「痛てて! 畜生ッ、放せ!」
クロフが男を組み伏せると、彼はぶざまに足をばたつかせた。
ヤルキッシュ・ファミリーの縄張りで、無許可で盗品を売り捌いていた男だ。
あたりには、どこで発掘されたかもわからない壺や本、装飾品やらが散らばっている。
「やれやれ。つまらヌことで手を煩わせないでほしいものデス」
カツ、カツと靴音を立てて、クロフの背後に男が現れた。
「抵抗しても無駄デス。その男はクロフ・モナード。幻槍のクロフといえば、聞き覚えがあるデしょう?」
ぴっちりとした紺のスーツにつば広の帽子。細面の青白い肌。ひげはきれいに剃られており、丸い眼鏡が印象的だ。
「幻槍の……!? な、なんでそんなヤツが……」
「申し遅れマしたが、ワタクシ、トブラック・カンパニーの社員でトノヤマと申しマす。現在はヤルキッシュ様のところに派遣され、彼らの扱う商品の流れを監督させて頂いておりマす。そして、クロフさんはワタクシが懇意にしている荒事師デして、ヤルキッシュ様に義理を立てるという意味で、すこぉーしバかり骨を折って頂いた次第」
「クソッ! わかったよ! ちょっとした出来心なんだ。金なら払う! それでいいだろ!」
「そういう問題ではありマせん」
トノヤマはいきなり、捩じあげられていない男の右手を、革靴で踏みつけた。
「イギ――――ッ!」
「アナタのような人間は、見逃してやっても『ラッキー! 次は見つかンネーようにやろう』くらいにしか考えマせん。しかも悲しいコトに、そのように考える人間はとてもとても多いのデス。ならば、大切な取引先に損をさせヌためワタクシたちにできるのは、捕らえた輩にはキチンカチンと罰を与え、見せしめとすることなのデス」
トノヤマが、クロフに目で合図を送った。
「何本だ?」
え、なんの本数? と、恐らくは問うつもりであったろう男のくちびるは、クロフが彼の小指を握ったことで、おかしなかたちのまま固定された。
「手のほうは全部イっときマしょう。それと両腕も。しばらくは尻を拭くのもひと苦労でショうが、ヤむを得ぬ仕儀というものデス」
トノヤマがハンカチを男の口に詰め込むのを確認しつつ、クロフは男の指を関節とは逆方向にひねった。
ウシガエルを地面に押しつけたまま引きずったような叫びがあがる。
クロフとトノヤマは、表情ひとつ変えなかった。
「そろそろ飽きてきたな、この仕事にも」
「喜んでクダさい。いいお話がありマす。アナタ好みの、危険な仕事デすヨ、クロフさん」
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