エンケージ! —Children in the bird cage—【ゴーストサーガ】

青春×恋愛×ミステリ。友情と愛と仕組まれた七日間。
至堂文斗
至堂文斗

天地 ②’

公開日時: 2021年3月16日(火) 21:32
文字数:3,817

 放課後になり、カナエさんが別れの挨拶をする。九人のクラスだと、一人の空席でも目立つというのに、ここ最近は何人も欠席している。どことなく教室が寂しいのも当然のことだろう。


「タロウくんはもうちょっと時間がかかるかもしれないけど……ワタルは明日にでも、来てくれればいいのにね」


 クウの言葉に、ツバサちゃんは頷き、


「うん。私、今日はお見舞いに行ってくるね。元気出してもらって、明日は連れてくるから」

「おう、よろしく頼んだ。ワタルがいないと明日の体育、張り合いがないから」

「ふふ、分かった」


 ツバサちゃんは健気に微笑む。


「私からもよろしくお願いするわ」


 後ろの方から声がして、振り返るとそこにはカナエさんがいた。


「授業中も殆ど寝てるだけだけど、あの子がいないと寂しいのは事実だし」

「あはは……それは注意しておきます」


 ツバサちゃんは、今度は苦笑いする。


「ねえ、ツバサちゃん。僕らもお見舞いに行こうか?」

「こら、ヒカル」

「いてて」


 クウに耳を引っ張られる。何故だ。


「こういうときのお見舞いってのは、邪魔者は入っちゃいけないの」

「あ、あの……クウちゃん……」


 恥ずかしそうに体をくねらせながら、ツバサちゃんはクウの言葉を遮る。


「あ……ゴメンゴメン」


 今更謝っても遅いのだが。


「ワタルくんのことは、ツバサちゃんに任せましょう? きっと連れてきてくれるわ」


 カナエさんもそういうので、僕はそれ以上は何も言わず、ツバサちゃんに任せることにした。

 明日には、ちゃんと来るだろう。

 ツバサちゃんは、じゃあまた明日、と僕らに言い、教室を出て行こうとする。そのとき僕はふと思いついて、


「あ、ツバサちゃん」

「うん?」

「ツバサちゃんは、黒スーツの男の人って見たことある?」


 ツバサちゃんはその問いに首を傾げて、


「ううん、ないよ」

「そっか。ごめん、じゃあまた明日」

「はーい」


 ツバサちゃんは、手を振って教室を去る。後には、僕とクウとカナエさんの三人だけが残された。


「じゃあ、僕らもそろそろ帰ろうか」

「うん、そうしよ」


 クウは笑いながら同意する。


「ちなみに、先生も黒スーツの人なんて見てませんよね?」

「ええ……いたら目立つでしょうしね。見たことはないわ」

「そうですか。……それじゃあ」

「あ、ねえ、ヒカルくん」

「はい?」

「何か、気になることでもあるのかしら」

「ああいや、別に……。ただ、見た人がいるらしくて。やっぱり珍しいから、僕も気になったんです」

「まあ、確かにね」


 カナエさんはくすくすと笑う。


「……ねえ、二人とも。ちょっとだけ、時間ある?」

「え? まあ、何も予定はないですけど」

「ヒカルが作ってくれないからねー」


 クウが余計なことを言うのは無視する。


「……本当に、ちょっとだけでいいから。私の話に付き合ってくれるかしら。ワタルくんのところに行かれても、困るしね」


 カナエさんは、悪戯っぽく笑いながら、そう言った。





 ――これは、とても昔の、私の友達の話。


 その子は、とても温かい家庭に生まれてね。お父さんもお母さんもとても優しい人で、毎日幸せに暮らしていたの。幼心に、こういう暮らしがずっと続いていくなら、私って世界一幸せ者だなと、そう思ったりしていた……みたい。

 成長するにつれ、その子はいつか、自分の方が両親を幸せにしたい。何か一つでも恩返しがしたいと思うようになっていった。そのために、早く大人になりたいと、そう思うようになっていった。

 けれど、その子が十九歳の時。もう少し、あと何月かで成人するというとき。

 両親は、死んでしまった。


 その時代、村では伝染病にかかってしまった人が何人かいたみたいでね。両親も運悪く、伝染病に感染してしまった。現代の医療レベルなら、治せる病のはずなんだけど、その時代には治す手立ても、……そもそも治そうという考えもなかった。それは不治の病であり、拡がる病だった。両親はただ隔離され、死んでいった。その子は……両親の最期を看取ることすらできずに、わずか二週間の間に、失ってしまったのよ。幸せだった家庭を、伝染病によって。

 その子は一人ぼっちになってしまった。与えられた仕事を始めるようになったけれど、その仕事ぶりを見てくれる両親はもういない。恩返しする対象はもういない。それは、その子にとってはあまりにも寂しいものだったと思う。きっと、生きる意味を失ったまま、ただ動き続けていた、そんな表現がぴったりなのかもしれない。


