明くる日の朝、いつもと同じ朝、また月曜日かと思いながら起きる朝。
いつもと同じことが過ごせることの当たり前のありがたさを実感しながら、小鳥遊前社長の罪を知ってしまった以上、普通に勤務をしようと思っていても追い詰められ無理心中を図った染澤潤一郎と望月裕の姿が頭をよぎる。
思い出さないようにはしているつもりだが、幽幽のアカウントで投稿されていた二人の衝撃的な発言内容が耳に残って離れない。
「社会的に追い詰められた男の末路ほどこんなに怖いものはない。」
それはリング(1998年上映/中田秀夫監督作品)や呪怨(1999年上映/清水崇監督作品)に出てくる貞子や伽椰子を凌ぐ恐怖が現実にはあるものだと痛感させられた。
「ジャパンホラーだから類似したものがないのか。」
そう思い、かつて見て怖いと思ったアメリカのホラー映画を思い出した。
「死霊館《しりょうかん》(2013年上映/ジェームズ・ワン監督作品)に出てくるバスシーバを彷彿させるが、悪魔を崇拝しているあたりがどちらかというと望月さんではなく染澤さんのほうがバスシーバに近いような気がする。まあいずれにしろ我が子の命を殺めているのだから、どいつもこいつも悪霊であることに変わりはないのだけどね。しまった、こんなくだらないことを考えている場合じゃない、新商品のプロジェクトを進めなければいけない!」
ふと仕事モードに切り替わらなければと頭のスイッチを切り替え作業に取り掛かる。
昼休みに屋上に上がり、スマートフォンを片手に幽幽のアカウントで投稿されている動画を再び見始めることにした。
そこに”決意表明”という投稿があったので試しに再生をしてみることにした。
動画には生前の望月裕が映し出されていた。
望月はカメラを前に「1974年12月27日午後21時。俺は志半ばで亡くなった同士の染澤の家まで来た。あいつの無念を晴らしたかったが、俺もとうとう崖っぷちになってしまった。早速生前に染澤から預かっていた合鍵を用いて、家の中に入ろうと思う。染澤はまだこの家で眠っていると思う。では早速、テープを乗り越えて中に入ることにしよう。」
染澤がそう話すと懐中電灯の灯りを頼りに、染澤邸へと入っていく。
玄関に入っていくと同時に望月は「染澤~!俺だよ!望月だよ!入るね!!」と言いながら中に入っていく。望月が玄関に上がっていくと同時にラップ現象だろうか、望月以外の人間はいないのにバタバタと走る足音やドアを閉めるような物音が次々と聞こえてくる。望月は真っ先に向かったのが、妻や息子たちをこの手で殺害した潤一郎が自害をしたお風呂場だった。
「染澤、見ているか。染澤が死ぬ間際に遺してくれた8mmフィルムを俺も見た。涙が止まらなかった。俺も、そして染澤も、同じことを考える仲間だったんだと思うと俺も辛かった。俺は染澤が羨ましかった。俺よりも頭が良くて、大学にも行けて、対して俺は頭が悪くって勉強なんて息子達に教えられることが出来ないレベルだったのを、染澤がいつも出張家庭教師をしてくれたおかげで助かった。賢くって、家族思いで、ただ営業マンとしての実績においては俺のほうが上手だったな。いつも、染澤は俺に”どうしたらそんなに営業の交渉が上手なのか”ってよく聞いては俺にアドバイスを求めてきたりしていたよな。染澤は賢いだけの人間だったんだと改めて気づかされたんだけど、俺も俺で営業が出来るだけで知識においてはバカだったというのは素直に認めるよ。お互いにお互いの欠点を補い合うことで俺達、こうしてうまくやり取りが出来たんだよね。だけど小鳥遊のような狡賢い人間に俺も負けてしまった。小鳥遊は何の努力もしないで、俺達が一生懸命、汗水を流しながら研究開発を進めてきたデータを盗み出しあたかも自分が開発したかのように世間に広めると知名度を上げるにつれ自分の会社を立ち上げたことに憤り以外の感情しか俺は芽生えてこない。世間というのは非情だ、先に発表したほうを物珍しさについて行って、それが俺達の首を絞めることに繋がることを小鳥遊は分かっていて近付いたのならあいつほどの悪党なんて俺はいないと思う。」
そう語ると望月は静かに涙を流し始めた。
時折嗚咽しながら涙を流し続けると、泣き止んだのは7分ぐらい後のことだった。
浴槽の上縁面を手にしゃがみ込んでいたが、立ち上がると風呂場で叫び始めた。
「染澤、どこかで見ているか。俺も小鳥遊に制裁を科さないと気が済まない。どうか、ここにいるのなら、俺に力を貸してほしい。お願いだ!俺だって復讐のためなら、もう無理心中しかない。借金の抱えた俺に、妻や子供達に背負わせたくない。俺は悪霊になる覚悟が出来ている。どうか、ここにいるならお願い!」
そう話すとカメラを片手に手を拝むと、浴槽の上縁面に座り込んで語り掛けた。
するとその呼び声に目覚めてはいけない生き物が映し出されていた。
拝んだ手をそっと誰かが掴んだようだった。
望月が誰かに触られたと気づくと、右手のほうを見ると、血しぶきを浴び切腹自殺を図った様子が生々しく残る染澤の御霊が映し出されていた。
望月は「染澤か?死ぬ前に会えて嬉しい。どうかどうか力を貸してほしい!!」と染澤の御霊に語ると、染澤の御霊はそっと微笑み望月の耳元で何かを囁いた。
