ギンメル人は、昆虫を巨大にし、その外骨格を脊椎動物の骨と入れ替えたような外見の、およそ僕ら人族とはかけ離れた種族だ。
どちらかというと大人しく、自己主張も強くないのだが、自分たちの習慣を守ることにかけては相当の頑固さを発揮する。
結果ギンメル人だけのコミュニティを形成し、他種族とはほとんど没交渉のまま居住区に暮らしていた。
基本的に無害だが、どこか得体の知れない隣人――それが、大半の住人にとってのギンメル人だった。
この船独自の暦で、およそ百年ほど前のこと。
彼らの牧場から、密かに飼育されていた食肉用の家畜が脱走する事件が起こった。
例えばこれが、人族の飼う牛や豚であったなら、それほど大ごとにはならなかっただろう。
蹄人の一部、つまり牛人や豚面人からは反発が起こったかもしれないが、彼らも自分たちと家畜は別物と理解しているからだ。
ところが、この事件には人族のみならず、亜人種の多くが嫌悪感を示した。
その家畜は、人間そっくりな見た目をしていた。
「たしか、拾ったって言ってたよな」
確認すると、オルムスは「まあ、うん」と歯切れの悪い返事をした。
「それなら、これは拾得物ということになるな」
「おい、彼女を物みたいに言うな」
予想通り。僕の物言いに対し、オルムスは眉を吊りあげた。
だから僕は、わざと挑発を繰り返す。
「でも、人でもないよな?」
「い、いや……それは……」
「人じゃあない」
重ねて言う。オルムスの反応を見るために。
「この生き物はギンメル人の飼っている獣、つまりは彼らの持ち物だ」
だったら、彼らに返却するのが筋だよな?
強めの口調で訊ねると、オルムスは苦い顔をしてうなずいた。
もちろん、こんなことは僕に言われるまでもなく、オルムスだってわかっているはずだ。
では、なぜ彼は僕を呼んだのか?
その答えは予想がつく。
でも、それをこっちからいってやるほど、僕はお人好しじゃあない。
「……どうしたらいい?」
「どうしたらって?」
「つまり……その……どうしたら、彼女を返さずに済む?」
ほらきた。
やっぱり。
思ったとおりだ。
オルムスは単純だから、このカリュメに情が湧き、放っておけなくなったに違いない。見た目がちょっとかわいいメスならばなおさらだ。
いつだったかダンジョンで狩りをしたときも、親の魔獣を仕留めたあとでそいつの子供を見つけてしまい、かわいそうだと泣いて家に連れ帰ったことがある。
結局その魔獣の子供は人に懐かず死なせてしまったのだけれど、似たようなことを、その後もコイツは何度も繰り返している。
友達だからあまり言いたくはないが、つまりコイツは馬鹿なのだ。
馬鹿なうえに傲慢。まったく救いがない。
「いちおう言っておくけど、素直に返すのがいちばん面倒がないぞ。感謝されるし、たぶん謝礼ももらえるんじゃあないかな」
「だけど、そうしたら彼女は殺される」
「屠殺され、ギンメル人の食卓にのぼるわけだね」
「そうだよ! よくそんな残酷なことが言えるな!」
「だったら、彼らに金を払うべきだ」
「いや、でも、それは……」
「この船じゃあ人だって普通に売買されてる。それに比べたらよっぽど良心の呵責もすくないってもんだ」
「ぐぅ……」
――で。
「そうすれば、晴れて彼女はお前のモノになる」
「だから、そんな言い方は」
「いちいち突っかかるなよ。で、それから後はどうしようか。言っとくけど、カリュメを人前に出すのはご法度だぞ」
他種族からの、カリュメを喰うなという要求を、ギンメル人は頑として拒否した。
これはギンメル固有の文化であり、他種族にとやかく言われる筋合いはない、と。
議論は平行線が続いたが、最終的にはギンメル人の主張が通ったと聞いている。
ただし、飼育・加工から実際に食す行為に至るまで、徹底的に他種族の目から隠すという条件で、だ。
「言葉を教えればいい。そうすりゃ、カリュメだってバレない」
「無理だね。しょせんは獣だ」
「わっかんねえだろ、そんなの」
「無理だよ。種族の違いってのは、そのくらい大きいんだ」
むなしい議論を重ねつつ、僕は頭のすみで、どうやったら少女を買い取る金が捻出できるか考えていた。
僕もオルムスも、財産と呼べるほどのものは持っていない。
カリュメの相場は知らないが、二人分の家財をすべて処分したとしても足りるかどうかは怪しい。
とはいえ、そちらの方面の心配は、実はあまりしていなかった。
興奮したオルムスが、僕の胸倉をつかもうとしたとき、入口の戸を叩く音がした。
とっさに口をつぐみ、誰かな? とささやくオルムス。
「思ったより早かったな」
「え?」
戸惑うオルムスを置いて、僕はすたすたと入口のほうへと歩いていった。
「ごめんください」
育ちのよさそうな女の声がした。
「少々お訊ねしたいことがございまして」
僕は、胸に溜めた空気を、ひと息に吐くようにして応じた。
「なにかお捜しですか?」
「ええ。よくおわかりで」
「それは人ですか? それとも人のようなものですか?」
戸の向こうの相手が無言になった。
見えないが、これは当たりだというように、ほくそ笑んでいるだろうことは想像できた。
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