少年ロマーナは如何にして少女化を受け入れ、歪んだ愛情を向けてくる少女たちを愛すか

サイバーパンクな世界で魔術師の少年がTS化してヤンデレに囲まれる話し
ひがしやま
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それではさようなら少年時代

001 ヤンデレに性別変換剤を

公開日時: 2022年9月7日(水) 23:12
文字数:2,481

 彼女が「死にたい」とかわめき出したとき、ロマーナは必ず立体駐車場の屋上へ呼ばれる。

 なぜ自分なのだろうか、とは思う。彼女には恋人がいるのに、あえてロマーナに頼って甘えてすがってきている。あれだけ仲の良さそうな写真をSNSにアップロードしているから、彼女とその恋人に不和があるとも考えられない。


「まあ……好きなヒトにはヘラってるところ見せられないのかな」


 そんなわけでロマーナは屋上へたどり着く。景色の良い場所だ。深夜ということもあり、車はあまり停まっておらず、夜空もいくぶんの星が見える。


「パール! 死にたいってなにさ!」


 その息を呑んでしまうような長い金髪を持った美少女、パールは、ロマーナの言葉にこくこくと頷いた。


「やっぱりアンタは来てくれるわよね。幼なじみだものね。ロマーナ」


「……ガールフレンドは来てくれないと?」


「私の危機くらい察知するのが恋人の役目だと思うわ」


 ──うわ、めんどくさッ。


 パールは昔からこういうヤツだ。かまってほしくてたまらない子で、察してくれるのが当然だと思いこんでいる、途方もなく面倒な少女。


「確かにあの子は良い子よ? でも満足できないわ。まるで」


 ──帰って生配信見たい……。なんでメンヘラの話しを聴かなきゃならないんだ。


「その点、ロマーナは魅力的よね。しっかりあたしの相手をしてくれる」


「幼なじみだからね」適当な相槌だ。


「……でも、なんでアンタは女の子じゃないのかしらね」


 このとき、ロマーナは違和感を感じ取った。いつもだったら、パールが泣いて喚くのを黙って訊いているだけなのだが、きょうに限ってはその兆候が見られない。


「あたし、思うのよね。自分に必要ない概念なんて捻じ曲げてしまえば良いって」


 ──どこまでも自己中だなぁ。


「そうかもね」


 なお、わずかでも表情に曇りが浮かんでくるとパールは露骨に機嫌を損ねるので、ロマーナの思考と表情は真逆を向いていることが多くなった。


「まだなににも染まっていないあたしたちは、何者にでも変わっていける。ねえ、ロマーナ──」


 矢先、ロマーナは押し倒された。接近していたわけではない。パールが能力を使ってロマーナに突撃したのだ。

 抑え込まれるロマーナ。されど表情は柔和なままで。


「ぼく、なにか悪いことした? したなら謝るよ」


「いえ? 悪いことをするのはあたしで、謝るのもあたしよ。ねえ……」


 注射器らしきものが、パールの右手に光った。

 ロマーナはここでようやく気がつくのだ。パールはロマーナをも巻き込んで真っ逆さまに落ちていこうとしていることに。


「女になっても、あたしの一番大切なヒトでいてね。ロマーナ」


 左腕の力は強く、ロマーナは振り払えない。

 こうなると、下手な注射をされるほうが厄介だ。

 そのため、ロマーナはある種諦観した顔色で、「……どうだか」とつぶやく。


「こんな面倒な女の相手してくれてありがとう。そして、今度は性愛すらも受け止めて。あたしにはもう貴女しかいないんだから」


 ロマーナは薄れゆく意識と、徐々に熱くなっていく身体の中、心底早く帰りたいと思った。


 *


 自宅に戻ってきたらしい。見慣れた天井だ。部屋はすっかり明るくなっていて、時計は12時半を指していた。

 ロマーナは歯磨きをしようと立ち上がり、パジャマがぶかぶかであることを知る。仕方ないので下着姿のまま洗面所へ歩いて行く。寝起きの思考回路なんてこれくらいおかしいものだ。


「んー……?」


 焦げた茶髪に褐色肌な妹ロマリアは、ロマーナのことをこの世のものとは思えない怪異のごとく捉えていた。


「お兄ちゃん……なにしたん?」


「知ってるだろ? パールの発作に付き合ってきただけさ……。どいて」


「いや……パールちゃんのことはどうでも良いんだよ。突っ込みどころをたくさんつくって、あえて突っ込まれないようにしてるの!?」


「なにがだよ……」


 ロマーナの寝起きは機嫌がよろしくない。だからロマリアを横に追いやり、洗面所へ入る。


「……なにがあったんだよ」


 結論、ロマリアの訝《いぶか》る態度はなにも間違っていなかった。白みがかった金髪のショートヘアーを持ち、乳房が膨らみかけである美少女がそこにいたからだ。


「まあ良いや……」


 まだ眠気は覚めない。歯磨きを開始してしまう。

 そんなとぼけたロマーナに、ロマリアが突っ込みを入れる。


「いや! おかしいからね!? まあ良いやじゃないからね!?」


 しかし無言で歯磨き。一連が終わると、顔を洗い、リビングへ行ってたっぷりの牛乳にシリアルを入れ始めた。


「甘い。延々と食べられる」


 味気ない朝食だといままで感じていたが、なぜだかきょうばかりはとても美味だ。生きていることへ感謝したくなるような気分である。


「ロマリア、食べないの?」


「……お兄ちゃん、現実って時には残酷なんだよ?」


「知ってるさ。ロマリアより4年長く生きてるからね」


「知ってんならブラジャーくらいつけて!!」


「普通、男がつけるものじゃないでしょうに」


「とにかく!!」


 妹のブラジャーなんてつけられるのかよ、と疑問を覚えつつも、ロマーナは渋々といった感じでそれを装着する。


「ぴったりだ」


 とても喜ばしい話しだ。女体化して、妹の下着のサイズ感がぴったり。そうなると女物の服装の心配も当分いらないだろう。


 ──なんで妹のブラジャーつけてるんだよ? 女にでもなっちゃったか? じゃないとつけないしな。……いや、ぼく、女になったんだった。


 ロマーナのスプーンが止まる。同時に思考も停止する。

 呆然としながら、食事をやめてソファーの隅に座りながらテレビをつける。

 だが、ロマーナは普段テレビを見ない。ニュースやら娯楽は動画サイトで満たすタイプの人間だから、それほど頭が回っていない証明になる。


「それでは次のニュースをお伝えします──」


『世界初の性別変換剤、何者かによって盗まれたか』


「サイバーパンク・ヨコハマ市警は、オオヤ・カズヒサ氏による開発品である『性別変換剤』が何者かによって強奪されたと発表しました。事件はきのうの深夜未明に起き、オオヤ氏の研究所において5名の負傷者が出ており、市警は『極めて悪質な強盗事件』として捜査を続けています──」


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