背筋はとうの昔凍った。いま凍り始めているのは血そのものだ。
ロマーナは手を震わせながら、なんとかパールへ電話をかける。
『なに? 警察が盗聴してる可能性があるから手短に』
「……あの注射って」
『言いたいことはわかるわ。そう、私がやったのよ』
「い、いますぐ自首したほうが……」
『あたしはこの街の第5位よ?』
そう言われ、電話を切られてしまった。
ロマーナは立ち上がり、しばし家の中を歩き回る。しばし歩くと、再び座って地震でも来たように頭を守る姿勢になって、「どうしてだよ!!」と怒号を飛ばす。
「お兄ちゃん……?」
ロマリアが心配してロマーナの元へ向かう。
「もしかして、お兄ちゃんが女の子になっちゃったのって……」
「……パールが変なものを打ってきたんだ。たぶんそれの所為だし、あの子はもう巻き戻しが効かないところにいるのも確かだよ」
ロマーナはもはや涙目であった。
「……サイバーパンク・ヨコハマはパールを決して逃さない。この街はあの子の敵そのものだから」
財政破綻を起こし、再建のために国と時価総額1,000兆円の超大企業『創麗』と手を組んだヨコハマ市。幼児のとき見ていた景色は、いまやもうどこにもなくなった。
そんな街にて、他国からやってきたよそ者として、家が隣にある幼なじみとして、唯一無二の存在であるパールが、まさか強盗に手を染めてしまうとは……。
「で、でもパールちゃんってカテゴリーⅥでしょ? サイバーパンク・ヨコハマ(CPY)の能力者評定で最高位じゃん? だ、だからきっと大丈夫だよ」
されどロマーナは嗚咽を漏らす。もっとしっかり相手をしていれば、パールがあんな凶行に及ばなかったかもしれなかったのに。
「……オオヤ・カズヒサのことくらい知ってるだろ?」
「う、うん」
「技術と科学がすべてを制覇する街じゃ、研究者の地位は高い。それに、この街の本質はヤクザの世界と変わりない。パールが落とし前をつけなければ、あの子は脳みそすら分割されて殺される」
「……っ」
「……でも、泣いてばかりじゃいけないね」
そんな中、泣いているだけでは問題はいなくならないと、ロマーナは涙を振り払い、立ち上がる。
「こういうとき、この街の陰謀に詳しいヒトがいるんだ。研究者たちとも交渉ができるかもしれない」
雲をつかむような無邪気極まりない話だ。こんなとき、問題解決を導いてくれそうな者はいるものの、所詮その者も高校生の身分だ。できることは限られている。
「服、借りて良い?」
「……どこ行くの?」
「チカヒロに会いに行く。蜘蛛の糸をつかんでやるしかない」
「だったらうちも行くよっ! うちだってパールちゃんと仲良いんだから!」
「……構わないけど、この街の暗闇は果てがないぞ?」
ロマリアはにこやかに笑う。それは強がりか、強いが故なのか。
「暗闇があるんなら松明《たいまつ》を置いてあげれば良いんだよ!」
ふたりは情報屋の元へ向かう。
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