「ねえ、ユーア。午後からも何処か案内してもらいたかったんだけど、日が暮れちゃったね」
ギルドを出た私とユーアは、空を見上げて随分と日が傾いてるのに気付く。
ルーギルも忙しいって言ってた割には、時間を掛け過ぎたんじゃないかとも思う。
まぁ、私たちの為だったんだから、あまり文句も言えないけど。
「そうだね、これからどうするの? スミカお姉ちゃん」
「うん、晩ごはんはアイテムボックスにあるし、買い物もある程度揃ってるし。だから今日は帰ろうか?」
ユーアを撫でながらそう提案する。
「あ、そうだっ! スミカお姉ちゃん、ボク、孤児院に行きたいんだった」
ユーアは思い出したようにふと声を上げた。
「ん?」
あ――、そういえば、朝にもそんな事を言ってたっけ。
早朝は孤児院も忙しいから、夕方にって話だったんだ。
「そしたらユーア。私もう一度ニスマジのお店に行って来るから、孤児院に行っててもいいよ。そんなに遅くはならないと思うから」
「そうですか、わかりました。ボクは少し遅くなるかもです。小さい子のお世話も少ししてくるかもなので……」
それからユーアは一呼吸置いて、
「ね、ねえ、スミカお姉ちゃん? 夜はまた一緒、だよ、ね?」
「え?」
少しだけ俯きながら、心配そうに聞いてくる。
『ああ、そういえば私。ユーアに何も伝えてなかったんだ……』
ユーアは恐らく、私と一緒にいれるのがいつまでとか、明日も一緒にいられるかとか、これからは、とか、色々不安になってるんだろう。
私はユーアとずっと一緒だと決めていたけど、直接には伝えた事はない。
だったらきちんとユーアに伝えなくてはダメだ。
そんな当たり前の事でユーアを不安にさせたくない。
私はユーアの顔を、優しく手の平で包む。
「ユーア、私はこれからずっと、ユーアの傍にいるから安心して。今夜も一緒にご飯食べて、お風呂入って、一緒の布団で寝ようね」
ユーアの目を見ながら、諭すようにそう告げる。
「うんっうんっ! 良かったよぉ、スミカお姉ちゃん…… これからもボクとずっと一緒にいてくれるんだね? 本当だよね?」
ユーアの顔を挟んでいる私の手の上に、ユーアは自分の小さい手を重ねながら、目尻に涙を溜めた目で聞き返してくる。
そんなユーアに私は、
「当たり前でしょう。ユーアは私とパーティーを組んでいるんだからね、それに――」
「う、うん」
ユーアの額に「コツン」と額をくっつける。
「――それに、ユーアは私のこの世界の妹なんだから」
「え?」
少し潤んでいる目を見て、はっきりとそう告げた。
「うううっ、うれしいよぉ、本当に良かったよぉ~ ボク、スミカお姉ちゃんがお姉ちゃんならいいなって、ずっと思ってたんだぁ~ だから、ボク本当にうれしいんだよ、うううっ」
私のそんな告白を聞いたユーアは、小さな肩を震わし嗚咽を漏らす。
赤くなった頬を透明な雫が流れて、地面を濡らし始める。
「ほら、こんなところで泣かないの。皆んなに見られちゃうよ」
アイテムボックスからハンドタオルを出して涙を拭う。
「……だってぇ、だってぇ、ボク、本当に本当に、今までで、一番、うれしいんだもん、本当だもん……」
「もう、ユーアは泣き虫さんだね? ほら、このままだと暗くなっちゃうから、お姉ちゃんがおんぶしてあげるよ。ねっ!」
私はユーアが乗りやすいように、少し腰を下ろす。
「う、うん、ありがとうスミカお姉ちゃん。でもちょっと恥ずかしいかも」
タオルで涙を拭きながら、少し照れるユーア。
「よし、乗ったね? じゃ、ユーアが、恥ずかしいって思う、余裕がない程の速度で行ってあげるよっ!」
「えっ?」
私は少し前傾になり、後ろ脚に力を溜める。
位置についてぇ――――
「それじゃ、いくよユーアっ! 舌をかまないように、しっかりとタオル口に咥えててよっ! ヨーイッ ――――」
「えっ! えっ!」
「ドンッ!!」
私は溜めていた足の力を一気に開放する。
「んんんっ! ――――」
するとすぐさま耳元で、くぐもった声が聞こえる。
どうやらユーアはしっかりとタオルを咥えてるみたいだ。
『それじゃ次は……』
私は索敵モードとMAPを展開する。
このまま通りを走るのは、夕方もあって街の人が増えてきているから危険だ。
子供の姿もちらほらみかけるし。
