通りに来たんだ?」
「さぁな。何やら流れの侍が同行しているみたいだが……」
俺は大通りを堂々と歩く。
手には紐を持っており、それは流華の手枷に繋がっている。
「おら、さっさと歩け! この罪人が!! 拾ってやった恩を忘れたか!!」
「うぅ……」
「迷惑をかけた皆様へ、お前の情けない姿を見せつけてやらねばならないからな。ゆっくり歩くぞ!」
「わ、分かったよ……兄貴……」
流華が歩き出す。
と、周囲の人々から声がかかった。
「なぁ、あんた」
「……ん? 俺か?」
「ああ。いったい、これは何をやってるんだ?」
「見ての通り、こいつの謝罪行脚だ。仏顔三度法が適用された者が自由になるために必要な、な」
「はぁ……」
男は怪訝そうな顔をする。
そんな男に対して、俺はさらに言った。
「別に、そのまま野垂れ死にさせても良かったのだがな。ちょうど雑用係がほしかったところだ。これから、こいつに色々やらせてやろうかと」
もちろん、本心ではない。
俺は、独りよがりの倫理観や正義感で流華の人生を乱してしまった。
その償いとして、彼の面倒を最後まで見る所存である。
俺に手持ち資金がもっとあれば、金銭をふんだんに用いた解決も可能だったかもしれないが……。
残念ながらそれは無理だったため、流華本人にも協力してもらった謝罪回りをしているのだ。
彼にはめた手枷についても、本人からの許可を得ている。
「そ、そうなのか……」
「ああ。ところで、そなたもスリ被害者の一人とお見受けするが?」
俺はそう指摘する。
例の侍から、謝罪すべき対象のリストは貰っていた。
その中に、この男性もいたのだ。
「そうだ。俺もこいつに金を盗られた。かなりの額だ」
「それは災難だったな」
俺は頷く。
事前情報によれば、相当なお怒り具合だったはずだが……。
今はそう見えないな。
この特殊な格好による謝罪回りが功を奏しているのかもしれない。
「ほら、流華」
「……へ?」
羞恥や屈辱に震えていたのか、うつむいていた流華が顔を上げる。
これ以上追い込むと、トラウマになってしまう可能性はある。
だが、ここが踏ん張りどころだ。
被害者たちからの処罰感情が薄まれば、彼は自由の身になる。
俺に同行してもらえれば右手首の治療を続けられるし、食うに困ることもない。
俺は心を鬼にする。
「な……何を……?」
「謝罪だ」
俺は言う。
流華は顔を真っ赤にし、男性に向き直る。
そして、目を泳がせながら男性に言った。
「ご、ごめんなさい……。反省しています……」
「…………。あ、ああ……」
流華の謝罪に男性は頷く。
思ったよりも怒っていないようだ。
それどころか、流華のしおらしい態度に戸惑っている様子すらある。
「納得いただけただろうか?」
「……え? ま、まぁな……」
男性は曖昧に頷く。
特殊な格好をすることによる謝罪は効果てきめんだな。
これほどの効果があるとは思わなかった。
「しかし、この格好に、この体つき……。まさかこいつは女だったのか……?」
「何を言っている? 流華は男だ」
「……そうなのか? しかし、あんたはこいつの格好を見て興奮して……」
男の視線が、俺の股間と流華の股間とを行き来する。
不覚にも、また反応してしまっていたか……。
流華は男だが、妙な色気があるからな。
仕方ないことだ。
実際、この男も『まさかこいつは女だったのか』と勘違いしてしまうぐらいだし。
「……まぁいい。どちらにせよ、茨の道か……」
「うん?」
「頑張れよ、スリ野郎。とんだ変態主人に拾われたみたいだが、生きていればいいことあるさ。……きっとな」
男性はそう言うと、さっさと立ち去ってしまった。
彼が何を言っているのか、よく分からなかったな……。
なぜか俺に軽蔑の視線を向け、流華には同情的な視線を送っていた。
彼は流華のスリ被害者の一人だったはずなのだが……。
「細かいことは気にしないでおくか。さぁ、流華。次へ行くぞ」
「……ふぇ?」
「何をボーッとしている? 最後のひと踏ん張りだ」
「あ、ああ……」
俺は流華を連れて、次の被害者の元へと向かう。
そして、そのまま無事に謝罪回りを完遂したのだった。
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