「俺はどんな時でも望月の味方だ。俺がサタン様への忠誠を誓い悪魔になっても、俺と望月は同士であることに変わりはない。小鳥遊を追い詰めるだけでは面白くない。小鳥遊の味方となり、製品開発を後押しした世間を憎もう。呪われた会社としての印象を位置づけたら、フェニックス・マテリアルも滅ぶだろう。望月、お前だって悪魔になろうと思えばお前だって悪魔になれるぞ。」
望月が声をあげて染澤が囁いた内容を話すと、望月は染澤のほうを見て返事した。
「ありがとう。力を貰ったよ。俺も同士だ、悪魔になろう。」
そう話すと、望月の隣にいたはずの染澤はあっという間に消えていなくなっていた。
その翌日にモチヅキ・ドリーム・ファクトリーは倒産、そして妻の絹子さんを絞殺した後に息子の哲也君と和保君をメッタ刺しにした後、家にガソリンをまき火を放つと観音の滝の滝面へ身を投じて自殺を図った。
そんな事を思いながら如月が生前にアップロードをしていた動画を見ていた。
如月がどうしてこの動画をアップロードをしたのだろうか。
そう考えたときにふと思ったのが、「小鳥遊前社長の罪を暴こうとしてこの動画をアップしたのでは!?」という考えに辿り着いた。
昼休みが終わり、秋池リーダーに改めて如月がYouTubeでアップロードをした動画のことを報告した。徳川から報告を受けた秋池はすぐにパソコンで確認すると、今まで8mmフィルムの映写機でしか映し出されていなかった映像がアップロードされていることに気が付くと、秋池は「如月が、生前にこんなことをしていたのなら、この会社が抱える闇の部分を炙りだそうとしていたんだな。」と話すと、徳川に「このことを知ってしまった以上、俺もまともな考えでこの会社で働くことは出来なくなってしまった。憎まれてしょうがないことをしたのだから、もうこれ以上続けられない。」と言い出した。その言葉を聞いた徳川は「秋池リーダーは必要です。僕みたいな平社員よりもずっとずっと必要です!」と呼びかけるも、秋池は「徳川、お前には俺と違い明るい未来が待っている。許されるか分からないが俺も、フェニックス・マテリアルの社員である以上、染澤さんと望月さんの二人に心からお詫びしたい。」と話した。その言葉を聞いた徳川が「待ってください!悪魔になろうだなんて約束を誓い合った、染澤さんと望月さんに許しを頂けると思っているんですか?」と話すと、秋池は徳川の右手を握りしめ「俺が犠牲になってやる。如月が自殺を図ったのは、心の悩みなんかじゃない。ここの会社の闇の部分を暴くために死んだんだ。」と語った。
徳川が秋池に「まさか!?秋池リーダー、そんな如月と同じ道を歩むだなんて言わないでください。ご家族が悲しむだけです!」と説得をするも、秋池は徳川にこう告げた。
「今の望月やそして染澤は地縛霊だ。悪魔なんかじゃない。ただ地縛霊というのは悪霊と化しやすいのは事実だ。その地に怨念を抱いたままこの世を去っているからね。今の二人の御霊には、幾ら霊媒者が念仏を唱えても、恨みや憎しみの気持ちは晴れない。彼らは同志を求め探し、見つけ出すと攻撃し精神的に追い詰め、最終的に自滅に追い詰める。負が負を呼び込む、負のスパイラルが今まさに行われているんだよ。悪霊と化した彼らには生気を吸い込みそれをエネルギー源としてさらに犠牲者が増える一方だ。この呪いの連鎖には歯止めをかけなければ、関係のない人々が犠牲になっていくだけだ。俺は何としてでも止めたい。」
その話を聞いた徳川は「それはあくまでも定説に過ぎませんよ。よく考えましょうよ。」と話すと、秋池は「徳川、地縛霊の怖さをよく理解していない。地縛霊というのは、その名の通りに地縛とあるから、怨念を抱き死んだ土地以外の場所に現れることはまずありえない。浮遊霊なら、死ぬまでに思い入れのある場所があればふと現れる時があるのとはまた事情が違うんだ。浮遊霊は成仏をしているから害はないが、地縛霊は質が悪い。恨み・憎しみの感情を抱きながらこの世を去ったその土地で繰り返し、仲間を増やすための悪さが行われるんだ。」と言い放った。
秋池の言葉を聞き、何も話す言葉が見つからなくなった徳川。
定時が18時のところを1時間残業をして19時に帰った徳川は、まだ残って作業をしている秋池に「お先に失礼します。お疲れ様でした!」と一声をかけると、秋池は徳川に笑顔で「お疲れ~ゆっくり休めよ!」といって、徳川は「お気遣いありがとうございます!」と大きな声で話すと、作業場を後にした。
それがまさか、徳川にとって秋池の最期の姿になるとは思ってもいなかった。
秋池は会社帰りに家に帰らず観音の滝へと向かい、立入禁止のゾーンに足を運び、如月と同様に観音の滝の滝面へ身を投じ自殺をしてしまった。
明くる日にいつも通りに出勤してきた徳川に秋池の訃報が伝わるとショックのあまりに放心状態になってしまった。暫く何も考えられず何も手が付けられず、昼休みに屋上に上がると、ベンチに腰掛け天を仰ぎ考え出した答えを呟いた。
「秋池リーダーは、如月と同様に裕の犠牲者になってしまった。」
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