1年後――
「はぁ、はぁ……」
少女が森の中を必死になって駆け抜けていく。
彼女の背後からは、魔物が迫ってきていた。
魔物の名はゴブリン。
小柄な人型の醜悪な生き物だ。
人間の女性を攫って繁殖することが知られている。
その習性から、特に女性にとっては忌み嫌われている。
「ひぃ、ふぅ、はぁ……」
何度も転んで擦り傷だらけになっているが、彼女は足を止めない。
(くっ! どうして、こんなところにゴブリンが……)
単体としてのゴブリンの脅威度は、ごく平均的な成人男性と同程度である。
しかし、群れを成すことで厄介さが増す。
10匹以上の集団となると、並みの冒険者パーティや国軍小隊であっても苦戦は免れないだろう。
ただ、今の彼女を追ってきているのは、わずか3匹。
それでも、戦闘技術を持たないただの少女にとってみれば、十分すぎるほどの驚異といえる。
「きゃあああああああああっ!?」
ついに、彼女が転倒してしまう。
すぐそこまで、ゴブリンが迫ってきている。
「誰か……助けてくれぇ!」
そのときだった。
「ギャッ!?」
突然現れた何者かによって、別の個体の頭部が斬り飛ばされた。
さらに――
「グガッ!?」
瞬く間に残りの2匹の首も切断されてしまう。
「大丈夫か?」
姿を現したのは、赤い短髪の男であった。
「え……あ……。ラ、ライル様!?」
「怪我はないようだな、ルーシー」
男――ライルはそう言って、微笑む。
「ど、どうして、こんな場所に?」
「通りすがりだよ。お前の村に用事があってな。まさか、こんなピンチに出くわすとは思っていなかったが」
「わ、悪いな……」
「謝る必要はない。俺とお前は幼なじみようなものじゃないか」
ブリケード王国の第一王子ライル。
現在13歳で、来年には成人の儀が控えている。
それに対して、ただの村娘ルーシー。
年齢こそライルと同じ13歳だが、その身分には天と地ほどもの差がある。
だが、とある事情により彼らはお互いのことを幼なじみのように感じていた。
「それで、こんなところで何をしていたんだよ?」
「あ、ああ……。食える木の実を取りに森に入っていたんだ」
「それにしては、ずいぶんと無謀だったんじゃないか? たった一人で入ってくるなんてよ」
「仕方ねぇだろ。畑は不作だし、食えるタイプの魔物はみんな狩り尽くされちまったし」
「そうか……。聞いていた通り、状況は差し迫っているようだな。だが、それでこそ来た甲斐があるというものだ」
ライルはそう言って、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるのだった。
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