エンケージ! —Children in the bird cage—【ゴーストサーガ】

青春×恋愛×ミステリ。友情と愛と仕組まれた七日間。
至堂文斗
至堂文斗

葬送 ③’

公開日時: 2021年3月11日(木) 22:34
更新日時: 2021年3月11日(木) 23:42
文字数:2,690

 僕らは式が終わってから、少しだけ座ったままジロウくんの遺影を見つめていた。

 結局、タロウは最後までここへ来ることはなかった。

 人が殆どいなくなってから、僕は立ち上がる。つられて、クウも立ち上がった。

 もうそろそろ、帰ることにしよう。

 堂内を見ると、まだワタルとツバサちゃんは座っていた。沈痛な表情で、俯き加減に話し合っている。声を掛けるのも躊躇われたし、クウも行こうと袖を引っ張ってきたので、僕らはゆっくりとしたペースで本堂を出て行った。


「届けられなかったな……千羽鶴」

「……思いは、届いたはずだよ」

「でも……駄目だった。私に出来る、精一杯のことだったのに……」

「仕方ないよ。……喜んでくれてると思う。ジロウくんはありがとうって、言ってくれてるよ」

「そんなことないよ。……何をするにしたって、手遅れでさ……」


 そこまで言うと、クウは首を振り、


「……ごめん。そんなこと言ったって、ね。……ありがとう、慰めてくれて」

「……ううん、いいんだ」


 これくらいのことしか言えない。それで、クウの心が少しでも晴れるのなら、全然構わない。

 クウの家の前まで送る。彼女は別れ際、


「じゃあ、また明日ね、ヒカル!」


 無理に明るい声で言い、僕に手を振った。僕も胸の前で小さく、手を振った。

 クウが家に入るのを見送ってから、僕も自分の家への帰路につく。

 そうして、家の玄関までやってきたとき。

 ふと、足音が聞こえた。

 塀から少しだけ顔を出して、覗いてみると。

 その視線の先には――タロウの姿があった。


「タロウ……」


 僕は何故か塀の影に隠れ、彼を見送ってしまった。どうも彼の表情が、翳りのあるものだったからだ。

 それは、弟を失くした絶望感からくるもの、というよりかは、何か他に理由があるような風に感じられる。

 タロウはどうやら、式場の方へと向かっていた。

 僕は少しだけ悩んでから、彼の後を尾けることにした。

 人目を気にするようにしながら、タロウは式場へ入った。中は無人だったらしく、僕も恐る恐る足を忍ばせて入る。

 音のない堂内に、タロウは一人で立ち尽くしている。

 目の前には、ジロウくんの遺影。そして……棺。

 すると、驚いたことにタロウは、棺の蓋を乱暴に開いてしまった。


「タ、タロウ……!」


 僕は慌てて近寄る。棺は顔の辺りに蓋があり、それを開けば顔だけは見ることができる。にも関わらず、タロウは蓋そのものを開けてしまったのだ。普通はありえない。知らないはずもないことだ。


「……何が葬儀だ。……こんな……」

「タロウ……?」


 だんだんと僕の歩みは緩やかになっていく。タロウの背中に、一歩、また一歩近づいていく。


「……なあ、ヒカル」


 タロウは、振り返りもせずに、僕に声をかけた。


「お前は……ここをどう思っているんだ」


 僕は、タロウのそばまで、やってきた。


「どうって、……え、」


 ふと、棺の中を見ると。


「……え?」


 そこにジロウくんはいなかった


「……な、なんで……空っぽなんだ?」


 いや、正確には空っぽではない。僕らが半日掛けて作った千羽鶴が、棺の中には入れられている。

 だが……それだけだ。

 呆然と、僕はただタロウを見るしかない。するとタロウは、僕から目を逸らしながら、


「……ヒカル」


 僕に呼びかけ、それから踵を返し、出入り口の方へと向かう。

 相変わらず背中を向けたまま、彼は、


「お前には、この場所をもっと知ってほしい。そして……できれば、抗ってほしいんだ」

「抗うって、どういう……」

「すまん」


 それだけを言って、彼は足早に立ち去っていく。

 後には、僕だけが取り残された。

 そう、本当に僕だけ。

 棺の中には、誰も入っていないのだから。


「……何なんだ、一体……」


 蓋を元通りに直す。そして、遺影を見つめる。


「どこにいっちゃったんだ……ジロウくんは……」


 冷たい棺に手を触れる。

 空っぽの棺。不在の箱。

 湧き上がる疑問の数々に頭を悩ませていると、タロウの父親がやってきた。


「……君は……ヒカルくんか」

「は、はい……」

「ここで何を……」

「いえ、別れが辛くて……また、来てしまって」

「そうか……ありがとう」


 咄嗟の嘘だったが、彼は信じてくれたらしい。気弱に微笑むと、


「千羽鶴を……折ってくれたんだってね」

「ええ。僕じゃなく、クウの……緑川クウちゃんの、提案ですけど。それに……届けられませんでしたけど」

「いいや、届いたさ。その中に……鶴を入れさせてもらったからね。だから、空へ飛んでいったジロウに、ちゃんとみんなの思いは、届いた」

「……そう、ですか……」


 本当に、そうなのか?

 ジロウは本当にこの鶴を、思いを受け取れたのか?

 僕には、分からなかった。

 けれども僕には、何も訊ねることができなかった……。





 その日の食卓は、重い空気が流れていた。恐らく、村のどこの食卓でだって、同じような沈黙が降りているのだと僕は思う。

 こんな小さな村では、一人ひとりの存在がとても大きなものなのだ。

 だから、その一人が欠けたなら……それはとても悲しいことで。

 テレビでは、車のリコール問題のニュースなどが読み上げられている。

 家族はそれに目を向けてはいるものの、ちゃんと聞いているかどうかは分からなかった。

 いや……聞こえてなどいないだろう。


「……ジロウくんは、ちゃんと空に飛んでいけたのかな」


 僕がそう呟くと、


「……古い言い伝えか。鳥になるという表現がどうかはともかく……明日には、ゲンキくんが全て終わらせてくれるはずだ」

「まあ、心配しなくても大丈夫だよ、ヒカル。ジロウくんが飛んでいけないはずがないさ」


 そんな風に、僕を慰めるような言葉をかけてくれる。


「……うん。ありがとう、お祖父様、お父さん」


 僕は力なく笑って、お祖父様と父さんに感謝を告げた。





 お風呂上がり、僕はそのままベッドに倒れこむ。

 今日はあまりにも色々なことがありすぎて、もう何も考えずに眠り込んでしまいたかった。

 けれども、暗い部屋で目を閉じれば、浮んでくるのは黒い枠に収まったジロウくんの笑顔。

 そして、その下に置かれた棺。空っぽの棺。

 どうして……棺に入るべき遺体が、不在だったというのか。

 ジロウくんの遺体は、既にどこかへ運ばれたのだろうか。だが、どうして葬儀よりも早く運ばなければならなかったのだろうか。そこに、何か理由があるのだろうか……。それにお祖父様の、明日には全て終わらせてくれるという言い方も、少し気になる。

 それに……もう一つ、後から考えて気にかかったことがあった。

 父さんの言ったこと。ジロウくんが飛んでいけないはずがないという台詞。

 それを、逆に考えてみる。

 飛んでいけない者がもしいるとすれば。

 それは一体、どんな人間なのだろう――。


 そして、僕の六月五日が終わった。

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