バラックシップ流離譚

異形ひしめく船上都市
葦原青
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ルーティカの意地

公開日時: 2020年12月20日(日) 00:01
文字数:1,908

 ルーティカの場合、能力の発動には対象を指さす必要があったが、滅火獣はただ現れただけで、傭兵の大半を無力化してしまった。

 おそらく奴の能力は、奴を中心とした範囲型だ。

 印を結んだり指さしたりといった、発動のためにおこなう動作も不要で、しかも大勢をいっぺんに巻き込むことができる。その点でもルーティカを上回っていた。

 クロフがまだ動けるのは、ルーティカの増幅能力を受けていたからだろう。


「オオオオオオ……」


 滅火獣がこちらを向いた。

 顔は隠れていたが、クロフには、滅火獣が自分を見ていることがはっきりとわかった。



「ザザザザ……ルルルルル…………?」



「おい、いま――」


 奴は、なんと言った?

 まさか、ザルカと口にしたのか?

 だが、追及する余裕はなかった。

四大精霊エレメンタラーズ〉が攻撃を再開したからだ。

 漫地漢が土の錐を飛ばす。へたり込んでいる傭兵が数人、串刺しになった。

 水潜華も、近くにいる者から次々に体内に潜り、犠牲者を増やしてゆく。


「くぉぉっ!」


 ふりしぼるような叫びがあがった。

 ルーティカだ。見ると、彼女の肩と脇腹から、新たに五対もの腕が生えていた。

 合計十二本。隣のトノヤマと自分、まだ生き残っている傭兵たちを指さしてゆく。


「これが精いっぱいだ! 撤退するよ!」


 かろうじて動けるようになった傭兵たちが、ほうほうのていで通路を走っていった。


「アンタもだ! クロフ!」

「させるかよ」


 断固とした声音を伴って颶風ぐふうが立つ。

 ルーティカの眼前に現れた順風陣が両手をひらくと、キュラキュラと回転する小さな物体がいくつも飛び出した。

 それは、薄く潰して固めただけの、ただの土塊つちくれだった。

 しかし、高速回転することで、おそるべき切れ味を生み出す。

 もちろん漫地漢の作ったものだが、使う土の分量が少ないため、大量に作れ、しかも容易に隠して持ち歩くことができる。

 そんなものを、目にもとまらぬ速度で移動する順風陣がばら撒くとなれば、その脅威は計り知れない。

 一瞬のうちに、ルーティカの右側の腕三本がズタズタにされた。

 傷は骨まで達し、一本はほぼ皮一枚でつながっている状態だ。

 それでも、彼女は怯まなかった。

 致命傷を避けるため、あえて犠牲にしたという感じだった。



 左の五本。

 怒涛のようなこぶしによる乱打。

 順風陣は一瞬、余裕の笑みを浮かべて飛び退る。



 そして、勢いあまって後方の壁に激突した。


「な……!?」


 信じられないという顔つきで、順風陣はルーティカを見た。

 彼女の左手は、すべてが握りこぶしを作っていたわけではなかった。

 他の四つに紛れながら、順風陣を指さしていたものがひとつ。

 そのことに気づかなかった順風陣は力の加減が利かず、背中から壁に突っ込んでしまったというわけだ。

 順風陣の目の焦点がぶれ、虚ろな顔つきで血反吐をぶちまけた。


「うはぁ。だっさい」

「間抜けめ」

「う、うるさい! ちょっと油断しただけだ!」


 冷ややかに言い放つ仲間たちに、順風陣は顔を真っ赤にして文句を言った。

 ただでさえ動きが速いのに、すくなく見積もっても倍の速さでぶつかったのだ。ダメージは相当なはずだが、こたえていないのだろうか。

 ルーティカは順風陣を追撃せず、クロフに最後のエネルギー増幅をかけて撤退に移っていた。

 順風陣のようすを見る限り、きわめて正しい判断だ。

 クロフはいったんルーティカたちのあとに続こうとしたが、すぐに足を止めた。

 振り返り、通路をふさぐかたちで四人の怪物と対峙する。


「お、おい! テメェも逃げろよ、なにカッコつけてんだ!?」

「そんなつもりはない。いいからいけ」

「け、けどよ……」


 動揺するルーティカの隣で、トノヤマが冷厳とも思える口調で言う。


「頼みマシたよ、クロフさん。できれば商品も取り返してクダさるとありがたいデス」

「おいコラ! もうそんな場合じゃあねーだろ!」


 ルーティカがトノヤマに憤懣をぶちまけた。

 荒っぽい言動の割に、優しい女だ。レフィアとはまったくちがうタイプだが、悪くない。


「逃がすかってんだよ――なにっ!?」


 高速でクロフの横を駆け抜けようとした順風陣が、なにかにひっかかったように突然減速する。

 クロフが槍の一部を目に見えないほど細い糸状にして、空中に網を張っておいたのだ。

 動きが止まれば、この男はまったく脅威ではない。

 槍の柄で鳩尾を一撃。とどめを刺そうとしたが、そのひと突きは、漫地漢の作った土の壁で防がれた。

 さらに刃上になった土によって網は切断され、解放された順風陣を、水潜華がひきずっていった。


「ググググググググググ…………オ……シイ」


 滅火獣が嗤った。

 残念という気持ちはなかった。どの道、簡単に倒せるとは思っていない。


「大丈夫だ」


 クロフは、背後にルーティカに向かって言った。


「俺は、ここでは死なんよ」


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