「……これで全員だね。みんな無事でよかった」
ずぶ濡れになりながらも、僕らは頷き合い、しっかりとした足取りで、再び進み始める。
そして、ようやく。
島の海岸まで、僕らは辿り着いた。
一面に青い海が広がる、海岸。
「……ここから、どうするんです?」
「トキコさんに連絡をとる。もし、船が問題なさそうなら、来てもらいたいんだが」
そう言いながら、コウさんはポケットから携帯を取り出し、カナエさんに電話をかける。
その電話は通じたようで、
「もしもし、トキコさんですか。僕です、はい。今、どんな感じですか? ……え? ……では、もう島からかなり離れてるんですか?」
島から離れている、という言葉に、不安が掻き立てられた。
「……いえ、仕方ないです。……応援は? ……そうですか。分かりました、ありがとうございます」
苦い表情で、コウさんは通話を切り、携帯をしまった。
どうも、その会話から、好ましくない事態になっているのは間違いないようだ。
「……カナエさんは、なんて?」
「うん。……やっぱり、船が相当に傷んでいたらしくてね。おまけに燃料もギリギリだったから、本土に向かうのを優先したらしい。会社に連絡して、ヘリを呼んでくれたらしいけど、何時間で来られるか分からないと……」
「そ、そんな……」
ツバサちゃんの絶望的な声は、この場の全員の思いを代弁したようだった。
海岸とはいえ……火が燃え広がり、木々が倒れ続けている森のすぐ近くであることに違いはないのだ。
さっきと同じように、いやそれ以上の物が降ってくる可能性は十分にあった。
巨岩や巨木が、もし頭上から降り注いだら……そのときは、ひとたまりもない。
「待つしか、ないのか……」
「……それしか、ないようだ」
コウさんの溜息。それに混じり、パラパラという小さな音も聞こえた。
……何だろうと、振り返ってみると、それは上から落ちてくる砂粒の音だった。
「……まずい、な……」
倒木のせいで、地盤が緩くなってしまっているのかもしれない。どうやら少しずつ、落ちてくる砂の量が増えている。
「コウさん。……いつ、崩れてもおかしくないです」
僕が不安げに言うと、コウさんも同じような表情で、
「……最悪、海に飛び込んででも待つしかない。それで済めば……むしろまだセーフだ」
恐ろしい緊張感に、嫌な汗が噴出すのが分かる。それは、ここにいる誰しも同じことだろう。カエデさんですら、体を震わせてゲンキさんにしがみついている。
先ほどまで、命すら捨てようとしていたゲンキさんも、今は彼女のために、死ぬわけにはいかないという目をしていた。
――そうさ、死ぬわけにはいかない。
……だが、静寂を破ったのは救いの音ではなかった。
「上だ! 避けるんだ、皆!」
ついに均衡が破られたのか、頭上からかなりの量の土砂が流れてきた。僕らは命からがら、左右に分かれて土砂を避ける。
「こ、こんなの続いたら、身がもたないよ!」
ツバサちゃんがそう叫ぶ間にも、新たな土砂が降り注いできた。
「きゃああ!」
「クウ!」
クウの手を引き、その体を抱き寄せる。その瞬間、元いた場所に岩が落下してきた。
早く。……早く、救援は来ないのだろうか。
お願いだ、どうか一秒でも早く、僕らを助けにきてくれ――。
「……あれは……」
落盤が小休止したそのとき。
ふいに、コウさんがそんなことを呟いた。
コウさんは驚いた様子で、海を見つめている。
信じられないものを見ているような、そんな目で。
僕も、その視線を追って、海を見つめた。
「あ……ああ……!」
そこには――確かな救いが、あった。
「ふ、船だ!」
ワタルが叫ぶ。眼前には、彼が言うように船があった。小さなモーターボートは、鴇島へ向かって全速力で走っている。
「あれ、……あれって、ひょっとして!」
「タロウ! タロウーッ!」
感極まって、僕がその名を叫ぶと、船の操縦室から、彼がひょっこりと顔を見せた。
……全く、なんて格好いい登場をする男なんだ。
「大ピンチだな! 待たせてすまなかった! 皆、早く乗り込むんだ。もう何分も持たなさそうだぞ!」
タロウは、僕らの頭上を指差しながら言う。見たくもないが、恐らく上はよほど危ないことになっているのだろう。
一人ずつ、飛び込むようにして船に乗り込む。船自体は結構な大きさがあったが、人が乗り込めるスペースは思ったより小さかった。
「ちょうど八人乗りだ。狭いだろうが、我慢してくれ」
乗り込んだ皆を、順番に船の中へ導くと、
「……よくやったな、ヒカル」
実にさりげなく、タロウは僕にそう言ってきた。照れ臭くなったので、僕はやんわりと否定する。
「みんなのおかげだよ。……それに、ワタルさんもやっぱり、悩んでたんだ。だから、思いとどまってくれた。……タロウこそ、ありがとう」
「なに、これくらい。……それじゃ、出るぞ」
操縦桿を力強く握り、タロウはアクセルを踏み込む。
駆動音とともに、船はぐるりと半回転した。
「さあ――飛んでいくわけじゃないが、もうこの島ともおさらばだ。……行くぜ!」
その掛け声を合図に、船は勢いよく海へと進みだした。
みるみるうちに、僕らが過ごした鴇島は、その姿を小さくしていく。
炎の侵食で、あちこちが赤く染まった島は、恐ろしいようで、どこか幻想的なものに思えた。
「――さよなら、僕たちの鳥籠」
島からは、棲み処を失った鳥たちが、群れとなって飛び立っている。
その一羽一羽が、僕には何故だか、過去に命を落とした鴇村の人たちのようにも感じられたのだった。
「……ようやく、呪縛を解かれたのかもしれないね」
僕の心を読み取ったような、コウさんの台詞に、僕は静かに頷く。
そう。今ようやく、長く続いてきた過去の呪縛から、あの島は開放されたのだろう……。
「それなら、確かにあの島は、鳥籠だったんだろうね。そして……私たちはもう、自由にどこへでも。飛んでいけるんだ。この海の向こう、この空の、向こうへ……」
クウが言うのに、僕たちは頷きあう。
……見上げた空は、とても綺麗な、青だった。
今日という日を、祝福するかのような、深く、青い空。
「……たとえ、あの場所がなくなっても、僕らの約束は、ずっと胸の中にある」
あの日見た光景も。
あの日刻んだ言葉も。
決して忘れない。
そうだよね、クウ。
「……ふふ」
いつのまにか、疲れきって僕の隣で寝息を立てているクウに、微笑みかける。
いつまでも、
いつまでも、共に生きていこう。
……クウ。
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