ドイツ西部を貫流するライン河とモーゼル川が合流する位置に、小さな町がある。
その町の領主クラウド・フンネルスの邸宅では、今夜パーティーが催される。盛大に賑わってもよさそうな邸宅内のアンピール様式の調度品が揃った一室で、照明も点けぬまま年若い男女がテーブルを挟んでソファに座り密談していた。
黒のタキシードの男、ギンステン・ボガンツは向かいの女性に言った。
「アネッタ、相談があるんだ」
対面に座る男とさほど年の差のない若い容貌の女、アネッタ・ゾノフスは驚いた目をした。
「何、ギンステン。こんな部屋に呼び出しての相談って?」
黒タキシードで眉目秀麗のギンステンは真面目な顔になる。
「どうか聞いて欲しい、アネッタ」
「ええ、ギンステンの相談だもの。ちゃんと聞いてるわ」
ギンステンは、内心の憤懣をぶちまけるように叫ぶ。
「俺はもう我慢ならないんだ!」
唐突なギンステンの怒声に、アネッタは驚いて腰を浮かしかけた。
肝を潰した彼女には構わず、ギンステンは吐露する。
「俺は君の事が誰よりも好きだ」
「もう、何よ突然。私もギンステンが好き」
気恥ずかしく頬を赤くし、アネッタはそう返した。だがギンステンの表情は、思い悩んで暗鬱に翳る。
「アネッタ、俺には今夜、果たさなければならない役がある」
「それ、どういうこと?」
アネッタは呆けたように尋ねる。
ギンステンは言い聞かせる口調で問いかける。
「何故俺がこのパーティーに招待されているのか、わかるか?」
「クラウド様に気に入られたから?」
アネッタは首を傾げた。
ゆっくり頭から手を離し、ギンステンは上目遣いに彼女を見る。
「違う、クラウドさんは俺と自分の娘のメアリをくっつけようとしてるんだ」
「え、なんで……」
ギンステンは悄然と項垂れる。
「主人のクラウドさんがいなくなって、俺はお前と結婚できる。そのためには……」
続く言葉に若干躊躇うが、勇を鼓して言った。
「殺すしかないんだよ、クラウドを」
「殺す__そんなのダメ」
アネッタはさっと顔色をなくして、激しく横に首を振った。
言い聞かせる口ぶりでギンステンは続ける。
「クラウドを殺せば、お前もそんな身を壊すような女中の仕事をしなくていいんだぞ」
ギンステンはアネッタが膝の上に載せる両手をとって、縋るような目を向けた。アネッタの手の甲は赤切れでひどく傷ついている。
彼の目が見ていられず、顔を逸らしてアネッタがその手を振り払う。
「人を殺してなんとかしようなんて、ギンステンらしくない」
「アネッタ、違うんだ。他にどうしようもないんだ。このままじゃ、お前自身もずっとあの男に仕える羽目になるんだぞ」
彼は立ち上がり、大仰に腕を広げ説得にかかる。
「もう知らないっ!」
アネッタのギンステンを見る瞳が涙に潤む。立ち上がり日々の水仕事であかぎれのした両手で顔を覆い、部屋を飛び出した。
「待ってくれ」
両開きの扉が空々しく閉まる。
ギンステンは呆然と廊下の光が細い筋になって部屋に入り込むのを見て、呟く。
「くそう」
どうにもならない悔しさに拳を強く握った。
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