MAPを見ながら私は、比較的安全なルートを探す。
「うん、ここからだと、行けるかな?」
トンッ
私は透明壁を足元に展開し、それを足場にして民家の屋根の上にでる。
「よっと」
途中で通りを跨ぐようだけど、また透明壁を出せば問題ない。
私はユーアを背負ったままで、屋根の上を駆けていく。
背中に昔感じた暖かい温度を感じながら。
※
「ユーア大丈夫? 舌噛まなかった?」
ちょっとだけ首を回して、背中のユーアに聞いてみる。
全部の衝撃を抑えられたわけじゃないから。
「ふふっ」
「んっ?」
「あははっ」
「んん?」
「あははははっ――――! 早い早いスミカお姉ちゃんっ! それに高いよスミカお姉ちゃんっ! あははっ! 怖くて楽しいよぉっ!」
そんな背中ではユーアが見た事もないぐらいはしゃいでいた。
まるで年相応の子供の様に。
『ふふ、良かった気分転換になったんだねっ』
私はそれを見て若干スピードを落とす。
ユーアがタオルをいつのまにか噛んでいなかったから。
『この世界も、やっぱり夕陽はきれいなんだね』
私は街並みに、沈むように降りてくる太陽を見ながらそう思った。
楽しそうな悲鳴を上げる、ユーアの笑い声を聴きながら。
※※
「それじゃ、私はニスマジのところに買い物に行ってくるから。もし私が先に帰ったら家の中にいるから」
「またね」と私は孤児院から離れていく。
「うんっ! スミカお姉ちゃん、またねっ!」
ユーアは孤児院の前で、ぶんぶんと手を振って見送ってくれた。
私は明日のメルウの大豆商品を売り込む為に、必要な何かを購入しにノコアシ商店に向かう。
あそこなら殆どの物が揃っているはずだから大丈夫だろうと。
店の前に到着すると『変○三人組』は相変わらず呼び込み? をしていた。
私は極力目を合わさないように店内に滑り込む。
「いらっしゃーいっ! ってあらぁ? またスミカちゃんじゃないのぉ。一日に三度も来て、一体どうしたのぉ?」
店員と話をしていたニスマジに見つかり、そう声を掛けられる。
またクネクネしている。
「ちょっと明日に必要なものがあってね。○○○ってここに置いてる? 出来るだけ大きいのが欲しいんだけど」
ちょうどいいとばかりに、店主のニスマジに聞いてみる。
「置いてあるけどぉ、わざわざ買わなくても『トロノ精肉店』の『ログマ』に言えば貸してくれるわよぉ。わたしが聞いてあげましょうか? 知り合いだしぃ」
「え、そうなんだ。ん~でも、どうせ自分でも持ってた方がいいかな? 使うことも結構ありそうだから。あ、そういえばログマさん夫妻ともそうだけど、ルーギルとも昔パーティー組んでたんだってね」
私はルーギルに聞いた話を思い出す。
「あら、ルーギルに聞いたのねぇ? でも昔の話よぉ。ルーギルがギルド長に推薦されちゃってね、それでパーティーは解散したの。わたしとログマは元々を商売をしたかったから、資金調達のために冒険者になったのよ。今思うと冒険者も面白かったわねぇ」
ニスマジはうっとりと遠い目をして話し始めた。
「そういえばスミカちゃん冒険者になったんだって? しかもいきなりのCランク」
「……え?」
私はそれを聞いて少し身構える。
その情報は30分くらい前のものだからだ。
「…………なんで知ってるの?」
少し警戒をしながら確認してみる。
「え? ついさっきルーギル本人がお店にきたのよぉ。その時に話を聞いたの。元々はスミカちゃんの売ってくれたアイテムの確認だったみたい。そのついでに話していったのよぉ」
私の雰囲気を感じ取ったのか「キョトン」とした顔で答えるニスマジ。
どうやらルーギルも色々と考えて仕事をしていたようだ。
私のアイテムの行く先を心配してここに来たのだろう。
「うん、理由は私も心当たりがあるから納得したよ。それじゃ話は戻るけど、大きな○○○ってあるの?」
「あるわよぉ、こっちだわ。でもこんなに大きいの何に使うのよぉ?」
ニスマジも不思議に思ったのか、首を傾げて聞いてくる。
「ああ、それはね――――」
私はメルウの事、大豆の事、そしてユーアがしたい事。
そして私の作戦について一通り話をした。
「ふーん、なるほどねぇ、ユーアちゃんらしいわねぇ。ちょっと面白そうかも? で、そのユーアちゃんは今どうしてるの?」
