バラックシップ流離譚

異形ひしめく船上都市
葦原青
葦原青

襲撃

公開日時: 2020年12月17日(木) 00:01
更新日時: 2020年12月19日(土) 18:08
文字数:2,572

 警護担当の考えなどお構いなしに、滞りなくオークションは進行していったゆく。

 壇上には、四つ目の品が置かれていた。

 あらゆる学識者がその正体を突き止めることを放棄した、謎の黒い球体――

 誰がこんな物を欲しがるのだろうかとクロフなどは思うが、すでに三万パールの値がついていた。

 船上の居住区であっても、金はあるところにはあるものだ。


(それにしても……)


 クロフはため息をついた。

 なんという面子だろう。

 覆面やヴェールでいちおう正体を隠しているものの、ひと目でわかる有名人ばかりだ。

 最前列だけでも、モールソン・ファミリーの次男で大幹部のグラッド・モールソン。

 五賢人のひとりマクナフ・トラヴィ。

妖精の檻フェアリー・ケイジ〉の鉱物学者ボルボロ・フィディエ。

竜の子らドラゴニュート〉の諜報組織、太歳タイスイを率いているという噂もある美女瀬青らいせい……。


 あそこに爆弾のひとつでも放り込んでやれば、さぞ愉しいことになるだろう――思わずそんな物騒な考えが浮かんでしまうほど、錚々たる顔ぶれと言えた。


(なるほどな)


 万が一でも、そんなことが起こり得ぬようにするための、トブラックの本気なのだ。

 体面とか、意地とか、正義感などではなく、自らをシステムの一部であると信仰にも似た想いで定義づけ、粛々とやるべきことをおこなう。

 あらゆる世界から寄り集まった混沌の坩堝に、秩序の体現者として君臨する。

 そんな、ある意味で恐ろしく非人間な、人の為にのみ存在する集団が、トブラック・カンパニーという組織だった。

 たしかに気味が悪い。だが、信用はできる。

 翻って考えれば、そうした組織に雇われたからには、いい加減な仕事はできない。

 さもなくば、クロフの信用は失墜し、この先一日たりとも〈幽霊船〉で生きていくことはかなわなくなる。

 背負った槍を意識し、いつでも抜ける状態にあることを確認した。

 体調は悪くない。思考も明晰。どのような事態が起ころうとも、存分に力を振るうことができるという、静かな自信がみなぎっていく。



 その、矢先だった。



 客席の後方。オークション会場入口で爆発が起こった。

 扉が乱暴に蹴り破られ、武装した集団がなだれ込んでくる。

 たちまち響き渡る銃声。天井のシャンデリアが粉微塵になって落下した。

 先頭に立つ隊長らしき男が進み出て怒鳴った。


「動くな! この会場は我々が占拠した!」



「そうだ。『動くな』。お前たちがな



 襲撃者とは逆の方向から、男の声が響く。

 とたんに、空気が重くなった

 特に襲撃者たちのいる辺りは、そこにある人や物が歪んで見えるほどの影響が出ていた。

 一瞬戸惑いの表情を浮かべた彼らは、すぐにそれが警護側の攻撃であると悟り、反撃の態勢を取ろうとした。

 ……だが、それはあくびが出るほど緩慢な動きだった。

 司会席の真上、二階通路の、会場全体を見渡せるその場所に、ずんぐりしたシルエットが見える。

 蛙人フロギーの傭兵ボルタッカ・ポック。この男は空気の粘性を高める。

 彼の能力圏内では、空気はまるで透明なゼリーのように、そこにあるものに絡みつき、動作を阻害する。

 襲撃者が困惑している隙に、傭兵と荒事師からなる警護チームは迎撃態勢を整えた。

 マスケット銃を中心とした、火器によるアウトレンジからの掃射。

 弾丸にも劣らぬナイフの投擲。

 十人あまりの男たちが、あっという間にずたずたの肉塊と化す。


「オレともいっちょ遊んでくれよ」


 ルーティカがくちびるの端を吊りあげる。


「さあ、きな。ソイツをオレにブチ込むんだろう?」


 そう言って、彼女は自分に銃口を向ける男たちを右から順番に指さした。


「お、おう……! ナメんな、このクソアマ! やってやる……やってやるよォ……!」


 男たちが引き金をひく――同時に、彼らの銃が鈍い音とともに、真ん中あたりから破裂した。


「ギャアアアッ……!」

「指が……俺の指がァ……ッ!」

「おいおい、ボルタッカの旦那ァ。アンタの能力のせいで派手に爆発してくれないんですけどォ?」

「贅沢抜かすな。おかげで楽に戦えてるだろうが」


 敵方の奇襲は、どうやら完全に失敗に終わった。

 客たちは落ち着きを取り戻し、スタッフの誘導に従ってべつの出口から避難をはじめている。

 むろん、弱敵ばかりというわけではなく、ボルタッカの能力の範囲外から反撃を試みる者もいたが、そうした連中は他の傭兵、荒事師が適宜かたづけていく。

 クロフも怠けていたわけではない。

 警護チームが最初の遠距離攻撃をおこなった次の瞬間には、一階に降りていた。

 前方に数人。放たれた弾丸を、槍を回転させて叩き落した。

 驚愕の表情を浮かべる敵の喉に、槍を突き込む。えぐる。横薙ぎに払って切り裂く。

 ひと息に三人。


「くそッ。囲め!」


 後方より増援。扇状に広がろうとする。

 クロフは、槍を片手で持ち、薙ぎ払うように腕を振った。

 手の中で、まるで一匹の大蛇のように槍がうねる。

 完全に間合いの外と油断していた男たちは、倍に伸びた槍の穂先に次々と足首を切断された。

 ただひとり、空中に逃れた鳥人バーディアンの男には、返すひと振りで穂先を飛ばし、仕留める。

 背後に気配。

 足音を忍ばせ、近づいてきた男が、銃剣でクロフを突こうとしていた。

 身体をひねってかわし、脳天へ槍を振り下ろす。

 相手は銃を頭上に構える。だが、液状の弾丸へと変じた槍はガードをすり抜け、男の身体に無数の穴を穿った。


「なんだその槍! スゲェな!」


 ルーティカが歓声をあげた。槍はすでに、元の形状に戻っている。

 クロフは彼女のほうを見やり、かすかにくちびるの端を持ちあげる。

 彼の得物は、たしかに槍である。

 だが、それをもって槍を用いた戦い方を想定するのは間違いだった。

 クロフの槍は、同時に剣であり、矛であり、斧であり、鞭であり、鎖であり、弓であり、銃であり、砲でもある。

 さらには炎を纏わせることもできるし、ふれたものを凍てつかせることも可能だ。

 変自在の使い。

 故にクロフは“幻槍”なのだ。


「さぞかし名のある逸品なんだろうな」

「どうかな。由来も造り手も、俺は知らん。ずいぶん前に、イグランディラの廃城で拾った」


 それにしても――激しく戦いながらも、クロフは醒めた目で戦況を分析する。

 妙だ。

 突入してきた部隊は、武装はそこそこ立派だが、とびぬけた強者はいない。

 この程度の戦力で、オークション会場を制圧できると思ったのか?


『クロフさん』


 インカムから、緊迫したトノヤマの声が流れた。


『すぐに保管庫へ来てクダさい! 至急! 至急デス!』


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