「待たせたカ?」
待ち合わせにこのカフェを指定した二人は、すでに席に着いていた。
注文も済ませており、テーブルには飲み物と菓子が並んでいる。
「大丈夫。先に来てダベってただけだから」
「はじめまして、ですね。私はリーサ。こっちの猿みたいなのがラキ」
「てめっ、なんだよその紹介は!」
彼女たちの名は、フィリアから聞いて知っていた。
ただ、顔がわからないので、フィリアとの共通の知り合いを通じて会う段取りをつけた。
正直、こうして目の前にいても、人族の顔の区別はつかない。
とりあえず、赤いほうがラキで、白いほうがリーサということだけは、忘れずにおこうと思う。
「んで? ウチらに話ってなんだよ彼氏さん。ってか、ほんとにアンタ、フィリアと付き合ってんの?」
「うム」
「おっと、即答なのね。この肯定をどうとらえるべきか。率直な人柄、いやトカゲ柄で、かつ真面目な交際と? それとも――」
「判断するにはまだ早いぜ、リーサ」
「質問が有るのダ。その、フィリアの事デ」
オレがフィリアの名を口にすると、赤と白はお喋りをやめてこちらに向き直った。
心なしか、表情が真剣味を帯びている気がする。無論、オレにはよくわからないのだが。
「二人から見テ、フィリアとはどのような女ダ?」
「お前、アイツの彼氏だろ? そばにいてわかんねえか?」
「余り種族の違いをどうこう言いたくはないガ、オレとフィリアでは持っている常識が違ウ。それニ、親友の前でだけで見せる素の顔というモノも在るのではないカ?」
「まあ、そうだな。そんじゃ答えるけど、いい奴だぜ。ちょっとクセは強いけどな」
「私も同感ね。私にせよラキにせよ、あまり人づきあいのうまいほうではないけれど、彼女はとても良くしてくれるし、なにより……」
「そうだな。ぜんぜんタイプのちがうコイツとつるむようになったのも、フィリアが共通の知り合いだったおかげだし」
「ふム。ずいぶん慕われているのだナ」
「あ、断っとくけど、いい奴ではあっても、わかりやすく性格がいいわけじゃあないからな。 ずけずけと物はいうし、けっこう自分勝手だし、まあ……いい性格ってえの?」
「性格がいいわけではないガ、いい性格……むム……人族の言い回しは良くわからんナ」
「難しく考えんなよ。要は一緒にいて愉しいかどうかだぜ」
「あア、其れなラ、悪くはないト、最近思うようになってきタ」
赤と白は顔を見合わせた。
「なんだ、相性は良好のようね」
「意外だな。すぐ別れると思ってたのに、まさか向こうも気に入るとは……」
赤いほうが、小声で「ちくしょう、羨ましくなんかねえぞ、羨ましくなんか」と呟いた。
それはそうだろう。
こんな族長でも上級戦士でもない、ただの蜥蜴人のオスなど、欲しがるメスはふつういない。
やはり、フィリアの趣味はかなり特殊なのか。それとも――
「性格もそうだガ、フィリアの普段の言動モ、もう少し詳しく知りたイ。具体的にハ、其うだナ。何かに夢中になって周囲が見えなくなったリ、そそっかしい部分があったリはするのカ?」
「あン? どういうこった」
「実はだナ……」
オレは二人に、フィリアが仕事で惚れ薬を作ったりもするということと、それをうっかりこぼすなどして、自分に使ってしまう可能性は考えられるか、と訊ねた。
「あー……要するにアンタ、疑ってるワケだ? 自分にフィリアが惚れたのは、なんかの間違いなんじゃねえかって」
「端的に言えば其うダ。だガ、疑う事自体、或いはフィリアに対して失礼なのではとも思えてナ」
「いや、無理ねーって。ンなこと、本人には訊けないわな」
「そうよね。もし間違いだったら」
「デ、どうなのダ?」
オレが重ねて訊ねると、赤と白は顔を見合わせた。
「あるわね」
「あるな」
「あるのカ」
このふたりが即答するほど、オレの懸念は自明だったのか。
「まず前提として、霊薬作りってのは、かなり危険な作業なんだよ。つっても、ウチらも詳しいわけじゃあないからな。とりあえず思いつくだけでも、飲み薬に固形物、香みたいに焚きしめて使うやつ。もちろん種族ごとに効くものはちがうし、惚れ薬ひとつとってもめちゃくちゃバリエーションがあって、その材料には当然やばいものも多いワケだ」
「フィリアは日常的にそういうものと接しているんだし、ついうっかり……なんてことも、ないとはいいきれないわね」
赤と白の話を聞いて、オレの不安はいよいよ確信に変わりつつあった。
「もシ、其うなラ……」
「そうなら、どうするんだい? 彼氏サンよう」
赤が、じっとオレの顔を見た。
人族はよく、こんなふうに「目で訴える」ことをする。
「もシ、フィリアがオレを好いた事が間違いだというなラ、其れは正されるべきだと思ウ。だガ――」
「だが?」
オレは、口の中で次にいうべき言葉を吟味した。
「……大事、なのハ、フィリアが幸福であるかどうかダ。其れでもなオ、フィリアがオレと居たいというなラ、受け容れるのに吝かではなイ」
「ええと……つまり、どゆこと?」
赤が首をかしげた。
むう。そんなに難しいことをいったつもりはないのだが。
「ザーフィ君がデレたってことですよっ!!」
突然、オレの背後から大声があがった。
「げえっ、フィリア! いつからここに!?」
「ザーフィ君とみんなが会ってるのをたまたま見かけたから遠くから眺めてたんだけど、どんなお話ししてるか気になったから来ちゃいました的な? そしたらなんか私の話してるじゃないですか! しかもしかも、大事なのは私の幸せ、とか! オレのほうは受け容れ態勢バッチリ、とか! やだもーザーフィ君ったら、いくら私の友だち相手だからって発言が大胆すぎます!」
「あア……うム。大体合ってル……のカ?」
フィリアは両頬を手でおさえ、くねくねと奇妙な踊りをおどった。
困惑するオレの後ろで、赤と白が小声で囁きあっている。
(助かったな。どうやら聞こえた部分だけを都合よく解釈してくれたらしい)
(ええ、そのようね。敢えて訂正はしない方向で)
話はここまで、か。
確たる証拠を得るには至らなかったものの、実りある会合だったと思う。
「ところデ、フィリア。今日は予定があるのではなかったのカ?」
「え、予定? あの、ええと……そうそう! 次の仕事の打ち合わせだったんです。また護衛を頼むことになるかもですから、そのときはよろしくお願いしますね!」
フィリアの答えは若干早口で、焦っているようにも見えたが気のせいだろう。
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