ライルが竜王国にて特訓をしている頃ーー。
怪しげな男が、ブリケード王国王都の門を訪れた。
装備からすると、兵士か冒険者あたりだろうか。
しかし、ボロボロになっている。
「む! だれだ、貴様は!」
門番がそう問う。
やって来た男は顔も腫れており、顔の見分けがつかない。
身元の不確かな者を簡単に王都へ通すわけにはいかないのだ。
「はあ、はあ……。俺はガルド。この国の第二王子のガルドだ……」
男が息も絶え絶えにそう言う。
門番が男の風貌を改めて見る。
顔は腫れているが、言われてみれば確かに第二王子の面影がある。
それに、ボロボロの装備もよくみれば元は一級品だったようにも思える。
門番は佇まいを直し、男に敬礼する。
「ははっ! ガルド様。これはいったい、どうされたのでしょうか?」
門番がそう言う。
男が言うことを完全に信じたわけではないが、偽物という確証もない。
本当に第二王子である可能性も一定程度あると認識している。
偽物扱いして、もし本当に第二王子だったなら……。
門番は処罰される恐れがある。
ここはとりあえず第二王子であることを信じたことにして、様子を見ることにしたのである。
「説明は後だ……。まずはポーションを持ってこい。補填はしてやる」
男ーーガルドがそう言う。
彼は、ライルのブレスによって息絶えたはずであった。
しかし、護身用に持っていた身代わりの宝玉と、A級スキル剣聖の恩恵により、かろうじて一命はとりとめたのである。
ライルが村人たちを弔っている間に、這いずりながらその場を離れた。
ガルドにとっては幸運なことに、その後のリリアによる上級氷魔法アブソルート・ゼロの効果範囲からも逃れることができた。
お供として連れてきた兵士たちは、ガルドの攻撃とリリアの氷魔法によって死に絶えている。
彼らは、よくてC級程度のスキルしか持っていないし、身代わりの宝玉という高価なアクセサリーも持っていない。
竜化スキルを覚醒させたライルの攻撃を耐えられるはずがなかった。
ガルドは、身代わりの宝玉を以てしてもなお傷だらけになった体を引きずりながら、1人で王都への道を進み始めたのである。
道中の村でも、自身が第二王子であることを明かして面倒を見させた。
村人たちは第二王子の顔を知らないのか半信半疑であったが、傷だらけの者を見捨てるほど薄情でもなかった。
飯と寝床は提供してもらうことができた。
しかし、村にはポーションのような高級品はそもそも保管されていないし、治療魔法士も不在だ。
彼は自然回復力により最低限の回復をしてから、王都への道を進んでいった。
そうして、やっと王都の門までたどり着いたのが今というわけである。
「ははっ! ポーションでございますか。今、持ってこさせます!」
門番の男は部下に指示を出す。
少しして、ポーションが届けられた。
ガルドがそれを受け取り、飲み干す。
彼の顔や全身の傷が治っていく。
「おお! ガルド様のお顔が無事に治療されましたな。何よりでございます」
門番の男がそう言う。
半信半疑であったが、念のためにきちんと対応しておいてよかった。
彼が安堵のため息をつく。
「ふん。ご苦労だったな。約束通り、ポーションの補填は出す。褒美も後日届けさせよう」
「ははっ! ありがたき幸せでございます。王城へと向かわれるかと思い、馬車の手配も済ませております。どうぞこちらへ」
「気が利くではないか。褒めてつかわす」
ガルドが上機嫌に馬車に乗り込む。
馬車が王城へと進み始める。
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同日、謁見の間にて。
ガルドが、父であり国王でもあるバリオス・ブリケードに事の顛末を説明する。
「ふむ……。ライルのやつが、竜化スキルを覚醒させよったか」
バリオスがそう言う。
「ああ。C級スキル持ちが多数在籍している俺の私兵どもが束になっても敵わなかった。それに、A級スキル剣聖を持つ俺でさえも。あいつは危険だ」
ガルドがそう言う。
実際にやられて、ガルドにはライルを侮る気持ちは残っていない。
今では、ブリケード王国に対する危険因子として認識している。
「ガルドよ。お前には、念のために身代わりの宝玉を持たせておったな。そいつが役に立ったわけか」
「そうだ。あいつ、実の弟である俺を殺すつもりでいやがった。人の心がねえのか」
ガルドがそう言い放つ。
彼も、実の兄であるライルを殺すつもりでいたのだが。
自分のことは棚に上げている。
「ふうむ……。やつは、この国を恨んでおるかもしれんな……」
正確に言えば、ライルはブリケード王国というよりはバリオスとガルドを恨んでいる。
第一王子である自分を無能と蔑み追放したからだ。
さらに、平民として平和に過ごしているところに追手を差し向け、懇意の村人を強姦して皆殺しにした。
とりわけ、ライルのガルドに対する恨みは大きい。
「ああ。討伐隊を組んで、今のうちに潰しておくべきだ」
ガルドがそう言う。
ライルの怒りの対象は主に彼なのだが、彼はそれを気にした様子はない。
傲岸不遜。
この世のほぼ全てのものは自分ために存在するとでも言わんばかりの態度である。
「…………ならぬ。ライルは無能だと思っておったが、S級の竜化スキルを覚醒させたのであれば話は別だ。まだ関係を修復できるかもしれん」
バリオスがそう言う。
彼は、曲がりなりにも一国の王だ。
感情ではなく、損得で動く。
彼は、ライルとの和解の道がないか考え始めた。
決して親子の愛を思い出したというわけではなく、スキルの有用性にしか目が向いていないのが悲しいところであるが。
「あいつと和解だって!? 確かに無能ではなかったが、あいつは危険だぜ!」
「これは王命である。おとなしく従え」
「…………ちっ!」
傲岸不遜のガルドにも、1人だけ頭の上がらない者がいる。
父にして国王のバリオスだ。
ガルドは渋々バリオスの方針に同意した。
しかし、短気で浅慮なガルドがいつまでもつかは微妙なところだ。
ブリケード王国の未来には、暗雲が立ち込めていた。
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