96. ずっと ~マルセナside~
聖女マルセナとライアン王子の二人がたどり着いた先は古い倉庫のようなところだった。ランバート王国の使用人や給仕長のメリッサさん、若きメイドのエミリーの助けがあってなんとか隠れることに成功した。しかし油断はできない。ここから逃げ出せなければ自分もライアン王子もきっと処刑されるだろう。そして匿ってくれたみんなも。
その時、倉庫の扉が開く音がした。マルセナは息を潜め気配を殺す。倉庫に入ってきた人物を見てライアン王子は思わず声を上げそうになった。
(兄上!)
それはライアンの兄である第一王子レオンハルト=ランバートの姿であった。いつものように厳しい表情で歩いてくる。
(もう見つかったの……?)
マルセナはその疑問を飲み込んだ。このままじゃみんな……それだけは何としても避けなければならない。しばらくマルセナとライアン王子は無言のまま向かい合っていた。
でも……二人の間には見えない壁があるかのようだった。
やがてレオンハルト王子が口を開いた。
「ここにいるのは分かっている。おとなしく出てくるのだ。私はこの国のためにならない者は容赦なく排除する。お前たちは間違いなく国の害悪になるであろう。」
やはり見つかっていたのか……。マルセナは絶望的な気持ちになった。自分はここで死ぬ運命なのか?せめて自分の命と引き換えにしてでもライアンだけは助けたいと思った。最後は聖女ではなく、1人の女性として愛することができたライアン王子だけは守りたいと思ったのだ。
そんな時、ライアンが小さく呟くように言った。
「マルセナ。君は私の最愛の人だ。私はずっと君を愛している。みんなマルセナを頼むよ」
するとライアン王子はそのままレオンハルト王子の前に出ていく。そう覚悟を決めたかのように。
(ダメよ!!︎お願いやめて!!︎)
(マルセナ様。ダメです。こっちから逃げてください!)
エミリーがマルセナを引っ張り彼女を逃がそうとする。
(マルセナ様。ごめんなさい……あなただけでも生きて下さい。それがライアン様の最後の願い……そしてみんなの願いです。あなたに会えて良かった。)
マルセナの目には涙が浮かぶ。ランバート王国の使用人、メリッサさん、エミリー、そしてライアン王子。その顔を見て走り出す。最後のライアン王子の顔は自分が一番大好きな笑顔だった。もちろんみんなも笑顔だった。
その後ろ姿を見ながらライアンは思う。
(さようなら。私の愛しいマルセナ。君の事は一生忘れない。)
そして彼は覚悟を決める。目の前にいる男は自分の実の兄である。今まで自分と共に過ごしてくれた人たちのため、そして何より最愛の人のため。彼は一歩ずつ歩く。それがライアン王子の覚悟だった。
「ほう。ライアンお前だけか?」
「はい兄上。」
その時、ライアン王子を1人にしないようにメリッサさんを筆頭に使用人全員が歩き始めレオンハルト王子の前に出ていく。
「私たちもいます。ここに匿っていたのは私たちです。」
「お前たち……なんで……」
「ライアン王子。あなたは聖女マルセナ様が愛したお方です。それならばどこまでも共に。」
「ふん。お前たちは国家反逆罪で処刑になる。国王の意向だ。」
それを聞いて誰1人恐怖におののくものはいなかった。むしろ笑みを浮かべていた。それは聖女マルセナを助けられたこともある。その場にいる誰もが聖女マルセナの幸せをずっと願っているのだった。
どこまで行けばいいのだろう。胸が苦しい。でも立ち止まってはダメ。振り返ってはいけない。もう誰もいないんだから……。
マルセナはひたすら走った。どこに行くかもわからないまま。ただ走るしかなかった。走って、走って、また走った。でも足が痛くてうまく走れない。それでも彼女は懸命に前に進んだ。
どれくらい進んだだろうか?周りを見渡すとそこには小さな泉があった。そこで少し休もうと思い水を飲む。喉がカラカラになっていたようだ。水が身体の中を通っていく感覚が心地よい。そのまま座り込んでしまった。疲れたわけではない。心が苦しかったからだ。
「うぅっ…どうして…どうしてよ!」
思わず泣き崩れてしまった。泣いてもどうにもならないことは分かっていた。でも涙が溢れて止められなかった。
もうあの笑顔を見ることはできない。大好きだった彼の顔が思い出せない……。
(あぁ私も死ねばよかったのかな……。そしたら彼と一つになれたかも……。)
そんな事まで考えてしまうほど彼女の精神状態はかなり不安定であった。どのくらい泣いたのだろう?ふと見上げると空には星が輝いていた。
「綺麗…皮肉なものね…。私は結局何一つ幸せになれない…。」
ずっと2人で幸せに過ごすと決めた。ただけそれだけなのに。そのささやかな願いすら叶わないなんて……。
その時あの夢のアリーゼの言葉を思いだす。
(どうしてなのでしょうかね?聖女は困っている人を助ける存在だからじゃないでしょうかね?)
私が本当に助けたいのは?
そんなの決まってる。ライアン、そしてランバート王国の使用人の方たちだわ……。私はみんなを救えなかった。でもまだ諦めない。今度は私の番。マルセナは立ち上がる。
「私が助けないと……。」
そしてマルセナは再び歩き始めた。空に輝く星たちがマルセナの微かな希望を照らすようにその光を頼りに一歩また一歩、暗闇の中を進むのだった。
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