「はー、惜しかったなあ」
「もう少しで勝ててたのにね」
先ほどのドッジボールの結果を悔しがるクウと、それを宥める僕。もはや遊びの時間となっている体育の授業が終わり、着替えを終えた僕らは、次の時間までの短い休み時間に話していた。
「そういえば、運動場からでも見えるんだけどさあ。村の人たちって、ある意味すごい平和よね」
クウの話題はいつも方々へ飛ぶのだが、この言葉もその例に漏れない。
「うん?」
「いやあ、玄関の扉とかよく開けっ放しで出かけちゃってりしてるじゃん。村の外じゃ無用心って言われるだろうなと」
「あー、この近くの町で連続空き巣事件が起きてるんだっけ。ニュースでも見たんだね」
「そうそう」
確か、朝のニュースでそういう事件が報道されていたはずだ。どこの家も、朝はニュースを見ているらしい。
閉ざされた村でも、外のことは知りたいということだ。
「鴇村には確かに、警察はいないけどね。村の管理を任されているところは、あるにはある」
「ツバサちゃんとこ?」
「うん。確か拘置所みたいな場所があって、事件を起こした人はしばらく入れられていたらしいよ」
「んー、昔はだよね。今じゃカエデさんだけだし」
「平和だしね」
カエデさん、というのはツバサちゃんの母親だ。随分昔に夫、つまりツバサちゃんの父親は亡くなっている。彼の築いた財と権力とを少しずつ消費しながら、真白家はこの村で続いている状態だ。
「どうして地の家なんだろうね?」
「さあ。天の家の反対ってことは分かるけどね」
どうせ古い言い伝えが、意味を失くしても伝わり続けているだけだろう。僕はそう思っている。
「いらなくなってきてることも、きっと結構あるんだと思うよ」
*
六時間目の授業が終わり、皆がそそくさと帰る準備を始めたとき、黒板の字を消している僕にカナエ先生が声を掛けてきた。
「今日はいい天気ね。素敵な画になりそうだわ」
「ええ、そうですね」
僕も窓を眺めながら、ゆっくりと首を動かす。
「綺麗な自然と綺麗な鳥と。本当にいいところだと思うわ、鴇村は」
「自画自賛、ですけどね」
「ふふ」
そのあたりで黒板を消し終わった僕は、じゃあ、と先生に告げて自分の席へ戻った。先生は教壇に立ち、
「じゃあ、明日も元気で来てくださいね。皆さん、さようなら」
と別れの挨拶をする。
「さようなら」
生徒達全員がそれに答えた。
ワタルやクウは、放課後も遊びたそうにしていたのだが、タロウが憂鬱な表情で遊びの誘いを断ったので、僕らはとりあえず、今日は皆で遊ぶのをやめて家に帰ることにした。
学校前で別れ、僕らは橋を渡る。ワタルとツバサちゃんが背中を見送ってくれているのが分かった。
「じゃ、また明日ね」
「えー、ちょっとウチに寄ってかない?」
「ノリが軽いなあ。今日は遠慮しておくよ」
「むー。じゃあいいや。またね」
「はいはい、またね」
クウが自宅の扉を開け、ただいまと元気良く言いながら入っていくのを見届けて、僕も自分の家へ帰っていく。
こうして学校が終わって家へ戻ってくるときが、一番自分の家の大きさを実感する。
別に、こんなところじゃなくても良かったんだけどな、という思いと一緒に。
「ただいま」
ガラガラと開き戸を開けると、すぐに母さんがやって来る。
「おかえり、ヒカル。今日は早いのね」
「うん。タロウのところが大変だしさ。今日は皆でわいわいするのはやめとくみたい」
「そうね……ジロウくん、かなり悪いみたいだから」
「大きな病院には連れて行かないのかな?」
「そうするとは思うんだけどねえ。明日にでも行くんじゃないかしら……」
「ふむ……」
もう少し早く大きな病院に行けなかったのかとも思ったが、何か理由があるのかもしれない。深くは訝らないことにする。
部屋に戻ると、僕は机の上に置かれたカメラを手に取った。首掛け用のストラップがついており、首から提げることで両手が空き、いつでも撮れるのが便利なところだ。
ストラップ部分を掴み、すぐに身を翻すと、
「じゃあ、またいってきます」
と廊下に向かって投げかけ家を出る。母さんの、
「日が暮れるまでに帰るのよ」
と言う言葉を背に受けて。
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