 そんなときだった。彼女は偶然にも、良く似た境遇の人を見つけたの。そしてその人に、手を差し伸べられたの。それは彼女にとって、暗闇に射した一筋の光みたいに見えたんじゃないかな、きっと。

 その人は、同じ伝染病で最愛の女性を亡くした男の人だった。失意のどん底にある中で、その人もまた、彼女の境遇を知って手を差し伸べたみたい。彼女に触れることで、彼女を救うのと同時に、自分も救われるんじゃないかという希望を持って。もちろんそれは恋愛ではなかった。ただ互いのことを打ち明けて、励ましあう。それだけの関係だったけれど、やっぱりそれは一筋の光だったはずよ。

 二人は同じ悲しい過去を共有し、そして立ち直った。いや、立ち直ることに決めた。そのために、区切りをつけることにしたのね。過去に区切りをつける。二人は難しいことだけれど、そうすることを決心したのよ。この村において、過去を切り離すというのは、本当に難しいことだとしても。


 でも、その矢先。

 彼は血を吐いて倒れた。

 伝染病ではなかった。ただ、彼の家系はもともとガンに侵されやすい血筋だったらしく、不運なことに、彼も例外ではなかったの。どうしてもっと早く見つけられなかったのかと私も思ったけれど、その人は自分の体のことよりも、亡くなった妻のことを考えていた。だから自分の不調なんて、ほとんど気にかからなかったんでしょうね。ある意味すごい人だわ。

 その子は泣いた。男の人のためにも泣いたし、自分のためにも泣いた。また寂しくなるのは嫌だと。あなたと交わした約束のために生きてこれているんだと。きっとそのとき、もう彼女は愛を感じていたんじゃないかな、男の人に。彼は当然、それに気付くこともなかったでしょうけど。

 男の人は言ったわ。その約束を果たすときには、どうせもう全部終わっているんだと。だから、悲しむことはないんだと。決して寂しくはさせない。彼の言葉で、彼女は苦しみながらも、何とか現実を受け入れることができた。だから、最期の日までを楽しく生きようと、そう思うことにした。


 結局、彼女は芽生えてしまった愛を伝えることもできず。男の人は、妻のことだけを思ったままで、全てが終わってしまった。幸せだったのか、それとも不幸せだったのか。奇妙な関係はそこで終わりを迎えた。それが、その子のお話。





 そうして長い物語を話し終えると、カナエさんは感想を求めるように、こちらを見つめてきた。


「……どうだったかしら」

「……ええと」


 これは、きっとカナエさんのお話。

 友達という身代わりを以って語られた、カナエさん自身のお話なのだ。

 だから、僕らはカナエさんの知られざる過去を知ったのだ。

 毎日見せてくれる笑顔の裏に隠された、悲しい過去を。


「歪んだ関係なのかもしれませんね。でも、そうして続く関係は、その人にとっては掛け替えのない、拠り所だったんだろうと思います」

「……ええ。私もそう思う」

「少なくとも、二人でいる間は幸せだったんじゃないですかね。きっと」

「二人で……何もかもを忘れている時間は、きっとね」


 過去を懐かしむように、カナエさんは言う。

 彼女が懐かしむその男とは、一体誰だったのだろうか。


「クウは……どう思った?」


 僕は隣にいたクウに、そう聞いてみた。


「え? ……うん、切ない話だったなって」


 そう答えたクウは、どこか呆けていたようにも思えた。


「どうかした?」

「ううん、なんでもない」


 クウは照れたように笑う。


「でも、どうして突然、僕たちにそんな話を」


 純粋に抱いた疑問を、僕は口にしてみる。するとカナエさんは、やはり微笑みながら、


「だから、二人がワタルくんたちの邪魔者にならないように。ほら、もうこんな時間」


 見ると確かに、あれから三十分ほどは経っている。始めはなんとなく聞いていただけだったが、いつのまにか聞き入っていたようだ。


「それに」


 カナエさんは続ける。


「その子みたいな恋じゃなくて。素敵な恋をしてほしいなって、思ったりもしたから」

「あの、それは……」


 途端に居心地の悪さに襲われる。そんなに見透かされているものなのだろうか。ワタルたちの関係ではなく、僕らの関係も。隣をもう一度見ると、クウも目を逸らすようにして頬を赤らめている。……それを見て更に居心地が悪くなった。


「ん、私の話はこれでおしまい。二人とも、その……いい青春をね?」

「も、……もちろんですよ!」


 無駄に元気よく言うクウに、


「はあ……まあ」


 と、僕は曖昧に答えた。

 じゃあ今度こそ、と僕らは席を立つ。そして別れの挨拶をして、教室を出ようとしたとき。


「……ねえ、最後に一つだけいいかしら」

「はい?」


 僕らは立ち止まり、振り返る。


「もし、大事な人が悲しい選択をしようとしていたら……そのとき二人は、止める? それとも付き合う?」


 冗談で聞いているのではないようだった。

 その目には、真剣な光が宿っていた。

 だから、僕はよく考え、それでも自分の思うままの答えを言う。


「その選択に、自分が本当に共感できるかどうか……じゃないですかね」

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