エンケージ! —Children in the bird cage—【ゴーストサーガ】

青春×恋愛×ミステリ。友情と愛と仕組まれた七日間。
至堂文斗
至堂文斗

真実 ③

公開日時: 2021年3月27日(土) 20:49
文字数:2,511

 四日前の体育の時間、二人で仲良く隠れた土管。

 その土管が置かれた河原に、俺は時間通りに向かった。

 暖かな昼下がりの陽光の中、程なくしてツバサがやって来て、


「お待たせ、ワタルくん」

「ああ、おはよ、ツバサ」


 そしてツバサは俺の隣に寄ってきて、土管にもたれかかる。


「話って、……何かな?」

「……大事な話なんだ」

「……大事な話」


 それを聞いて、ツバサはきゅっと、口を真一文字に結んだ。

 それが可愛らしくて、俺は彼女の頭を撫でる。


「も、もう。大事な話なんだよね?」

「ああ。……すごく大事な話だ」


 俺は、改めてツバサを見つめる。


「明日……村がなくなることが、発表されると思う」

「え? ……どういうこと?」

「何でも、買収計画がちょっと前からあって、俺の父さんがそれに同意しているらしい。相手は強引な人で……反対が多くてもやり遂げるだろうって」

「で、でもそんな急な……」

「だから、なくなるのはまだ先なんじゃないかな。でも、決まってしまえばそのうち村はなくなる。俺たちが過ごしたこの鴇村は、なくなってしまうんだ」

「……信じられない……」


 いきなりそんなことを言われても、信じられないのは当然だろう。それは俺も、分かっている。

 だけど、信じてもらうしかない。


「村が無くなったら、きっと補填として、買収先の人が生活する場所をくれるだろう。そうしてくれそうだという話も、俺は聞いてる」

「……」

「だから……ツバサ。俺たちは、山を下りて暮らしていくことになるんだ。この村を出て……外の世界で」

「……ああ」


 ツバサは、一分近く黙りこんでいた。

 せめて、上手い返事ができるようにと、混乱する頭を整理しているのだろう。

 やがて彼女は、顔を上げて、


「……やっぱり、ちょっと想像できないな。この村がなくなるなんて……」

「……俺も、実感は湧かないけどな」


 それでも、嘘だとはもう思えない。


「でも、気持ちの整理がついたら、明日、この村を出て、ふもとの村まで一緒に来てほしいんだ。そこで待っていればいいと、言われたからさ」

「……どうして、ふもとの村に?」

「……実は、相手の人は俺の親族らしいんだ。佐渡一比十って人」

「……なんか、聞き覚えはある。村を出て行った人だって、お母さんが」

「その人だよ。……その人が、ちゃんと面倒を見てくれるっていうからさ。俺は……そこで待っていようと思う。きっと、一足先に、外の世界に連れて行ってくれるんじゃないかな」

「……ワタルくんは、この村を出たいの?」


 ツバサは、悲しげな顔で俺に訊ねてくる。

 彼女は、多分知らないのだ。

 この村がある限り、俺たちは結ばれてはならないと、言われ続けることを。

 他にも俺たちを苦しめる、多くの事情があることを。

 俺だって、今までは平和な部分しか見ていなかったのだから。


「……俺は、出たいよ。自分の意思で、誰にも止められず、好きに生きていきたい」


 俺は、素直な思いを伝えようと、決めていた。


「知らなかった頃に戻ることができないから。俺は……好きな人と生きていきたいんだ」

「……え?」

「……ツバサ。俺と一緒に、来てほしいんだ」


 彼女の肩を掴んで、俺は告げる。

 ずっと、はっきり口にすることができなかった、素直な思いを。


「俺は……ツバサのことが、好きだから」


 伝えるまでの、とても長かった道のり。それは最後には、このような流れの中で辿り着くことになってはしまったが。

 それでも俺は、今しかないと思った。

 今気持ちを伝えなければ、もう、二度とは言えないような気がしたから。


「あの……え、えっと」


 ツバサはもじもじと手を動かしながら、ためらいがちに、ちらちらと俺の方を見てくる。

 それで俺が答えを待っているのだと知ると、


「……う、うー」


 そんな風に呻いてから、


「……私も、好きだよ。ワタルくんのこと。それは……えへへ、それは私と同じで、もう知ってたことだろうけど」

「……うん」


 押し寄せてくるのは、とても心地の良い安堵感だった。

 待ち望んだ答えを聞けたとき。人は重石が外れたような、こんな気持ちになれるのだろう。


「お前といられない未来が嫌なんだ。早く、お前と一緒に生きていきたいんだ。……なんて言うのはさ。まだこの年じゃあ、早すぎるのかな」

「……ううん、嬉しいよ。私も……一緒に生きたい」


 ツバサの言葉が、声が、笑顔が、仕草が。

 その全てが愛しくなって、

 俺はそっと、彼女を抱き締める。

 永遠に、こんな時間が続かないだろうかと、思いながら。


「……来てくれるか」

「……うん」


 俺の腕の中で、ツバサはゆっくりと、頷いた。


「私は、一緒にいるよ。ずっと、ワタルくんのそばに……」


 しばらくして、俺たちは惜しむようにゆっくりと、離れる。

 それから照れたように服の乱れを直して、


「……で、でも。時間はほしいかな。私、お母さんも連れて行きたいよ。お母さん、体が弱いしさ」

「……そう、だな」


 ツバサにとって、カエデさんは唯一の肉親だ。

 村を離れるなら、彼女も一緒にでないと嫌だろう。

 カズヒトさんが、あとの村人の住居についてどうするかも俺は知らないし、一緒に来てもらったほうがいいとは思う。


「ワタルくんは……お父さんとは、行かないの?」

「父さんは、父さんなりに……考えがありそうだからさ。気持ちに整理がついてから、ちゃんと来るって俺は思ってる。そこは大丈夫さ」

「……そっか。分かったよ」


 ツバサは笑い、


「ちょっとまだ、本当は半信半疑だけれど。とりあえず、明日お母さんに話して、ふもとの村までは行くよ。時間はかかるかもしれないけど、多分私も大丈夫。一緒に、行こうね」

「……ああ」


 それは、大切な約束だった。

 大切な人と生きていくために交わした、一つの約束。

 告げたかったことを告げられて。聞きたかったことを聞いて。そして、嬉しくなって俺たちは、指きりしあってその約束を交わした。

 そして、いつものように、日記を交換して、

 手を振り合って、別れた。


 ……どうして俺は、そのときおかしいと思わなかったのだろう。

 どうして、何も疑おうとしなかったのだろう。

 それは、思い返せばきっと、こういうことなんだと考えるしかなかった。

 その決意をした者たちの目が、……とても澄み切った、真剣なものだったからだ、と。


 そして、俺の六月八日が終わった。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート