「ぎゃッ!?」
腕と胴体をつなぐ筋肉が焼けるような、異常事態が起きた。
「お客さん!? ──うおッ!?」
その悲鳴に呼応するかのごとく、運転手が握っていたハンドルは制御不能になった。
このままでは壁にぶつかって死ぬ。ロマーナは車の安全装置が働き減速した頃合いを見計らい、無理やり外へ出てしまう。
「……誰が」
「誰とは誰で?」
そこには、パールの恋人、やや高身長で美人なミヤモト・ミナカがいた。
「……ああ、知ってるさ。パールのガールフレンドだろ? そしてあのとき起きた出来事もすべて見てたってわけだ」
「そう。貴女に恨みはないんだけど……あえて恨むのなら、私を差し置いて他の女に浮気したあの子を恨んでよね」
たまらず拳銃を取り出す。だが、瞬時に銃弾らしきものがそれを彼方に飛ばしてしまう。
「知ってる? 女の嫉妬は、時に惑星すら壊しちゃうんだよ?」
──来るッ!!
ロマーナは伏せて、その軌道すら読めないなにかを交わす。
「ずいぶん避けるのがお上手で。でもさ、避ける以外に能がないとも言えるよね」
「そこをつかれちゃ……お手上げだよ……!!」
相手には見える。自分には見えない。
このまま殺されるのを受け入れられるわけもない。
だが、最大の切り札をここで切って良いものなのか。
「ちょこまかと逃げ回らないでよ。貴女の顔面を破壊してパールに見せつけるんだから。こんな汚い顔面してる女より、私のほうが上だって証明するんだから……!!」
そんな悩みはつゆ知らず、ミヤモトはひとつ違和感を覚えていた。
この少女、避けることがうますぎるのだ。攻撃を無自覚のうちに読み取って、絶対に弾丸が当たらない場所に避けている。
おそらく運動神経は良いのだろうが、それにしても理不尽なほどにエイムが合わない。
「そこまでしないとパールに顔向けできないの? 本当はパールが自分を愛してないって怯えてるの?」
それに加えてこの煽り。まったく余裕がなさそうな表情からは理解できない、扇動する声色。
なにか、作戦でもあるのか?
しかし、たとえカウンターを食らう羽目になったとしても、この苛立ちを脳内から消し去るには、この少女の顔面を崩壊させるしかない。
「お、びえてるわけない!! パールは私を愛してるの!! それ以外の答えなんて望んでない!!」
「望みと現実はもっとも遠い位置にいる」
「なにが言いたいのよ!?」
「うまくいかないことだらけなのは、こっちも一緒ってことさ……!!」
ロマーナに超高速で飛ばされていたもの。その正体は、なんてことのない磁石だった。
その物体から察するに、ミヤモトは電磁を操る能力者。それさえわかれば、あとはもともと多くない片道燃料を燃やしてしまうだけだ。
「……ッ!?」
ミヤモトは思わず息を呑んでしまった。
そのわずか金髪少女の背中には、いまにも火の粉が落ちてきそうな赤い翼が生えていた。
「ぼくは能力者じゃないんだ。だから100パーセント勝てると踏んで君はやってきたんだと思う。でも……そんな枠組みに入るわけがない」
ロマーナは手を開く。
「なぜなら、ぼくは異世界からの客人だから」
「……は?」
あえてミヤモトを無視し、「さて、勝負つけますか。エナジーをあんまり消耗したくないし」と勝利宣言に通ずる発言をする。
実際、ロマーナには余裕がない。ミヤモト・ミナカが強敵であることは事実だが、それでもなお出し惜しみしたくなるほど、使える体力は多くないのだ。
だから、最初から火力は最大だった。
「……っ!?」
切られた? ……いや、痛みはない。
「君は切られたように錯覚するだろうね。次にこう考えるはずだ。なにかしらの能力を使ってると」
「なんの……能力で……──!?」
思考を先読みされた。ミヤモトの喉から水分が枯れていく。
「じゃあこう返事しよう。ぼくはこの世界の条理へは従ってないと。するとどうだろう。そう、もっとも理不尽な暴力が起きてると思うはずだ」
顔が引きつり、脂汗を垂らすミヤモトとは裏腹に、ロマーナは涼しげな表情だった。彼女は指をくるくる回して、ミヤモトの背後に立つ。
「もっとも理不尽な暴力。つまりは……別次元から攻撃を繰り出すとかね。さっき、攻撃を避け続けた方法もわかったでしょ? 別次元なんて理論上の話しでしかない。でもぼくはそれを操れる。操れるってことは……」
攻撃が止んだ。ミヤモトは渾身の一撃を叩き込むことで、この不愉快な女を黙らせようとする。
だが、次の瞬間、彼女とミヤモトはキスができそうなほどに距離が縮まっていた。
「空間移動もできる。CPYの能力者みたいに制限もない。別次元から攻撃を監視し、こちらに当たりそうなときだけ違う空間に入ってしまえば良いんだよ」
ロマーナはじろりとミヤモトを見つめる。
「これがワールズ・エキストラ。三次元空間と四次元の時間、そして余剰な時空を操るだけのスキルさ」
その頃には、ロマーナはミヤモトの額にデコピンをした。決着なんて誰の目から見ても明らかだった。
「……駄目だな。まだエナジーが安定しない」
しかし、たった一分程度のスキル開放で、すっかりロマーナは疲弊していた。彼女は地べたに倒れるように座り込む。
そんな弱ったロマーナを見て、かろうじて意識を保っていたミヤモトは、「…………わざとでしょ」と言う。彼女は続けた。
「本当は私のことも殺せたはず……。自分に危害を加えてくる者なんて、戦争を描いた絵画みたいにぐちゃぐちゃになる街よ……? ここは……! なんで私を殺さないの……!?」
「殺されたいの?」
「そんなわけないでしょ……。ただ、その腑抜けた態度が気に食わないだけ……」
「だって、君が死んだらパールが悲しむもん」
「……は?」
「ぼくはずるい人間だ。パールを面倒なヤツだと思って、ろくに相手してやれなかった。あの子は繊細だから、ぼくが冷めた目で見てるのをわかってたはず。けどさ……幼なじみが犯罪してまでこっちに振り向いてほしいと思わせて……罪な人間なんだよ」
ロマーナは一旦言葉を区切り、「だから、せめて君はしっかりあの子を見てあげるべきだ」と伝える。
この街は利己的な人間ばかりだ。自分の思うように行かなければ拗ねて暴れ始めるヤツらの集まりで、しかもそれを悪だとも思っていないからたちが悪い。
それでも、人間の性《さが》として、他人に期待をしてしまうのだ。特にロマーナのような、どうしようもないヤツは。
「……体力、消耗してるんでしょ?」
「え、うん」
「だったら私がパールを救ってくる。あの子、逮捕されたんだよね?」
ミヤモトはどこか口惜しそうに、しかしはっきりと自分の意志でそう答えた。
「そうしてくれるのなら、助かるな……」
実際、ロマーナに残された体力では、対能力者向けの職員たちを倒せないかもしれない。そのため、ミヤモトが動いてくれるのならばそれに越したことはない。
「けど、そっちだって消耗してるんじゃないの? 割と加減しないで攻撃したからさ……」
「侮らないで。この私を」
「侮ってるわけじゃないけど、相討ちになってパールの代わりに君が逮捕されたら……──」
ミヤモトは手元に残っていたコイルをロマーナの額にぶつけた。
「一方通行の愛情なんて、届かないことくらいわかってる。でも……」
ロマーナが意識を失ったことを確認し、ミヤモトはパール奪還に歩みを進めたのだった。
*
「……はッ!!」
夕暮れだった。最前はやかましいほど明るかったので、3時間ほど意識を失っていたことになる。
「あの子は……?」
いるわけがない。そしてロマーナは空を見る。巨大な飛行船が夕方のニュースを配布しているのだ。
「……結局、こうなるのかよ」
暴走能力者が逮捕されたらしい。未成年であるため、名前は非公開。年齢は15歳。
しかし、ロマーナにとっては吉報になるニュースもある。同じく未成年の15歳が逃亡中との伝達がなされているのだ。
「……あとはチカヒロ次第だな」
作戦自体は継続して生きている。ハル・チカヒロが、ロマーナを女体化させた薬をつくった研究者オオヤ・カズヒサの汚職を暴けば、世論と司法は180度ひっくり返る。
そんなわけで、ロマーナはハルに電話をかける。
『誰だ? かけてくるな』
「ぼくだよ」
『ミヤモト・ミナカとの交戦でお陀仏かと思っていたが、やっぱり切り札を切ったか』
「あそこで死んじゃえば終わりだからね」
『オオヤの失態は晒されつつある。権力者である研究者が嫌いな連中は多いからな。しかし……もうひと押しがほしいな』
「もうひと押し?」
『オマエら3人、いや、特にオマエとパール・イブ・ホーミングは誰かの傘に隠れていたほうが良い。一匹狼が生き残れる街じゃないんだ、ここは』
「と、いうと?」
『良い隠れ蓑を知っている。転校する気は?』
「学校なの?」
意外な方向へ話しが流れている。ハルが絶対的な存在というわけではないが、実際彼の言うことに従って損をしたことはない。
『そうだ。創麗学園に入れ。オマエとパール・イブの経歴は危険すぎるが、同時に体制側の連中は喉から手が出るほどほしい歴史だ』
ロマーナは溜め息混じりに、「考えとくよ」とだけ返事した。
創麗学園。サイバーパンク・ヨコハマにて、唯一能力者開発を特色とした学園である。
また、この学校は時価総額1,000兆円の超大企業『創麗グループ』がスポンサーを務めている。創立20周年を迎える創麗学園は、ついに異世界人をも傘下に加え入れようとしていた……。
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