バラックシップ流離譚

異形ひしめく船上都市
葦原青
葦原青

死の夢

公開日時: 2020年12月15日(火) 00:01
文字数:1,518

 ああ、またこの夢か、とクロフは思う。



 予知夢やそれに類する伝承は、およそ知る限り、あらゆる世界の文化圏に存在する。

 未来に起こる事柄を、神や天使や幽霊や、時には悪魔といった超自然的な存在が、夢というかたちで人に報せるのだという。

 夢というのは本来無秩序で無意味なもので、そこに意味を見出そうとするのは非合理だという者もいる。

 だが、こうもたくさん言い伝えられているとなると、そこにはなんらかの真実が含まれているのではないか、と思いたくなるのも人情だろう。



 こと、繰り返し見る夢ともなれば。



 といっても、毎回まったくおなじ内容というわけではない。

 むしろ、登場人物やシチュエーション、長さなどにはかなりのバラつきがある。

 にもかかわらず、夢の最後はかならずある共通の出来事によって締めくくられる。



 それは――クロフの死だ。



 木の杭に貫かれる。剣で斬られる。炎に焼かれる。凍え死ぬ。猛獣に喰われる。虚無の海に突き落とされる――等々。



 どれも異様に生々しく、夜中飛び起きてねばつく汗をぬぐった回数も、十や二十ではきかなかった。



 死の夢を見はじめたのはここ一年ほどのことだ。

 はじめは、予知夢だとは考えなかった。

 人はかならず死ぬとはいえ、それは一度きりのことと決まっている。

 中には不死の呪いというものにかかっていて、死んでも生き返る連中もいるというが、残念ながらクロフはそうではない。

 だから、予知と結びつけることさえ思いもよらなかった。



 そのうちに、夢の種類が減ってきていることに気がついた。

 最初は二十近くもあった死のバリエーションが、半年ほど経過した時点では十種類ほどになっていた。

 さらにひと月が過ぎ、ふた月が過ぎ、いまもなお見続けている死の夢は、たったふたつに絞られている。



 建物の崩落に巻き込まれる夢と、真っ暗な穴のような場所に引きずり込まれる夢。



 それが運命の収束の結果なのではと推論することは容易かった。

 もしそうなら、残るふたつの夢のうち、片方を見なくなったとき――

 クロフの最期が確定する。





 愉しげな女の歌声で目を覚ました。

 台所のほうから。朝食の準備をしているのだろう。時折、鼻歌が混じる。

 クロフは大きく息を吐いた。

 全身に嫌な汗が滲んでいる。ひと頃はもっと酷かった。

 レフィアの歌には、ずいぶんと救われている気がする。

 酒場で働いていた頃、彼女の歌声は近隣でも評判だった。中には遠く離れた区画から、わざわざ聴きにくる客もいたほどだ。

 レフィアは哀しい歌が好きではなかった。客から求められれば断りはしなかったが、そういう歌を自らうたおうとすることはない。

 食事を口に運んでいると、視線を感じた。レフィアがニコニコしながらクロフの顔を眺めていた。


「どうした?」

「んー? クロフといっしょにご飯を食べられて嬉しいなって」


 クロフは顔をしかめた。


「いつもいっしょに食ってるだろう」

「だから、それが嬉しいの」


 やはり、よくわからなかったが、当人が幸せそうならかまうまい。


「今度の仕事な」

「うん」

「そこそこ、いい金になりそうだ」


 だから、終わったら、すこし贅沢をしよう。

 いってみたいところはあるか。食べてみたいものはあるか。

 新しい服かアクセサリーが欲しいならそう言え。

 そういった類の言葉が頭の中をぐるぐる回ったが、結局それだけで、口からはなにも出てこなかった。


「うん」


 レフィアが微笑む。

 いつも彼女がなんとなく察してくれるので、つい甘えてしまう。

 これではいかんと思いつつ、いっこうに改めることができずにいる。


「でも、気をつけてね」


 この日のレフィアは、珍しくそんなことを言った。


「クロフが元気でいてくれることが、いちばんなんだから」

「……わかっている」


 かすかに差した罪悪感に、クロフは視線をそらした。


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