僕らは十分ほど歩いて、黄地家に到着した。ガラリと戸を開け、
「おじゃましますー……」
「おじゃましまーす」
二人で声を合わせて挨拶する。するとすぐに、リビングからタロウたちの両親、カズさんとユメさんが出てきた。
「ああ……こんにちは、ヒカルくん、クウちゃん」
「待ってたわ。……色々と迷惑をかけているみたいね」
「ああ、いえ。そんなことはないんですけど……」
むしろ色々と詮索してきたのはこちら側なのだ。僕の方が、迷惑をかけているかもしれないと思っているのだが。
「まあ、とにかく子ども部屋に。そこで、タロウたちとコウさんが待っている」
「分かりました。ありがとうございます」
「それじゃ、失礼します」
軽く頭を下げて、僕らは家に上がり込む。
子供部屋の扉を開けると、灰色のカーペットが敷かれた部屋に、タロウとジロウくん、そしてコウさんの三人が座っていた。皆、待ってましたとばかりに、
「おう」
「おっ、二人とも来た来たー!」
「ああ、ヒカル、クウちゃん、待ってたよ」
と、各々歓迎の言葉をくれた。
「こんにちは」
「どもども」
空いている場所を見つけて僕らが座り込むと、さて、とコウさんは咳払いをして、
「昨日は中途半端なところで切り上げて、すまなかったね。今日はちゃんと全部聞いてもらうよ。明日のために、そうしないといけないからね」
「中々寝付けませんでしたよ、昨日は」
「私はそうでもないけど……」
「まあ、クウは」
「やっぱり私も寝れなかったです」
「……はは」
馬鹿にされたくないとばかりに、あっさり手のひらを反すクウに、コウさんは苦笑した。
「さて、名残惜しいが、俺たちはそろそろ出発しよう」
「はーい。ちょっとの間、お別れだね」
タロウとジロウくんはそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。そしてタロウは、勉強机に置かれていた大きな鍵を手に取り、ポケットへしまった。
「お別れ? どこ行くの?」
クウが聞くのに、コウさんが答える。
「昨日、三人で話し合ったんだけどね。地の檻で見つけたあの男性を、島の外の病院に診せにいかないと、という結論に至ったんだ」
「俺は、黄地家の人間だから、村が島であることは結構前から知っていたし、交易にもときどき連れて行ってもらっていた。つまり……ボートに乗ったこともあるというわけだ」
「操縦したことあるんだよ、お兄ちゃん!」
「……マジ? ハイレベルすぎるでしょ」
クウが驚きに、ポカンと口を開ける。僕もクウほどはいかずとも、同じように驚いた。
「だから、黄地家のボートで外の大病院まで運ぶ役目を任されたわけさ。ついでに、ジロウを危険から離しておいてやりたいしな」
「冒険は好きだけどねー」
命を狙われていたことなど理解していないジロウくんは、終始ハイテンションだ。だが、それがこの場を和ませてくれる。
「この村から本州まではボートで二時間ほどだし、ボートも八人乗りくらいの小さなものだ。一時離脱するのは悪いが、あの人を何とか助けたいんでな」
「いや、そんなことは全然いいんだけど。……ほんと、タロウってすごいな」
素直な思いを口にしたのだが、タロウはいやいや、と首を振り、
「お前の方がすごいよ。……まあ、それじゃ行ってくる」
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい、タロウ、ジロウくん」
「またねーっ」
タロウは僕らに一礼し、ジロウくんはぶんぶんと力強く手を振ると、部屋から出て行った。
そして、後には僕とクウ、そしてコウさんだけになる。
「……そういえば、ですけど。どうしてカズさんたちが行かないんです? ボートを操縦できる人なら、タロウたちの父親であるカズさんの方が、適任のような」
「……あの人たちにも、船を運転してもらわないといけなくなる予定なんだ。だから、今はいてもらわないとね」
「……はあ」
コウさんの仄めかすことはまだ理解できなかったが、これから順を追って聞いていけば分かるのだろう。
「それじゃあ説明するとしようか。君たちにとっては、謎解きみたいなものかな」
そう、コウさんの言う通り、これは謎解きだ。平穏に思われた世界に突如降りかかった、幾つもの不和を解き明かすための、道筋。
