バラックシップ流離譚

異形ひしめく船上都市
葦原青
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蓑皿

拾いもの

公開日時: 2021年1月1日(金) 00:01
文字数:1,297

 昨晩の仕事終わり。一緒に働いている友人から、明日の朝自宅に来てくれといわれた。

 珍しいこともあるものだ。僕も彼も、居住区の下層の住人だ。貧乏暮らしで、お互い家にあるのは最低限の家財道具くらいのもの。客に出す飲み物の類にも事欠く有り様なうえ、掃除も行き届いていないので、会うとなれば大抵外でというのが通例だった。


「オルムス、来たよ」


 入口に立って呼んでみたが、反応がない。

 戸は、簡単に蹴破れそうな薄い木の板だ。破れ目から中を窺おうと身を屈めたところで声がした。


「ストルティか? ごめん、裏にまわってくれ」


 裏にあるのはボロボロの納屋だ。中にはガラクタしかなかったように記憶しているが、珍しいものでも見つけたのだろうか。

 僕を目にすると、オルムスは焦ったようすで手招きした。


「早く! 人に見られたくない」

「なんだよ、まったく……」


 オルムスは辺りに人がいないのを確認すると、素早く納屋の戸を閉めた。


「見せたいものがある」

「へえ。お宝でも拾ったか?」

「……そうかもな」


 冗談のつもりだったのに、マジなトーンが返ってきた。

 でも、それなら何故わざわざ僕に見せるんだ?

 僕が訝っていると、オルムスは奥に向かって、小声でなにやら呼びかけた。大丈夫だ、とか、こっちにおいで、などと聞こえる。

 まさか生き物なのか?

 ややあって、ぺたぺたという足音が近づいてくる。

 山と積まれたガラクタの陰から、小さな手が現れた。

 続いて、そいつの頭部らしきものがひょこっと覗く。

 屋根の隙間から差し込む光が、そいつの顔を照らし出した。



 人――僕らとおなじくらいか、もうちょっと幼いくらいの少女だった。



 柔らかそうな金髪を肩まで伸ばし、ボロボロのシャツ一枚を身にまとっている。

 顔だちはなかなか可愛い。が、少々薄汚れている。

 しかも彼女は、くちびるをキッとひきむすび、警戒心を剥き出しにして僕をにらんでいた。


「誰?」

「わからない。一昨日の夜、倒れてるのを助けた」

「このシャツ、見覚えがあるな。お前のか?」

「ああ。見つけたとき……その、なにも着てなかった」


 言いながら、オルムスはすこし顔を赤くした。


「僕はストルティ。キミは?」


 訊ねると、少女はあとずさり、ううう……と唸った。

 言葉に反応したというより、僕が近づいたので、その分距離を取ったという感じだった。


「もしかして、しゃべれないのか?」

「そうみたいだ」


 最初は俺に対してもこんな調子だったと、オルムスは言った。


「逃げ出さなかったのは、そうできないくらいに腹が減ってたからだと思う。食事と毛布を与えたら、大人しくなったよ」

「まるで獣――そうか」


 そう呟いたところで、閃くものがあった。


「オルムス。この子は、人族じゃあないのかもしれない」

「え? いや、だって、どう見ても……」

「聞いたことはないか? ギンメル人の家畜の話……」

「ま、まさかそんな……あんなの、ただの噂だろ」

「どうかな。実際にたしかめたわけじゃあないけど」

「それじゃあ……」


 オルムスは首をギイイ……と動かして、少女の顔を見つめた。

 少女は怯えたように身を縮め、オルムスと僕を交互に見返す。


「ああ、そうだ。おそらく、彼女はカリュメ。ギンメル人が飼っている、食用の獣さ」


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