居住区にもどると、セレスタは腹は減っていないかとリーゼルに訊いた。
リーゼルがうなずくと、広場の屋台でヤキトリを奢ってくれた。
材料はグリムス鳥という、〈幽霊船〉ではポピュラーな食用動物だった。
「ボールみたいにまんまるでさ、いろんな色のヤツがいるんだ。けっこうかわいいぞ」
「へー。どんなふうに鳴くんですか?」
「えっと、くきーとか、ふぉろろろって感じかな」
「真似してもらってもいいですか?」
「えっ」
セレスタは不味いモノでも飲み込んだような、なんとも言えない表情になった。
あれ? これ、もうちょっと押したらやってくれる的な?
「み、見たいのか?」
「えっと、できたらでいいんで。できたらで」
リーゼルのこの態度を、セレスタは「下手だからやりたくないと思われている」と解釈したらしい。
なめんじゃねーぞ! と彼はヤケクソ気味に叫び、天に向かって声をはりあげた。
「ク……クキーッ! クキィィィィーッ! フォロロロロロロロ……フォロロローッ!」
ご丁寧に動きまでつけて、まさかの本気モードだった。
通行人がぎょっとして足を止め、獣人の子供たちが集まってきて「あ、セレスタ兄ちゃんがまたなんかやってる」などと囃したてる。
リーゼルは他人のフリをしたかったが、無理そうなので苦笑いを浮かべて突っ立っているしかなかった。
「ど、どうだ……満足したか?」
セレスタが、はぁはぁと息を切らしながら訊ねた。
よほど恥ずかしかったのか、とがった耳の先まで赤くなっていたが、どこかすっきりとした表情だった。
「は、はい。ありがとうございます」
うかつなことを言うものではないな、とリーゼルは思った。
たぶんこの人、なにかするときに立ち止まって考えるタイプではない。
若手グループのリーダーであるグラナートが、リーゼルを連れまわすことをセレスタに許しているのは、もしものときの歯止めになることを期待してのことなのかもしれない。
「この近くにも飼育場があるから、今度見にいくか」
べつにそこまで興味はないのだが。
あと、簡単に本物が見られるのなら、こんなことしなくてもいいのにとは、さすがに言えなかった。
甘辛く煮たタレがセレスタの好みらしく、手渡されたヤキトリからは濃厚な香りが漂っていた。くくぅ、と腹が鳴り、口中には唾液があふれてくる。
落ち着いて食事ができる場所は……とあたりを見まわす。広場の隅にベンチがわりに丸太が置いてあったので、そこに腰をかけた。
「あれ?」
妙にやわらかい感触。
「ひっ」
隣にいきなり人が現れたので、リーゼルはヤキトリを落っことしそうになった。
人――といっても、アゴには吸盤のある触手が何本も生えており、肌はやわらかそうにも硬そう見える妙な質感がある。
「なんだ、タコじいじゃあねーか」
「……おー……おぉー……? なんじゃあ……セレスタ……かぁ……」
やたらとのんびりした口調で、その男(?)は言った。
「し、知り合いなんですか?」
「頭足人の一種、蛸人のダコタだ。みんなタコじいって呼んでる」
リーゼルを見てタコじいは、ぐんにょりと頭のような部分を折り曲げた。挨拶のつもりらしい。
「ど、ども」
「……なんじゃあ……えろう、かわえらしい……竜人族……じゃのぉ……セレスタも……色気づいて……きおったぁ……かぁ……?」
「そんなんじゃあねーよ。誰がこんなケツに殻くっつけたガキに」
セレスタは本気で嫌そうな顔をする。失礼な。
「にしても、びっくりしました。どこから出てきたんですか?」
「蛸人は擬態が得意で、いろんなものに化けられるんだ」
「えっ、じゃあ他にも……?」
リーゼルは辺りを見まわした。
「さあ、どうだろ? 割と縄張り意識の強い種族だからな。どうなんだ? タコじい」
「……さあー……どうじゃろぉ……なぁー……」
「オメーもわかんねーのかよ」
タコじいは、いつもこの辺りにあるなにかに擬態して人を観察しているという。あんまりいい趣味とはいえない。
「……べつに……ただ……見てる……だけ……」
「悪いことしてるワケじゃねーし、いいんじゃあねーの?」
そうだろうか。リーゼルとしては、ちょっと気持ち悪いのだが。それとも、タコじいの見た目がアレだから、そんなふうに感じるのか?
言いたいことはいろいろあったが、とりあえずヤキトリを食べてみた。
ぱくりとひと口。肉はとてもやわらかく、歯で噛み切ると肉汁があふれだして口いっぱいに広がる。
「何コレ!? おいしい!」
肉汁は口中で甘辛のタレと混ざり合い、庶民向けの食べ物とは思えない芳醇な味を醸し出す。なんということだ。こんな旨いものがこの世にあったなんて。
「だろ? ここの屋台はオススメなんだ」
「わたし、生まれてきてよかったです」
あまりのことに涙が出てきた。幸せを噛みしめるとはこういうことだろうか。
このまま食べ終わってしまうのはもったいないと思ったが、刺激された胃袋は、激しく次のひと口を要求した。その誘惑には逆らいがたく、リーゼルはむさぼるように残りの肉を頬張った。
「あんまがっつくなよ。まあ、オレ的には嬉しいけどな」
にししっ、とセレスタは笑った。
「竜人族って、みんなこうなんですか?」
「ん? なにがだ?」
「上の人が、下の人の世話をするのが当たり前なのかな――って」
「そんなの、どこもだいたいおなじだろ」
「ええっと……そういうことじゃなくって……」
様々な種族のごった煮であるこの場所は、身内以外は皆、潜在的な敵と見なし得る。
だから、同族意識や組織の結束力が重んじられ、結果、より身内に優しくなるということはありそうな話だ。
しかし、それならばなおのこと、自分が彼らに受け容れられたことが信じられなくなってくる。
自分は本当に竜人族なのだろうか?
なぜ、土の中に埋まっていたのか。なぜ、いきなり成長した姿で卵から出てきたのか。
(あれ以来、誰からもそのへんツッコまれたことがないんですけど……)
セレスタはともかく、聡明そうなグラナートやアウインでさえなにも言わない。あまりにもみんな気にしなさすぎなので、うっかり忘れそうになるくらいだ。
なにより、リーゼルには翼がないのに。
セレスタのような美しい翼が。
しなやかで力強い曲線。風を孕んでふくらむ皮膜。
あのとき――セレスタが現れた瞬間、目が離せなかったのは、彼の姿そのものではなく、その翼のせいだった。
(どうしてあのとき、あなたはわたしを連れていこうと思ったの?)
まるで嵐のように、セレスタはリーゼルを攫っていった。
なぜ、そんなことができたのか。危険だとは思わなかったのか。
訊ねたら、きっと彼はこう答えるだろう。
――はあ? てめーオレを舐めてんのか? てめーごときが、オレにかすり傷ひとつでもつけられるわけねーだろ。自惚れんなボケ。
はい。脳内再生余裕でした。
まったく。どうしてこの人は。
こんなにきれいで。リーゼルがいくら望んでも決して手に入れられないくらいきれいで。
なのに、そんなことはまったく意に介さず生きている。
どうして、そんなふうに生きられるのだろう。
それとも、そんなふうに生きているから、きれいなのだろうか。
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