サイバーパンク・ヨコハマ、通称『CPY』。
街を警察官が練り歩く。おそらくパールを捜索しているのだ。そうなれば当然、彼女に親しい人物であるロマーナの元へも警察がやってくるだろう。
そこで、この身体が役に立つのだ。現在、女体化した者がいるとの情報は伝達されているだろうが、誰が女性になったのか、あるいは男性になったのかは知られていない。
「──はいっ! お姉ちゃんですっ! 髪の毛染めちゃったんですよ~」
ロマーナとロマリアは、ある情報屋の元へ向かう前、職務質問を受けた。
だが、ロマリアとロマーナは口裏をあわせ、「この白みがかった金髪の少女は、海外にいる姉である」という旨の嘘をついてその場をやり過ごす。
「へー。なら観光旅行に来たわけだ」
警察はまったく疑っていない。
「そうなんです! お姉ちゃんは日本語がまだ話せないけど、CPYを見ておきたいって!」
ちょっとおどおどした態度を取っていれば、矛先がロマーナに向かうこともない。
「わかった! じゃ、お姉ちゃんにCPY旅行楽しんでと伝えておいてね!」
「はーい!」
警官はタイヤのない、ホバリング型のバイクでその場を去っていった。
「一回職質されちゃえばこっちのもんだ。2回目以降は、さっきもされたのでといえば通るからね」
最初の壁を乗り越えた。そして目的地も近い。あと数百メートルといったところか。ロマーナはやや駆け足になる。
「変な家」
その目的が住む家はボロ屋だ。アンテナが10個以上配備されていて、その重みで屋根がいまにでも倒壊しそうな雰囲気が溢れ出ている。
「変わり者なんだよ。昔から」
インターホンを鳴らそうと敷地に入った瞬間。
「ロマーナ、不運だったな。とりあえず入れよ」
そう小さなスピーカーがささやき、防犯カメラがうつむき、ドアが開いた。
中はオタクグッズばかりだ。20~30年前の古臭いものから、最近のアニメやゲームまで。
「やあ」
ハル・チカヒロは、メガネを上げた。
猫背。女体化してしまったロマーナやロマリアよりやや高い程度の身長。黒髪はぼさぼさに伸ばしっぱなし。
そんなハルは、開口一番、「パール・イブ・ホーミングを助けたいのかい?」と核心に触れた。
「そうだよ。だから君に頼った」
「成功報酬は?」
「ぼくもカネないからなあ」
「知っているさ。いや、待てよ」
ハルはノートパソコンになにか情報を載せていく。
「オマエを女体化させた元凶のオオヤ・カズヒサ氏は、ずいぶん危険な実験を行っているようだ。家出少年少女たちに違法ドラッグを飲ませ、性別変換が起きるかどうかを確かめようとしてな。なら……」
一心不乱にキーボードを叩くハル。やがて彼は、「ビンゴ!」と声を張り上げる。
「よし、良いか? パール・イブ・ホーミングに連絡して、あえてヤツらに捕まるように仕向けろ。そうすればオオヤは必ず出てくる。その隙をつき、おれはオオヤが失脚に値するデータを集める。その情報が集結できたら、オマエがパール・イブの手助けをしつつ逃走しろ」
この家の雰囲気に押されていたロマリアは、そんな話しによってこちら側に戻ってくる。
「て、手助けをしつつ逃走? うちのお兄ちゃんは能力者じゃないんですよ!?」ロマリアは慌てふためき、「最高位の能力者を護送するヒトたちだってとんでもない能力持ってるに決まってる!! そんな危険なところに大切なお兄ちゃんを──」
「ロマリア!」
その悲鳴にも似た声を止めたのは、懸念材料となっていたロマーナ自身だった。
「やってやるしかないんだ! ぼくは絶対に幼なじみを見捨てない!」
ハルは簡素な鼻歌を唄い、机の引き出しから拳銃を取り出した。
「当局も追跡できない代物だ。ないよりはマシだろ?」
どっしりした拳銃の冷たさを、ロマーナは確かに感じ取る。
「弾は?」
「12発入りだ。脚に向けて撃つんだぞ? 負傷者はふたりいないと退却させられない。一発で3人足止めできるわけだからな」
「……うん」
拳銃を撃ったのが初めて、というわけではない。こんな街に住んでいて、様々な野望やら陰謀に巻き込まれていたら、脚に照準をあわせられるくらいの技量はある。
「よし、行ってこい。それと妹さんはもう帰りな。当局に嗅ぎつかれたら、君まで面倒な目にあう」
しかしロマリアも納得できず、「嫌です!」と宣言する。
「嫌なのか。なら手伝ってもらおう。オオヤ氏のデータ発掘に」
ドンパチに関わらせるわけにもいかない。これはハル・チカヒロなりの気遣いだろう。
ロマリアが頷いたのを確認したハルは、「よし、各々やることをやろう」と言いパソコンへ向かっていく。
それと同時にロマーナもハルの自宅から出ていく。
拳銃をパーカーのポケットにしまいこみ、パールへ電話をかけた。
「パール。やっぱりぼくは君を見捨てられない。だからこちらの指示に従ってくれないか?」
『……内心面倒だと思ってるでしょ?』
「思ってるさ! 女体化させられた挙げ句、その劇薬の正体は盗んだもの! 面倒どころか苛立ちが収まらないくらいだ! だから……」
『……だから?』
「いい加減メンヘラを卒業できるように目いっぱい説教してやる! だから従ってくれ!」
*
『オオヤ氏襲撃犯、自首』
そんな号外が飛行船に載った。人々は携帯電話を確認し、「カテゴリーⅥだってよ!! なんで自首したんだ?」と疑問を抱く。
その裏側では、確実にロマーナが動いていた。ハルから受け取った護送車の位置情報を見つつ、最終的にたどり着く拘置所を予測する。
──おそらく第二留置所だな。警備が頑丈で知られてるし。
流しのタクシーを拾い、ロマーナは、「南ヨコハマ小学校まで」と告げる。
──たぶんこちらのほうが早く着くな。道が空いてるのは幸運だった。
なにせ、カテゴリーⅥの能力者が持つ能力は、どれもこれも殺傷性の塊だ。外出を控えるヒトが多くても不思議ではない。
そうやって一息ついているとき、危険が訪れるのだ。
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