衝撃的な動画を見て一夜が明けた。
土曜日の朝、休みだが8時には起きて、食パンを食べ始めた。
気分転換がしたくて、パソコンを開くと同時にアプリのNetflixをクリックした。配信されてある映画を見てみることにした。
「”アデル、ブルーは熱い色”(2013年フランス上映)の主人公のエマがアデルを思う純粋な恋心がこんなにもうまくいかないあたりが、若かりし頃の苦い恋を思い出してくれるような、そんな深い内容だなあ。俺もこんな時期があった。」
恋愛映画はそんなに見ないのだが、この映画だけは強く引き付けられた。
見終えた後に、”リリーのすべて”(2015年アメリカ上映)という作品を見た。
実在した風景画家のアイナー・ヴェイナーがリリーという名の女性として生きるため世界で初の性転換手術を受けるという内容なのだが、見れば見る程、妻のゲルダが受け入れなければいけない現実の辛さだけが強く印象に残る。
徳川があえて怖い映画ではなく、恋愛の映画を見ることで、自分の気持ちを紛らわせることが出来た。しかし、それでもショッキングな映像を見てしまったことに変わりはなく、それでも悲しい気持ちを引きずるわけにはいかないと思った。
「恋愛映画ばかり、さすがに見飽きたな。あの如月がアップロードをしてくれた幽幽のアカウントに、望月樹が無き兄の死後、残しただろう映像を見て検証を行うことにしよう。」
そう考え、開いていたNetflixを閉じて、YouTubeのWEBサイトを開けた。
”最後の訴え”
「今日は1975年3月29日、撮影を行っているのはちょうどお昼の12時を回ったぐらいの時間ですね。僕は就職活動を続けていますが、相変わらずですが、次の勤務先がまだ決まっていません。事件が大々的に報道されてしまっている以上、海外へ渡航をするしかありません。今僕は死ぬ前に桜の名所として非常に有名な福岡県の京都郡みやこ町にあります仲哀公園にきています。この先にある仲哀隧道ではかつて日本中を騒がせたあの西口彰事件の被害者が殺された場所としても仲哀隧道は知られています。その事件現場だった箇所に鎮魂の意を込めて足を運んでみたいと思います。僕は生前の兄がこの8mmフィルムを通して語り継いできたことを可能な限り語り継いでいきたいと思います。」
その様子を見ていた徳川が「何でわざわざ行くんだ!?」と思わず突っ込んでしまったが、「まあ今は崩落の危険性があるから、立ち入りが禁止され、入り口はフェンスやガードレールで塞がれているから、その塞がれる前の仲哀隧道を知る貴重な資料ではあるけどな。」と思いながら動画を見るのだった。
樹が仲哀隧道へ入っていくと同時に、ここにはかつて悲しい歴史があった事を思うと、「犬鳴隧道よりもこっちのほうがずっと怖い(※余談ですが福岡県民の大方は旧仲哀隧道のほうが旧犬鳴隧道より怖いと思っています)。東京の八王子にある小峰隧道が恐れられているのと同じ理由だな。」と思いながら見ていく。
トンネル内は綺麗に整備されてある個所を通り抜けると明らかに岩盤が露呈され舗装されていない箇所があり、そこを通り抜けると出口になる。
トンネルを出た樹は最後にこう言い放った。
「この地を訪れてみて、色々なことが走馬灯のように蘇った。伝えたいことは色々ある。小鳥遊への憎き思いも、兄を追い詰めた復讐をしてやりたい気持ちもある。だけど俺はそこまではもうしない。”怨念で漲るこの俺に大いなる力を授かるためにはこうするしかなかった。誰かに殺され怨念を抱きながらこの世を彷徨うより、怨念を抱きながら自らの手で殺したほうが、より悪の力が増す。”とは、染澤さんが亡くなる前に伝えていたダイイングメッセージだったが、仮に社会を怨みながら自殺をもし遂げたとしたら、果たしてどうなるのだろうか。俺はきっとその道を歩むことになるだろうな。」
樹が仲哀峠を訪れて2日後。
唐津市内の七ツ釜に靴と遺書と身元が分かるものを置いた状態で、自ら命を絶った。
さらに望月樹と調べたところ、WEB上の記事では、自殺を図った樹の遺体は沖に流され、未だなお引き上げられていないとのことだそうだ。あくまでも都市伝説の話にはなる。
そんなことを知り、益々恐怖だけが募り、もうこれ以上如月があげた動画には触れないようにしようと心に誓った。
そんな中で迎えた日曜日の朝。
気分転換にと、朝7時に起きて運動がてらに近くの公園へ散歩をした。
「ミルキーが生きていたら、きっと公園の草をムシャムシャと食べていただろうな。」
そう思うと、また悲しい気持ちだけがよみがえってくる。
新しいペットを飼うことも視野に入れたが、とても考えられそうになかった。
公園の散歩の帰り道に、近くの喫茶店へと足を運んだ。
ブレイクタイムに一杯のブラックコーヒーを頼むことにした。新聞を読みながら、今日のニュースの記事をじっくりと読み上げた後、家へと帰った。
何もすることが無く、かといってこれをしなければいけないということもない。
気分転換にと、やはり裕が最期の地として選んだ観音の滝へと再び足を運んでみることにした。
そこで思わぬ人物と遭遇することになる。
徳川が駐車スペースに車を停車させると、見覚えのある車が停まっていた。
「このフィットは、稲見部長の車じゃないか!」
