48. 必要 ~マルセナside~
カトリーナ教会の出来事から更に1週間が過ぎた。あの時の小さな白い花アストラムの花を何輪か摘んで部屋に飾っている。「真実の想い」その花言葉のように自分は生きれているのだろうか…そんなことを毎日考えながら今日も聖女マルセナは自分の仕事をしている。
ライアン王子は他国への謁見に行っているようで2、3日城を留守にするようだ。それを聞くと一応あの人も王族なのだと思い知らされる。ライアン王子は変わり者だ。自分との距離も近すぎるような気もするし……特別な存在なのだろうか……そんな淡い期待も持ち始めてしまう。でも自分は聖女。そんなことはあってはならないと何度戒めたことか。聖女マルセナは大きな溜め息をつく。
「はぁ~…」
「ずいぶん大きな溜め息ですね。何かあったのですか聖女マルセナ様?お腹でも空きましたか?」
そう話しかけてきたのは若いメイドのエミリーだ。この城に来て最初に仲良くなった友達でもある。自分の気持ちを知っている数少ない人の一人でもあり、相談相手である。
自分がこんなにも思い詰めて悩んでいるというのに当の本人はいつも通りの調子で話しかけてくるのだ。少しくらい心配してくれてもバチは当たらないと思うのだが……。まあ、これが彼女らしいと言えばそうなのだけど。
それにしても彼女はとても明るくていい子だと思う。仕事もよくできるし笑顔を絶やさない。本当に可愛いくて素敵な女の子だと聖女マルセナは思う。自分とは違う。自由に生きているように見える……そう……あのアリーゼのように………。
「それで今晩の御予定は大丈夫ですか?」
「え?あっごめんなさい。考え事をしていて聞いてなかったわ。今晩何があるの?」
「しっかりしてくださいよ聖女マルセナ様。今晩レオンハルト王子がお食事をとおっしゃってます。お誘いですよ。」
「レオンハルト王子が私と?」
レオンハルト=ランバート。この国の第一王子。ライアン王子とは違い、武芸、政略に秀でて周囲を惹き付けるほどのカリスマ王子だ。あまり関わると取り巻きたちに何されるか分かったもんじゃない。だから避けていたのに、そんな方がなぜ自分を?あまり腑に落ちなかったが断る理由もないのでお誘いを受けることにした。
そして夜になりレオンハルト王子との食事会が始まる。テーブルには豪華な料理が並んでいく。まるで晩餐会。そうと呼んでもいいほどのものだ。なぜかこの場には自分とレオンハルト王子しかいないのだけれども……。
「今日はお誘い頂きありがとうございます。レオンハルト王子」
「堅苦しいのは嫌いだ。楽にしてくれて結構だ。聖女マルセナ。」
そういう訳にもいかないでしょう。一国の王子に対して無礼な態度を取るわけにもいかない。でも、そんなことを考えていても仕方ないわよね。せっかく誘ってくれたんだもの。楽しみましょう。
そして食事が終わりを迎える頃レオンハルト王子は聖女マルセナに話しかける。
「聖女マルセナ。君の活躍は噂で聞いているよ。その若さで凄く立派だ。」
「ありがとうございます。」
「君の在籍している教会。カトリーナ教会だったか?さぞかし優秀な聖女を持って誇らしいことだろうな。」
その言葉を聞くと聖女マルセナは表情が曇る。そう自分はカトリーナ教会では評価されていない。それはアリーゼの存在があるからだ。いつもアリーゼと比較されてしまう。きっとそれはこれから先も…その時、レオンハルト王子の言葉を聞いてしまう。
「聖女マルセナ。私は駆け引きが嫌いでね。単刀直入に言おう。私についてきてほしい。今日は君を勧誘するために誘ったのだ。」
「え……」
「君の聖女としての力が必要なのだ。私は戦場に出ることが多い。それはこのランバート王国の繁栄のためだ。部下の兵士の命も預かっている。ただ戦というのは無傷ではいられない。何度自分の部下の命を失ってしまったか。君がいれば助けられる命がある。」
レオンハルト王子は「聖女」としての自分を必要としている……でもライアン王子を裏切ってしまえばカトリーナ教会は……
「しかし私はライアン王子に援助を……」
「カトリーナ教会のことなら私が責任を持って援助をする。それではダメだろうか?」
「それは……」
「聖女マルセナ。君はどうしてここに来たのかな?」
レオンハルト王子の言葉で胸が大きく高鳴った気がした。だがすぐに冷静になる。何を動揺してるのかしら……自分がここに来た理由はただ一つ。カトリーナ教会存続のため。ライアン王子を見返すため。あれ……
聖女マルセナは気づいてしまう。今、自分がやっていることが『聖女として人々を救いたい』ということではなく自分が『聖女でいたい』ということだけなことに。
そしてレオンハルト王子は再び話し始める。
「聖女マルセナ。君の本当の望みは何だい?」
聖女としての自分を必要とするレオンハルト王子。素の自分を必要とするライアン王子。本当になりたい自分は?聖女マルセナの心の中で何かが崩れていく音が聞こえたような気がした。
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