「ああ、ユーアは孤児院に手伝いに行ってるんだよ」
「孤児院? ああ、まだあそこに通っているのねぇ………… そう」
「………………」
なんかだか歯切れの悪いニスマジに、
「なんかあるの? その孤児院って。冒険者の前にユーアがお世話になったとこだけど」
そう疑問に思い聞いてみる。
「……そうね、スミカちゃんは、もうユーアの保護者みたいなものだものねぇ。知ってもらってた方がいいわよねぇ」
ニスマジはちょっとだ声のトーンを下げ、真摯な目に変わる。
「あくまでも噂程度の話なんだけど、あそこの院長や従業員が義援金とかを着服しているらしいのよぉ」
「……なんでそんな事がわかるの?」
ニスマジのその話に、疑問に思い聞き返す。
なんか嫌な話になりそうだなと、少しだけ思いながら。
「本当に噂話なんだけどね。スミカちゃんも孤児院は見たでしょう?」
「うん、まるで廃墟だったよ」
ニスマジの質問にそう簡潔に答える。
そう言葉の通り、あそこの惨状はひどすぎる。
中にいる子供たちがきちんと生活できてるかも怪しい。
「なのよぉ。毎年国からも維持できるくらいの資金はでているはずなのに、あの有様なのよねぇ。それで周りがそんな噂をたてているのよぉ」
「それじゃ、この街の領主とかはいないの? いても放置なの?」
そう。
国がだめならもっと身近に管理する人間がいるだろう。
「うんと、この街の領主は他の街と兼任なのよぉ。それでも年に一回は視察にきている筈だけど孤児院まで視察しているかどうかはわからないわぁ。街の隅々までは視ないはずだものぉ」
「―――――――――」
なるほど。領主の怠慢が原因か。
なんてそう言っても納得ができる筈がない。
どうする? これは個人が手をだせる事なの?
こんな小娘が口を挟める隙間はあるの?
『う~ん……』
正直すぐには解決案が浮かばない。
『なら孤児院に乗り込んで、無理やり悪行を吐かせる?』
いや、ユーアの事を考えるとそれもできない。
それよりも気になるのはユーアはこの事を知っているのだろうか?
もし孤児院に入った時から同じ状況だったのならば、この件は知らないと思う。
かと言って、ユーアに話そうとも思わない。
この事は絶対に知らない方がいいだろう。
そんな事になったら、ユーアが裏切られるだけだ。
なんの考えも浮かばない自分に嫌気がさした。
『いや、とりあえず今は、ユーアの生活を守る事が先決のはず……』
一先ずは誤魔化すように、そう自分に言い聞かせる。
今はまだ何も出来ないと。
「……スミカちゃん、そんなに悩まないでぇ、どうにも出来ない事なんて山ほどあるのよぉ。寧ろ出来ない事の方が多いのよぉ。その度に自分を苦しめてたら自分が持たないわよぉ」
ニスマジが私に気遣って、優しく声を掛けてくれる。
「まあ、そうだね。今はまだ何もできないみたい」
ニスマジの言葉に納得し小さく頷く。
そう。今はまだ何もできない。
私にはその力が、まだ何も持っていないのだから。
※※
「それじゃ、これ買ってくね。安くしてくれてありがとね。って結構の値引きだったけどいいの?」
ニスマジとの別れ際、店の前でそう振り返る
そう。
ニスマジは本来の価格の大体3割程度安くしてくれたのだ。
「いいのよ、ユーアちゃんの事も任せっちゃってるし、これは一種の先行投資みたいなものだしぃ」
「う~ん、でもユーアの事は、私の意志でやっている事だから、そっちは気にしないでいいんだよ?」
「まあ、それでもね。スミカちゃんが傍にいるんならわたしも安心できるんだから、その心配料も含まれているのよぉ」
「わかったよ。ありがとうね。それじゃまたくるよ」
「うん、いつでもきなさいなぁ。ありがとうございましたぁ―――!」
ニスマジにお礼を言って『ノコアシ商店』を後にする。
嫌な話も耳にしたけど、とりあえず目的のものは手に入れられた。
「結構話し込んで遅くなっちゃったな。ユーアもう待ってるかな?」
私はさっきユーアをおぶった時のように近道を見つけて、民家の屋根の上を駆けて行った。
買い物に行っただけで一話が終わってしまいました。
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