とりあえず私はこの世界を受け入れ、この少女を守っていくと決めた。
もう私は、あの頃には戻らないし、戻りたくはない。
仮に戻れたところで『あの生活が待っているだけ』だ。
あの時の私は生きているのか死んでいるのか、自分でもよくわからなかった。
欲求も好奇心も起伏も刺激も何も求めてなかった。心はいつもフラットだった。
だから、きっと死んでいたんだと思う。
一番大切な者を無くした、あの時から、私は――――
妹の清美と同じ、自分の事を『ボク』と呼ぶ少女ユーア。
助けられた感謝の言葉も年齢も清美と一緒の少女ユーア。
これが偶然なのか誰かの差し向けた、何かなのかはわからない。
けれど――――
今『この姿』でいるって事は、また私は守る事が出来る。
私のこの力は妹の清美を守る為にゲーム内で手に入れた力なのだから。
それをユーアの為に使っていく。その数々の力を知識を能力を。
私は守る為に手に入れた力を、また誰かの為に使える事が嬉しく思った。
※※※※
ユーアと二人、手を繋いで森の出口を目指して歩いていく。
「ねえ、スミカお姉ちゃんは何処から来たんですか?」
考え事をしていた私に不意にユーアからそんな質問が飛んできた。
「え!?」
一瞬頭の中が真っ白になる。
ドコカラキタノ?
ユーアの言ってる事が、まるで知らない国の言葉のように聞こえた。
「ん、どこなの?」みたいな目で、私を見ている。
『うう~~っ!』
ヤバいっ!
そういう設定考えてなかったっ!
私は冷や汗が出るのを………… 感じなかった。
装備のお陰で、それも軽減されている。何か悲しい。
「ソ、ソウダネ………… ドコカラダッタカナァ~ んっ!?」
その時、私はある存在に気付き、森の中に視線を移す。
「スミカお姉ちゃん?」
「ユーア、話の途中なんだけど、ちょっと待っててくれるかな?」
ユーアに確認をする。
「うん、いいよ。 スミカお姉ちゃん」
「それじゃ、多分大丈夫だと思うけど何かあったら大きな声で私を呼んでね」
「うんっ!」
ユーアにそう言い残して優しく頭を撫でる。
いい子だね。やっぱり。
※
『………………』
私は反応があった場所に向かうために森の中に入っていく。
走りながらMAPを開いて、索敵に反応があった場所を確認する。
凡そこの先200メートル程先に大きな反応があった。
その他に今のところ大きな反応がないようなのでユーアは大丈夫。
私は距離を詰める為に、更に加速する。
タタタッ――――
前方の視界を、大小の木や枝が遮っている。
足元を木の根や草木が邪魔をするが、私は最適な進路を即座に見つけ出して、最高速で疾走する。
「いたっ! あそこだっ!」
少しだけ開けた茂みの中にそれはいた。
大型犬より一回り以上大きな獣が5匹。
『オオカミの魔物、なの?』
灰色の固そうな毛皮にタテガミ。
私の2倍以上は太い前後の足と鋭い爪。
何かの獲物を狩ったのだろう。
「………………」
何かの肉に食らいついていて、その口元が真っ赤になっている。
近くにはリュックらしいものを漁っている者もいる。
「これって…………」
この魔物は人肉を喰らっていたんだろう。
荷物と喰い散らかれたものでそう判断する。
「こ、こぉのぉっ!」
私は魔物の前に出る。
大丈夫自分の状態はなんとなくわかっている。
これなら問題ない筈だ。
私の存在に気付いた5匹オオカミ風の魔物たちは、一斉に警戒態勢をとって威嚇するように「ウ"ーー」と唸る。
「いいから、見てないでさっさとかかってきなよっ! その代わりここから先は絶対に行かせないし、生かせない。ユーアがいるから全滅させるっ!」
私が魔物にそう啖呵を切った瞬間、5匹はまとめて飛び掛かってきた。
ガウ"ッッ!! ×5
私はそれを見て大きく右にステップをする。
「っと」
最初の標的を右の魔物に決めて、すぐさま頭上に透明壁[□]を展開して、魔物の頭に躊躇なく叩きつける。
「んんっ!!」
ガンッ!!
