ルーティカの場合、能力の発動には対象を指さす必要があったが、滅火獣はただ現れただけで、傭兵の大半を無力化してしまった。
おそらく奴の能力は、奴を中心とした範囲型だ。
印を結んだり指さしたりといった、発動のためにおこなう動作も不要で、しかも大勢をいっぺんに巻き込むことができる。その点でもルーティカを上回っていた。
クロフがまだ動けるのは、ルーティカの増幅能力を受けていたからだろう。
「オオオオオオ……」
滅火獣がこちらを向いた。
顔は隠れていたが、クロフには、滅火獣が自分を見ていることがはっきりとわかった。
「ザザザザ……ルルルルル…………?」
「おい、いま――」
奴は、なんと言った?
まさか、ザルカと口にしたのか?
だが、追及する余裕はなかった。
〈四大精霊〉が攻撃を再開したからだ。
漫地漢が土の錐を飛ばす。へたり込んでいる傭兵が数人、串刺しになった。
水潜華も、近くにいる者から次々に体内に潜り、犠牲者を増やしてゆく。
「くぉぉっ!」
ふりしぼるような叫びがあがった。
ルーティカだ。見ると、彼女の肩と脇腹から、新たに五対もの腕が生えていた。
合計十二本。隣のトノヤマと自分、まだ生き残っている傭兵たちを指さしてゆく。
「これが精いっぱいだ! 撤退するよ!」
かろうじて動けるようになった傭兵たちが、ほうほうのていで通路を走っていった。
「アンタもだ! クロフ!」
「させるかよ」
断固とした声音を伴って颶風が立つ。
ルーティカの眼前に現れた順風陣が両手をひらくと、キュラキュラと回転する小さな物体がいくつも飛び出した。
それは、薄く潰して固めただけの、ただの土塊だった。
しかし、高速回転することで、おそるべき切れ味を生み出す。
もちろん漫地漢の作ったものだが、使う土の分量が少ないため、大量に作れ、しかも容易に隠して持ち歩くことができる。
そんなものを、目にもとまらぬ速度で移動する順風陣がばら撒くとなれば、その脅威は計り知れない。
一瞬のうちに、ルーティカの右側の腕三本がズタズタにされた。
傷は骨まで達し、一本はほぼ皮一枚でつながっている状態だ。
それでも、彼女は怯まなかった。
致命傷を避けるため、あえて犠牲にしたという感じだった。
左の五本。
怒涛のようなこぶしによる乱打。
順風陣は一瞬、余裕の笑みを浮かべて飛び退る。
そして、勢いあまって後方の壁に激突した。
「な……!?」
信じられないという顔つきで、順風陣はルーティカを見た。
彼女の左手は、すべてが握りこぶしを作っていたわけではなかった。
他の四つに紛れながら、順風陣を指さしていたものがひとつ。
そのことに気づかなかった順風陣は力の加減が利かず、背中から壁に突っ込んでしまったというわけだ。
順風陣の目の焦点がぶれ、虚ろな顔つきで血反吐をぶちまけた。
「うはぁ。だっさい」
「間抜けめ」
「う、うるさい! ちょっと油断しただけだ!」
冷ややかに言い放つ仲間たちに、順風陣は顔を真っ赤にして文句を言った。
ただでさえ動きが速いのに、すくなく見積もっても倍の速さでぶつかったのだ。ダメージは相当なはずだが、こたえていないのだろうか。
ルーティカは順風陣を追撃せず、クロフに最後のエネルギー増幅をかけて撤退に移っていた。
順風陣のようすを見る限り、きわめて正しい判断だ。
クロフはいったんルーティカたちのあとに続こうとしたが、すぐに足を止めた。
振り返り、通路をふさぐかたちで四人の怪物と対峙する。
「お、おい! テメェも逃げろよ、なにカッコつけてんだ!?」
「そんなつもりはない。いいからいけ」
「け、けどよ……」
動揺するルーティカの隣で、トノヤマが冷厳とも思える口調で言う。
「頼みマシたよ、クロフさん。できれば商品も取り返してクダさるとありがたいデス」
「おいコラ! もうそんな場合じゃあねーだろ!」
ルーティカがトノヤマに憤懣をぶちまけた。
荒っぽい言動の割に、優しい女だ。レフィアとはまったくちがうタイプだが、悪くない。
「逃がすかってんだよ――なにっ!?」
高速でクロフの横を駆け抜けようとした順風陣が、なにかにひっかかったように突然減速する。
クロフが槍の一部を目に見えないほど細い糸状にして、空中に網を張っておいたのだ。
動きが止まれば、この男はまったく脅威ではない。
槍の柄で鳩尾を一撃。とどめを刺そうとしたが、そのひと突きは、漫地漢の作った土の壁で防がれた。
さらに刃上になった土によって網は切断され、解放された順風陣を、水潜華がひきずっていった。
「ググググググググググ…………オ……シイ」
滅火獣が嗤った。
残念という気持ちはなかった。どの道、簡単に倒せるとは思っていない。
「大丈夫だ」
クロフは、背後にルーティカに向かって言った。
「俺は、ここでは死なんよ」
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