バラックシップ流離譚

異形ひしめく船上都市
葦原青
葦原青

家畜

公開日時: 2021年1月2日(土) 00:01
文字数:2,054


 ギンメル人は、昆虫を巨大にし、その外骨格を脊椎動物の骨と入れ替えたような外見の、およそ僕ら人族とはかけ離れた種族だ。

 どちらかというと大人しく、自己主張も強くないのだが、自分たちの習慣を守ることにかけては相当の頑固さを発揮する。

 結果ギンメル人だけのコミュニティを形成し、他種族とはほとんど没交渉のまま居住区に暮らしていた。

 基本的に無害だが、どこか得体の知れない隣人――それが、大半の住人にとってのギンメル人だった。

 この船独自の暦で、およそ百年ほど前のこと。

 彼らの牧場から、密かに飼育されていた食肉用の家畜が脱走する事件が起こった。

 例えばこれが、人族の飼う牛や豚であったなら、それほど大ごとにはならなかっただろう。

 蹄人の一部、つまり牛人タウラ豚面人ピガーからは反発が起こったかもしれないが、彼らも自分たちと家畜は別物と理解しているからだ。

 ところが、この事件には人族のみならず、亜人種の多くが嫌悪感を示した。

 その家畜は、人間そっくりな見た目をしていた。


「たしか、拾ったって言ってたよな」


 確認すると、オルムスは「まあ、うん」と歯切れの悪い返事をした。


「それなら、これは拾得物ということになるな」

「おい、彼女を物みたいに言うな」


 予想通り。僕の物言いに対し、オルムスは眉を吊りあげた。

 だから僕は、わざと挑発を繰り返す。


「でも、人でもないよな?」

「い、いや……それは……」

「人じゃあない」


 重ねて言う。オルムスの反応を見るために。


「この生き物はギンメル人の飼っている獣、つまりは彼らの持ち物だ」


 だったら、彼らに返却するのが筋だよな?

 強めの口調で訊ねると、オルムスは苦い顔をしてうなずいた。

 もちろん、こんなことは僕に言われるまでもなく、オルムスだってわかっているはずだ。

 では、なぜ彼は僕を呼んだのか?

 その答えは予想がつく。

 でも、それをこっちからいってやるほど、僕はお人好しじゃあない。


「……どうしたらいい?」

「どうしたらって?」

「つまり……その……どうしたら、彼女を返さずに済む?」


 ほらきた。

 やっぱり。

 思ったとおりだ。

 オルムスは単純だから、このカリュメに情が湧き、放っておけなくなったに違いない。見た目がちょっとかわいいメスならばなおさらだ。

 いつだったかダンジョンで狩りをしたときも、親の魔獣を仕留めたあとでそいつの子供を見つけてしまい、かわいそうだと泣いて家に連れ帰ったことがある。

 結局その魔獣の子供は人に懐かず死なせてしまったのだけれど、似たようなことを、その後もコイツは何度も繰り返している。

 友達だからあまり言いたくはないが、つまりコイツは馬鹿なのだ。

 馬鹿なうえに傲慢。まったく救いがない。


「いちおう言っておくけど、素直に返すのがいちばん面倒がないぞ。感謝されるし、たぶん謝礼ももらえるんじゃあないかな」

「だけど、そうしたら彼女は殺される」

「屠殺され、ギンメル人の食卓にのぼるわけだね」

「そうだよ! よくそんな残酷なことが言えるな!」

「だったら、彼らに金を払うべきだ」

「いや、でも、それは……」

「この船じゃあ人だって普通に売買されてる。それに比べたらよっぽど良心の呵責もすくないってもんだ」

「ぐぅ……」



 ――で。



「そうすれば、晴れて彼女はお前のモノになる」

「だから、そんな言い方は」

「いちいち突っかかるなよ。で、それから後はどうしようか。言っとくけど、カリュメを人前に出すのはご法度だぞ」


 他種族からの、カリュメを喰うなという要求を、ギンメル人は頑として拒否した。

 これはギンメル固有の文化であり、他種族にとやかく言われる筋合いはない、と。

 議論は平行線が続いたが、最終的にはギンメル人の主張が通ったと聞いている。

 ただし、飼育・加工から実際に食す行為に至るまで、徹底的に他種族の目から隠すという条件で、だ。


「言葉を教えればいい。そうすりゃ、カリュメだってバレない」

「無理だね。しょせんは獣だ」

「わっかんねえだろ、そんなの」

「無理だよ。種族の違いってのは、そのくらい大きいんだ」


 むなしい議論を重ねつつ、僕は頭のすみで、どうやったら少女を買い取る金が捻出できるか考えていた。

 僕もオルムスも、財産と呼べるほどのものは持っていない。

 カリュメの相場は知らないが、二人分の家財をすべて処分したとしても足りるかどうかは怪しい。

 とはいえ、そちらの方面の心配は、実はあまりしていなかった。

 興奮したオルムスが、僕の胸倉をつかもうとしたとき、入口の戸を叩く音がした。

 とっさに口をつぐみ、誰かな? とささやくオルムス。


「思ったより早かったな」

「え?」


 戸惑うオルムスを置いて、僕はすたすたと入口のほうへと歩いていった。


「ごめんください」


 育ちのよさそうな女の声がした。


「少々お訊ねしたいことがございまして」


 僕は、胸に溜めた空気を、ひと息に吐くようにして応じた。


「なにかお捜しですか?」

「ええ。よくおわかりで」

「それは人ですか? それとも人のようなものですか?」


 戸の向こうの相手が無言になった。

 見えないが、これは当たりだというように、ほくそ笑んでいるだろうことは想像できた。


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