「近頃、よくどこかへでかけてるようだね?」
詰問するような声で、先生が私にいいました。
近隣でも評判の霊薬作りの名人――それが私の魔女としての師匠、ルビア先生です。
「お前の私生活に干渉するつもりはないが、なにかよからぬことをしているなら話はべつだよ」
「ご心配なく。魔女ルビアの名を傷つけるようなことはいたしませんから」
私はにっこりと返します。
「ふん、なにかしてるのは否定しないわけだね。修行がおろそかにならん程度にするんだよ」
「それもご心配なく」
とはいったものの、ザーフィ君と会う時間を増やすためのスケジュール調整もギリギリになっています。
それなのに、私の「好き」という気持ちは日増しに大きくなっているものですから、いつか爆発してしまうかもしれません。
そうならなくとも、先生の懸念通り、魔女修行に支障をきたす可能性もあります。それは本意ではありませんし、私のプライドも許しません。
そうなる前に、手を打っておくべきでしょう。
〈虚無の海〉における重力波の異常――あるいは魔力の暴走や、その他さまざまな要因により、居住区と異世界の一部がふいに繋がることがあります。
それはちょっとした部屋程度の空間なこともありますが、巨大な洞窟や遺跡であることが多いようです。
理由はよくわかっていませんが、おそらくは後者は、魔力を溜め込みやすい構造を持っていたり、そういった効果を持つアイテムなんかが置かれているからだろうといわれています。
ウィスキア緑洞は、そんな感じで居住区に現れたダンジョンのひとつです。
――で、どうして私がこんなところにいるかというと……
「お前も行くのカ?」
「もちろんです。私がいかないと、材料の判別ができないでしょう?」
霊薬に使う材料を集めるのは、主に私の役目です。
傷薬や風邪の薬、虫下しといった一般的なものから、お客様の注文に応じた特殊なものまで。
ここ〈幽霊船〉には多種多様なダンジョンがあるため、大抵のものは手に入ります。
問題は、材料の採集には危険を伴うことが多いということでしょう。
うら若き少女――もちろん私のことですよ?――の脚では到達すらままならない場所であったり、凶暴な生き物がうようよしていたりと、一筋縄ではいきません。
そんなときは、死骸漁りと呼ばれる一種の冒険者さんに依頼を出します。護衛としてついてきてもらったり、危険度が高ければ直接採りにいってもらったりするわけです。
いつもなら人のたくさん集まる酒場のご主人あたりに話を通し、相応しい人に声をかけてもらうのですが、今回はたまたまザーフィ君の仕事がお休みだったので、彼が来てくれることになったのです。
これは私にとって、とてもラッキーなことでした。
先生からは、経費としていくらかお金を預かります。
主な内訳は、死骸漁りさんたちに渡す報酬に仲介料、あとは必要に応じた道具代といったところなのですが、これを浮かせることができれば、残りは私のお小遣いになる――つまり、人を雇うかわりにザーフィ君に護衛してもらえば、経費はほぼそっくりそのまま私のものというわけです。
いちおう断っておきますが、経費のやりくりに関しては私に一任されていて、こうした手段も先生の認めるところなのです。
「オレを使うのヲ悪いと思っているなラ、要らぬ気遣いダ」
「そういうことじゃあありません。私、絵が下手なんです」
材料の絵と名前を書いたメモを渡して取ってきてもらうというのは常套手段のひとつといえばそうなのですが、これはまあ、半分本当で半分嘘ですね。
要するに、私がザーフィ君といたいんです。
仕事にかこつけて彼と会えば一石二鳥、先の懸案は無事解決というわけです。しかも冒険を共にすれば、吊り橋効果でさらに絆が深まることも期待できます。
ザーフィ君の都合もありますから、毎回使える手ではありませんが。
「大丈夫ですよ。ここは〈居住区〉のダンジョンの中でも初心者向けですから。前衛がザーフィ君、後衛が私で、バディのバランスも取れています」
「むウ……」
ちなみにザーフィ君の本業は石工で、職人街の工房に努めています。
職業柄腕力は鍛えられていますし、もともと蜥蜴人自体が丈夫な鱗と頑健な肉体を誇る戦士向きの種族でもありますから、いざ戦いとなればとても頼りになるはずです。
か弱い乙女――もちろん私です――を守って戦う勇敢な戦士……ああ、思い浮かべるだけでうっとりします。
「それでは出発しましょう! まずは第一階層、オボロハナゴケの群生地へ!」
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