ゼラーナの表の顔は、仲買人兼鑑定士だ。
誠実な仕事でコツコツ積み上げた仕事というのは馬鹿にならず、信頼や信用はいい隠れ蓑になる。
希少性操作能力を使えば大きな儲けが期待できるが、無論のこと危険も覚悟しなければならない。
変装し、偽名を使い、立ち居振る舞いも仕事のたびに変えている。
能力で商品の価値をはねあげると、大抵の相手は目が眩み、それを持ってきたゼラーナのことはほとんど印象に残らないのだが、用心に越したことはない。
上層、下層の区別なく、〈居住区〉ではいつも誰かが誰かに喰らいつく機会をうかがっており、一度喰らいつかれれば骨までしゃぶられるのが常だからだ。
奪う者と奪われる者が目まぐるしく入れ替わる修羅の世界――
ゼラーナはそれしか知らない。
そんな場所しか見たことがない。
だから、自然と敏感になる。
視線と。
悪意と。
欲望の匂いには。
背後から近づいてきた気配は、残り数歩の距離を一瞬で詰め、ゼラーナの腕をつかんだ。
そのまま、人気のない路地に引きずり込まれる。
男のもう一方の手には、まがまがしい刃物の輝きがあった。
ゼラーナがどんなに慎重に行動しようとも、正体に辿り着く者の数をゼロにすることはできない。
探索や追跡に長けたフルーリアンはどこにでもいるし、それ以外にも、彼女の想像を絶するような能力者は存在する。
「待って。いきなり殺すなんて乱暴じゃない? 条件次第で雇われてあげてもいいわよ」
「うるさい。黙れ」
ゼラーナ自身の目から見ても、彼女の能力は利用価値が高い。
それを、いきなり始末しにかかるとは。
この刺客の依頼人は、能力の全貌を把握していないか、それとも把握した上で危険と判断したか。
今日は前者だろう、とゼラーナは踏んだ。
ならば、あしらうのは容易い。
突然、彼女を拘束していた男の手が緩んだ。
汚い仕事をこなす人間の纏う、特有の緊張感が薄れ、若干呆けたような顔つきになる。
「ったく……跡になっちゃったじゃない」
手首をさすりながら文句を言うゼラーナの声も、男の耳には届いていないようだった。
いま、男の中で、ゼラーナの価値はストップ高となっている。
空気のように当たり前な存在を、認識することは極めて困難だ。
優先順位としてあらゆる物事の下に置かれ、去来する様々な思考の底に埋もれてしまう。
「あれ? 俺、ここになにしに来たんだっけ?」
ぶつぶつ言いながら、男は通りにもどっていった。
それを見送るゼラーナの口許には、自嘲の笑みが浮かんでいた。
己の価値を限りなく下げるという行為は、わかっていても虚しさを伴うものなのだ。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!