バラックシップ流離譚

異形ひしめく船上都市
葦原青
葦原青

妹と呼んで!

公開日時: 2020年11月19日(木) 00:01
文字数:1,672

 竜人族フォニークなら自分のところで引き取るのがスジだろう、というセレスタの主張はあっさりと受け容れられた。

 強者の発言力はさすがというべきか、それとも長い物には巻かれる主義がここの住人に浸透しているのか。

 とにかく、そういったわけで、リーゼルは彼についていくことになった。

 畑にいた連中からシャツと靴を借り、土を踏み固めただけの道を歩いてゆく。セレスタによると、さっきの畑もいま歩いている街中も、〈幽霊船〉の甲板上に作られた『居住区』という部分とのことだった。


 しかし、にわかには信じがたい。ここは本当に船の中なのか?

 上を向いても岩か金属でできた天井に妨げられて空は見えず、むしろ地下都市のような趣きがあった。

 狭い通りを大勢の人々が行き交い、露店や地面に布を敷いて品物を並べただけのから盛んに呼び込みの声があがっている。

 照明は主に、ライト・クリスタルなる発光する石を管理する施設から、鏡を用いて各所に届けているらしい。

 おかげで歩き回るのに不自由はしないが、場所によって光量に差があったり、陰影がかなり濃くなっているところはある。


「あの……セレスタ、さん」

「あン?」


 先を歩く彼は、首だけを後ろに向けてリーゼルを睨みつけた。


「す……すすすすすすいません……っ!」

「ンだよ、ビビってんじゃねーよ! べつに怒ったわけじゃねーし」

「そ……そうなんですか?」

「そうだよ! 傷つくじゃあねーか!」

「だって、怖い顔するから……」

「元々そーゆー顔なんだよ! 気にすんな!」

「こ、声も大きいし……喋り方も……」

「だから元々なんだって! 悪かったな!」


 鬼のような形相で怒鳴られたが、その言葉からは必死さが滲み出ていた。

 嘘をついているようではない。本当に、怖い人ではないのだろうか?


「で、なんだよ?」

「えっと……さっきは、ありがとうございました」


 リーゼルがそう言うと、セレスタは「はあ?」と首をかしげた。


「なんの話だ?」

「助けてくれたことです。あのまま、あそこにいる誰かに連れていかれたら、わたし、どうなっていたか……」

「べつに……おなじ竜人族フォニークのよしみってヤツだよ」


 おなじ竜人族フォニーク――その言葉に、胸がじわりと熱くなる。

 リーゼルが自分の名前だと認識したときとおなじような感覚。

 右も左もわからない状況で、自分以外の誰かから何者であるか認められたことが、無性に嬉しかったのだ。

 セレスタが急に歩調を速めたので、リーゼルは慌てて後を追った。


「ま、待ってください……!」

「うるせー」


 ぶっきらぼうな口調だったが、突き放されたようには感じなかった。


「まだわかんねーだろ」

「は?」

「オレについてきて、本当によかったかどうかだよ。だから、礼なんて言う必要ねーんだよ」

「でも……」


 こういうことは、きっちりしておかないと気がすまない、というか気持ち悪い。


「うるせー! 必要ねーったらねーんだ!」

「いいじゃないですか。わたしが言いたいんですから」

「お前、意外と強情なんだな」


 セレスタはリーゼルの肩をつかむと、乱暴に壁に押しつけた。


「ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃ――」


 殴られる――と思ったが、彼は愉しげに口許を歪めていた。


「改めなくてもいいぜ。お前は竜人族フォニークなんだ。他の弱っちい種族みてーに振舞う必要なんざねえ」

「そ……そうですか」

「ただし、だ」

「はい」

「オレのいうことは聞けよ?」


 言ってから、セレスタはニヤリと笑った。


「お前は今日から、オレの舎弟になるんだからな」



「舎弟ってなんですかそれ。拒否権はないんですか?」

「嫌なら出てってもいいんだぜ? どうやって暮らしてくか知んねーけど」


 理不尽だとは思ったが、ここで意地を張っても野垂れ死ぬ未来しか浮かばない。


「うう……かわいがってくださいね?」


 渋々リーゼルはうなずいた。


「ところで、女の子相手に舎弟はないと思います」

「んじゃ舎妹? そんな言葉はねーぞ」

「賢妹、もしくはマイ・リトル・シスターとか」

「調子に乗んな。てめーなんざてめーで充分だ」

「格下げされた!? 名前すら呼ばれないとか!」

「名前で呼んでもらえるよう、せいぜい頑張るんだな」

「ふつーに妹分とかでいいじゃないですか!」


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