きっかけは、いつものようにニーニヤの読書に付き添っていたときだった。
読み終えた本を書架へ差し込んでもどってくると、ニーニヤが不思議そうな顔をしてこちらを見ていた。
「キミは、本の場所をすべて暗記しているのかい?」
読書の際、ニーニヤは本を十冊単位で持ってきて席につく。
装丁はどれも似たり寄ったりで、古いものになると書名がかすれて判読しづらくなっていたりする。
もっとも、ウィルはほとんど文字が読めないので、そこはあまり関係ないが。
にも関わらず、渡された本を、ウィルは迷いなく元あった場所にもどすことができた。あまりに当たり前にやっていたので、言われて初めて気づいたくらいだ。
「こっちの本はどこにあったか憶えているかい?」
「ええと……一八〇番書架の三段目」
「こっちは?」
「二五八番の二段目だな」
「合っているね。じゃあこの本」
「それは表紙のほう? それとも中身か? だったら二二番の七段目だ」
「……すごいな。こっそり表紙を交換したのを見ていたのかい?」
「舐めんなよ。そっちのとそれとじゃあ厚さがちがうだろうが」
「わずか十ページほどの差なんだがね」
ニーニヤは本の表紙に手を置き、ほうっ、と息をついた。
「妙だとは思っていたんだ。この特技は前から?」
「いや……〈幽霊船〉に来る前は、こんなことできなかった」
「なら、これはキミの、フルーリアンとしての能力かもしれない」
それからふたりで実験を重ね、ひとつの結論にたどり着いた。
ニーニヤ曰く――ウィルの本当の能力とは、空間把握と瞬間記憶のハイブリッドである。
簡単に言うと、自分がいまいる空間にあるものを瞬時に把握できる、というものらしい。
たとえば、部屋の広さと天井までの高さ、置かれている家具、壁の模様といった膨大な情報を、一瞬にして頭の中に保存する。
しかもそれは、時間が経ってもほとんど劣化せず、まるで諳んじた歌を口ずさむように、言葉にして正確に伝達することも可能だった。
この能力を活用すれば、初めていく場所であっても帰り道がわからなくなるということはなくなるし、目を離している隙に道や建物の配置が変わってしまったとしても、すぐに気づくことができる。
おかげで、かつては〈図書館〉を大いに悩ませていた、外出のたびにニーニヤが迷子になるという問題が、劇的な解決を見たというわけだ。
「これまでは『人間コンパス』程度という思い込みが、能力の使い方だけでなく、成長にまで制限をかけてしまっていた。自分にできることを正確に把握することは、その制限を取り払うことにも繋がるはずだ。ウィル……キミの可能性は、キミが思っていたより、ずっとずっと広くて大きい」
戸惑うウィルに、ニーニヤは明るく笑って請け合ってみせた。
それは、ウィルの人生に初めて差した一条の光だった。
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