震える指でスマートフォンを握りしめ、改めて画面を見つめる。
(ありえない……早織は、病院のベッドの上で眠ったままのはずだ)
何かの悪戯か、それともシステムのバグか。
そう考えようとするが、「Saori」 という署名が、それを否定する。
もしこれが偶然だとしたら、あまりにもできすぎている。
「……確認するしかない」
タクトはスマホをポケットに押し込み、立ち上がった。
行き先は決まっている。
早織が眠る病院へ——。
夜の病院は静かだった。
消灯時間を過ぎ、廊下にはほとんど人影がない。
タクトは足音を殺しながら、慣れた道を進んだ。
何度もここへ足を運んでいる。
早織の状態は変わらないとわかっているのに、それでも。
——そして、病室の前に立つ。
「……早織」
カーテンの隙間から漏れる微かな光。
心を落ち着けるように息を整え、そっと扉を開けた。
そこには——
眠り続ける早織の姿があった。
変わらない。
いつものように、静かに呼吸をしている。
(やっぱり……)
期待と不安が入り混じる中、タクトはベッドの横に座った。
枕元に置かれた母親の差し入れのぬいぐるみ、乾いた花瓶の花。
そして、機械的な電子音を立てる生命維持装置。
彼女は、ここにいる。
なのに——。
「……どうして、俺にメールを送った?」
思わず呟いたその時。
——ピピピピッ
心拍モニターの音が、一瞬だけ乱れた。
「……え?」
驚いてモニターを見上げる。
心拍はすぐに元に戻るが、タクトの胸騒ぎは消えなかった。
——まるで、彼の言葉に応えたかのように。
まるで、早織がここにいないとでもいうように——。
帰り道、タクトはスマホの画面を何度も確認した。
メールには送信履歴も、返信の宛先もない。
何かがおかしい。
(デジタル世界に、早織の意識が……?)
そんな馬鹿げた考えが、頭をよぎる。
もしも彼女の意識が肉体を離れ、別の世界に囚われているのだとしたら——
(俺は、そこへ行けるのか?)
考えても答えは出ない。
だが、タクトの中には確信があった。
このままでは、早織は「消えてしまう」。
その夜、彼は意を決して、未知なる世界へ踏み込む方法を探し始めた。
——それが、後戻りできない旅の始まりになるとも知らずに。
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