警護担当の考えなどお構いなしに、滞りなくオークションは進行していったゆく。
壇上には、四つ目の品が置かれていた。
あらゆる学識者がその正体を突き止めることを放棄した、謎の黒い球体――
誰がこんな物を欲しがるのだろうかとクロフなどは思うが、すでに三万パールの値がついていた。
船上の居住区であっても、金はあるところにはあるものだ。
(それにしても……)
クロフはため息をついた。
なんという面子だろう。
覆面やヴェールでいちおう正体を隠しているものの、ひと目でわかる有名人ばかりだ。
最前列だけでも、モールソン・ファミリーの次男で大幹部のグラッド・モールソン。
五賢人のひとりマクナフ・トラヴィ。
〈妖精の檻〉の鉱物学者ボルボロ・フィディエ。
〈竜の子ら〉の諜報組織、太歳を率いているという噂もある美女瀬青……。
あそこに爆弾のひとつでも放り込んでやれば、さぞ愉しいことになるだろう――思わずそんな物騒な考えが浮かんでしまうほど、錚々たる顔ぶれと言えた。
(なるほどな)
万が一でも、そんなことが起こり得ぬようにするための、トブラックの本気なのだ。
体面とか、意地とか、正義感などではなく、自らをシステムの一部であると信仰にも似た想いで定義づけ、粛々とやるべきことをおこなう。
あらゆる世界から寄り集まった混沌の坩堝に、秩序の体現者として君臨する。
そんな、ある意味で恐ろしく非人間な、人の為にのみ存在する集団が、トブラック・カンパニーという組織だった。
たしかに気味が悪い。だが、信用はできる。
翻って考えれば、そうした組織に雇われたからには、いい加減な仕事はできない。
さもなくば、クロフの信用は失墜し、この先一日たりとも〈幽霊船〉で生きていくことはかなわなくなる。
背負った槍を意識し、いつでも抜ける状態にあることを確認した。
体調は悪くない。思考も明晰。どのような事態が起ころうとも、存分に力を振るうことができるという、静かな自信がみなぎっていく。
その、矢先だった。
客席の後方。オークション会場入口で爆発が起こった。
扉が乱暴に蹴り破られ、武装した集団がなだれ込んでくる。
たちまち響き渡る銃声。天井のシャンデリアが粉微塵になって落下した。
先頭に立つ隊長らしき男が進み出て怒鳴った。
「動くな! この会場は我々が占拠した!」
「そうだ。『動くな』。お前たちがな」
襲撃者とは逆の方向から、男の声が響く。
とたんに、空気が重くなった。
特に襲撃者たちのいる辺りは、そこにある人や物が歪んで見えるほどの影響が出ていた。
一瞬戸惑いの表情を浮かべた彼らは、すぐにそれが警護側の攻撃であると悟り、反撃の態勢を取ろうとした。
……だが、それはあくびが出るほど緩慢な動きだった。
司会席の真上、二階通路の、会場全体を見渡せるその場所に、ずんぐりしたシルエットが見える。
蛙人の傭兵ボルタッカ・ポック。この男は空気の粘性を高める。
彼の能力圏内では、空気はまるで透明なゼリーのように、そこにあるものに絡みつき、動作を阻害する。
襲撃者が困惑している隙に、傭兵と荒事師からなる警護チームは迎撃態勢を整えた。
マスケット銃を中心とした、火器によるアウトレンジからの掃射。
弾丸にも劣らぬナイフの投擲。
十人あまりの男たちが、あっという間にずたずたの肉塊と化す。
「オレともいっちょ遊んでくれよ」
ルーティカがくちびるの端を吊りあげる。
「さあ、きな。ソイツをオレにブチ込むんだろう?」
そう言って、彼女は自分に銃口を向ける男たちを右から順番に指さした。
「お、おう……! ナメんな、このクソアマ! やってやる……やってやるよォ……!」
男たちが引き金をひく――同時に、彼らの銃が鈍い音とともに、真ん中あたりから破裂した。
「ギャアアアッ……!」
「指が……俺の指がァ……ッ!」
「おいおい、ボルタッカの旦那ァ。アンタの能力のせいで派手に爆発してくれないんですけどォ?」
「贅沢抜かすな。おかげで楽に戦えてるだろうが」
敵方の奇襲は、どうやら完全に失敗に終わった。
客たちは落ち着きを取り戻し、スタッフの誘導に従ってべつの出口から避難をはじめている。
むろん、弱敵ばかりというわけではなく、ボルタッカの能力の範囲外から反撃を試みる者もいたが、そうした連中は他の傭兵、荒事師が適宜かたづけていく。
クロフも怠けていたわけではない。
警護チームが最初の遠距離攻撃をおこなった次の瞬間には、一階に降りていた。
前方に数人。放たれた弾丸を、槍を回転させて叩き落した。
驚愕の表情を浮かべる敵の喉に、槍を突き込む。えぐる。横薙ぎに払って切り裂く。
ひと息に三人。
「くそッ。囲め!」
後方より増援。扇状に広がろうとする。
クロフは、槍を片手で持ち、薙ぎ払うように腕を振った。
手の中で、まるで一匹の大蛇のように槍がうねる。
完全に間合いの外と油断していた男たちは、倍に伸びた槍の穂先に次々と足首を切断された。
ただひとり、空中に逃れた鳥人の男には、返すひと振りで穂先を飛ばし、仕留める。
背後に気配。
足音を忍ばせ、近づいてきた男が、銃剣でクロフを突こうとしていた。
身体をひねってかわし、脳天へ槍を振り下ろす。
相手は銃を頭上に構える。だが、液状の弾丸へと変じた槍はガードをすり抜け、男の身体に無数の穴を穿った。
「なんだその槍! スゲェな!」
ルーティカが歓声をあげた。槍はすでに、元の形状に戻っている。
クロフは彼女のほうを見やり、かすかにくちびるの端を持ちあげる。
彼の得物は、たしかに槍である。
だが、それをもって槍を用いた戦い方を想定するのは間違いだった。
クロフの槍は、同時に剣であり、矛であり、斧であり、鞭であり、鎖であり、弓であり、銃であり、砲でもある。
さらには炎を纏わせることもできるし、ふれたものを凍てつかせることも可能だ。
変幻自在の槍使い。
故にクロフは“幻槍”なのだ。
「さぞかし名のある逸品なんだろうな」
「どうかな。由来も造り手も、俺は知らん。ずいぶん前に、イグランディラの廃城で拾った」
それにしても――激しく戦いながらも、クロフは醒めた目で戦況を分析する。
妙だ。
突入してきた部隊は、武装はそこそこ立派だが、とびぬけた強者はいない。
この程度の戦力で、オークション会場を制圧できると思ったのか?
『クロフさん』
インカムから、緊迫したトノヤマの声が流れた。
『すぐに保管庫へ来てクダさい! 至急! 至急デス!』
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