殴りつける音とともに「グシャ」とした手応えの元
頭部が潰れた肉片が足元に出来上がる。
すると仲間の一匹が殺られたことにより
魔物は一瞬動きを止める。
私はその隙を見逃さず、
トンッ
一歩で距離を詰めて、動きの止まっている一匹を今度は横殴りに振りぬく。
ガァンッ!!
これも大きな音とともに吹っ飛んで、木の幹に激突し活動を停止する。
「――ふう。さあ、残りは三匹になっちゃったね。どうするの逃げる? 逃げても追っかけて絶対に倒すから無駄だけどねっ!」
ガルルルッ!!
残りの三匹は私を囲んで、今度は同時に飛び掛かってくる。
私はそれを見ても動かない。
「………………」
動かないけど――――
ガンッ、ガッ、ガッ!!
牙を剥き出しにして襲い掛かってきた三匹は、私の周りで何かにぶつかり動きを止める。私は自身の周りに防壁として透明壁[□]を展開していた。
その衝突で動きを止める三匹に、私は透明壁を一旦解除して今度は三匹に振りぬくように回転をする。
「うんんっ!!」
ガッガッガッッ!!!
三つの激しい衝撃音とともに、一匹は地面に叩きつけられ、一匹は大木の幹に激突し、一匹は体液をまき散らしながら絶命する。
「ふうぅっ――」
私は肺に溜まっていた空気を吐きだして索敵でもう一度確認する。
「……よし、この辺りは今のところはこれで大丈夫だねっ!」
ユーアの元に戻る為に私は再度森を駆けていく。
※※
「スミカお姉ちゃん突然どうしたの?」
森の中から歩いてくる私を見つけて、ユーアが声を掛けてくる。
「あっ」
私はまた何も言い訳を考えてなかった事を思い出した。
そもそも初戦闘で色々と葛藤もあってそれどころじゃなかった。
「あ、うん、えーとねぇ~ 花摘み? そう、お花を摘みにいってたのっ!」
ユーアの後ろの白い花を見つけてそう言い訳をする。
うん、我ながら完璧だね。何て心の中で思いながら。
「え、あっ! う、うんそうだったんですかっ! 街まで遠いからガマンできないもんねっ! ボ、ボクだってそういう時いっぱいあるもんっ!」
ユーアは何かに気付いたように、私の話に合わせてくれる。
「う、うん、そうなんだよねっ!」
何て今度は私がユーアの話に合わせる。
街までガマンって何?
なんだかユーアと会話が繋がらない、気がする。
『まあ、別にいいか。なんとか誤魔化せたみたいだし……』
ちょっとだけ不思議に思いながらもユーアと手を繋いで歩いていく。
その時私はふと思い出す。
『…………あ、あの時は咄嗟に目に付いた花から適当に「お花摘み」て言い訳したけど、よく考えたらそれって…………』
オシッ〇じゃんっ!
会話の途中でオシッ〇をしたって堂々と報告しただけじゃん!!
乙女が森の中で野ションしたってバラしただけじゃんっ!!
『ううっ~~』
ユーアとの会話が繋がらなかった意味がわかって、良かったような、恥ずかしいような複雑な心境の私だった。
※※※
「ユーア、あの先で森を抜けられるの?」
薄暗い森の先に光が見えたからユーアにそう聞いてみた。
「はい、そうです。森を抜けて街道沿いに2時間くらい歩けばコムケの街が見えてきます!」
「ここまで来れば、魔物に襲われることなく|無《・》|事《・》|抜《・》|け《・》|ら《・》|れ《・》|る《・》よね」
「そうですね、もう少しですね」
もう少しで森を抜けれるらしい。
あとは、整地された街道だから危険も少ないだろう。
「それじゃ私初めてだから街に着いたらユーアが案内して――――っ!?」
「えっ!?」
不用心だった。
会話に夢中で、索敵を疎かにしていた事。
迂闊だった。
この世界でも『フラグ』が存在する事を考えていなかった。
ユーアと二人、気づいた頃には遅かった。
森を抜ける直前に私たちは…………
「っ!?」
「えっ?」
武器を持った複数の男たちに囲まれていた。
澄香の防具には「状態異常軽減」も付いています。
色々なものを軽減してくれます。
寒暖差はもちろん、汚れ、毒、麻痺、混乱、あらゆるものを軽減します。
ただ防御力は皆無で、身体能力を底上げする効果もありません。
身体能力はアバターの方のデフォルトの効果だったりします。
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