そう思い、部長がここにきているんじゃなかろうかと考え、観音の滝の周辺へと急いで足を運んでみる。滝壺の近くにある生目観音のところにはいなかった、祠がある方向へといるのだろうかと思ってみても、そこにはいなかった。
仕方なく、観音の滝の滝面のほうへと向かっていくと、そこに稲見部長の姿があった。
「部長!そんなところで一体何をしているんですか!?」
徳川の問いかけに稲見は驚くような表情を見せた。
「徳川君こそ、こんなところに何一人で来ているの?」
そう言われた徳川は「そんなところに居たら危ないですよ!」と稲見に注意をするも稲見は徳川にこう言い放った。
「徳川君。わたしね、もう強がることに対して卒業したいんだ。」
徳川にそう話した稲見は笑顔で笑いながら、ベッドに背中から倒れるような勢いで、滝の方向へと背中から落ちていくのだった。
「部長!!」
急いで滝面の近くへと駆け寄ったが、水の流れの激しさのあまりに、流されているのは明らかだった。徳川が駐車場近くの観光案内所へ駆けつけると、すぐ受付の人に「僕の知人が滝に落ちてしまいました!助けてください!」と報告し、119番通報がなされるも、レスキュー隊の救助も虚しく、稲見は遺体となって滝壺の中から発見された。その後、自殺を図った滝面のすぐ近くには稲見の遺書と思われる手紙が遺されており、自殺と判定されたのだった。
自殺幇助罪を疑われた徳川は警察の調べに「僕は部長の自殺に関与なんかしていません。”そんなところに居たら危ないですよ”と言って僕は止めに入ろうとしましたが、部長は滝の方向へ背中から落ちていきました。こればかりは走って駆け付けても、時すでに遅く、もう下に流されていました。思い悩んでいる様子もありましたが、僕の前ではいつも優しい明るい部長でした。止められなかったことを考えただけでも、これ以上話せることはありません。」と涙ながらに話した。
警察に事情を話し解放されると時間は既に18時を回っていた。
「辛いけど、明日は月曜日だ。きっと秋池リーダーに続いて、今度は稲見部長が自殺を図ったのだから、きっとみんな考えていることは一つだろう。」
そう思い、いつもより早めにご飯を食べ、お風呂に入り、就寝することにした。
いつもより早めに寝たのか、なかなか眠れそうにない。
「レム睡眠だから、さっきから寝ても熟睡が出来ない。羊でも数えて寝るか。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹・・・。」
するとある夢を見てしまう。
「観音の滝だ。滝面のすぐ近くに稲見部長、そして部長の背後に望月裕!?一体どういうことだ。一体何をされているんだ!助けに行かなければ!」
そう思った徳川が滝面の方向へと駆けつけると、望月裕が稲見の背後から離れると、稲見はにこやかな笑顔で背中から滝のある方向へと落ちていく。その様子を見届けた望月裕に対して徳川が近付き、”どうして止めに入らなかったんですか”と咎めると、望月裕の表情が次第に変わっていく。
「あああ、あああああ!!」
優しそうな風貌から一転、自殺を図り死亡した際に報告をされたあの、「引き上げられた望月の遺体は、望月であるかどうかが判別が出来ないぐらい遺体の損傷が激しく、また顔面を激しく岩に打ち付けた痕跡があり、原形をとどめていないために、望月なのかどうかが兄弟や両親が見てもわからないレベルだったそうだ。」という言葉の通りの見た目へと変わっていく。
恐怖のあまりに腰を抜かしてしまうと、望月裕がすかさず徳川に近づきこう話す。
「いいか。この世に怨恨の感情を持ちながら死んだ人間ってのはな、いくら浄土宗や浄土真宗の御経で丁重に供養されたとしても、未練というのは消すことはできない。俺はこの地で俺と同じように恨みや憎しみの感情を抱く者、俺と同じように仲間を増やしていき、この地を負のメッカにしてやるんだ。自殺の名所とされるところではなぜ同じような死に方が多いか、それは悩みを抱えた人間に対して、同じ悩みを持ち死んだ霊がその人の心の弱さに付け込み、自殺をするように誘導をさせると、その人は耐えきれずに自殺をするんだ。事故や自殺の名所と言われる場所の大方が、仲間を引きずり込むために手招きをする地縛霊が多い。俺もそのうちの一人だ!因みに俺は観音の滝においては地縛霊のボスかつ生きている人間のエネルギーを大量に吸収しているから悪魔に近い存在になる。お前もこの滝で死んだら、ボスの俺の言う通りに従ってもらう!お前が観音の滝に身を投じる瞬間を俺は心待ちにしている。待っているぞ!!お前だってもう生きていることが嫌になってきているんじゃないのか?いっそのごと身を投じて死を選んだほうが楽になれるぞ!ハハハハハ!」
徳川のおでこに血が付いた人差し指を突き立てながら高らかに笑いながら宣言した望月裕は、まるで砂に絵を描いたかのような感じでサーっと消えていくのだった。
あまりにも生々しい光景だったので、徳川がびっくりして目が覚めてしまう。
思わず洗面所へと行って、自分の顔を鏡で覗くと衝撃の光景が広がっていた。
「俺のおでこ、誰かに人差し指で突き付けられた跡が残っている。」
夢だと思っていたがまさか憑いて来ていたとはと考えると恐怖でしかならなかった。
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