「この鴇島が誰の意思によって、何のために出来上がり。そしてここで何が起ころうとしてるのかを、君たちに見せよう」
*
「……で」
コウさんが僕らを連れて来た場所。彼の言う、謎解きを行うための場所は。
「……なぜツバサちゃんの家」
「ここに、色々な証拠があるからね。それを探しながらの方がいいと思ったんだ」
平然とそう言ってのけ、コウさんは扉に手をかける。
「まさか……入る気ですか?」
「それはもちろん。今ならワタルくんとツバサちゃんは、土管の所で話し込んでいるはずだし、その両親もまた、出かけているはずだからね」
「いや、そういう問題でもない気が……」
「非常事態なんだし、仕方ない。鍵を掛けない文化だったのが幸いだよ」
「……心が痛む……」
そうは言いながらも、結局僕らはコウさんの後に続き、真白家に乗り込んだ。多少の罪悪感を心の奥へ押しやって。
「……とりあえず、奥にある和室へ向かってくれるかな。その部屋の先に、見てもらいたいものがあるから」
「もったいぶるなあー」
「行けば分かるよ。決して冗談で言っているわけじゃないんだ」
はいはい、と諦めたように言い、クウは廊下をのしのしと歩いて和室の方へ向かった。
襖を開くと、そこは懐かしい、八畳間の和室。あまり物を動かしたくないからか、最後に来たのは結構昔のはずなのに、記憶に残っているイメージと、殆ど変わっていなかった。
「カエデさんがいないときは、よくこの和室に来てのんびりしてたよねー」
「そうだね。今更だけど、カエデさんって、いないときはどこに行ってたんだろう」
「私の医院に来てたのかな。あの頃は全然、気にもとめてなかったや」
まあ、友達の親のことなんて、そう気にはしないか。
「二人とも。そこにある襖の先が、目的地だ」
「え? 冗談だよね」
さっき冗談ではないと口にしていたのに、早速クウに冗談だろうと突っ込まれる。だけどコウさんは譲らず、
「とにかく、開けてみてくれ」
「はーい」
半信半疑、というか殆ど疑に傾きながらも、クウは襖を開く。
そこには。
「え……」
押し入れではなかった。
そこにあったものは、想像を絶する光景。
それは、巨大なモニターが幾つも設置された奇怪な部屋だった。
「……なんだ、これ……」
「ど、どういうこと? わけ分かんない。ここ、カエデさんの部屋の、奥だよね? これ、カエデさんが作った部屋ってこと……?」
僕らは二人して忙しなく部屋を見回す。こんな機械だらけの光景を、村で見ることになるとは、思ってもみなかった。
コウさんは、苦笑しながら口を開く。
「確かにこれは、カエデさん……でいいか。まあ、彼女のために作られたものではあるけれど、作ったのはカエデさんじゃない。そうだね……まずはこれの正体を見てもらおうか」
コウさんは言い、近くにあったモニタの電源を点ける。
すると、そこには。
この村の幾つもの地点が、映し出されていた。
つまり、これは。
「監視カメラ……?」
「監視!? 私たち、これで見られてたの!?」
クウは仰天しながら、自分の体をぎゅっと抱く。お風呂を覗かれた女の子みたいに。
流石にオーバーリアクションだと思ったが、それでも監視カメラという存在は、確かに驚くべきものだった。
「ヒカルくんの言ったように、これは監視カメラだ。村の至る所を、リアルタイムで見ることができるようになっている」
「でも……どうして?」
「それは、決まっているよ。この村で起きるあらゆることを、カエデさんに見せたかったからさ」
「いやいや……答えになってるようでなってないんですけど」
クウがこれまた大げさに手を振る。
「……はは、鋭いご指摘だね。この村を作ったある人物は、どうしてもカエデさんに、鴇村の日常というものを見せたかったんだ。……馬鹿らしく聞こえるかもしれないけれど、この鴇村は全て、その一つの目的のために出来上がったものなんだよ」
「村がここにあることすら、カエデさんのため……?」
駄目だ。理解が追いつかない。
突拍子もない話すぎて、頭が理解するのを拒否しているようだ。
でも……。
「その人物は、ここで毎日のように、鴇村の日々をカエデさんに見てもらった。特に、子どもたちがどんな風に遊び、仲良くなっていくのかを。……そして、いつか思い出してもらうために」
「思い出す……?」
……そういえば。
カエデさんに向かって、そんなことを言っていた人がいた。
でも、その人は……。
「最初はただ、それだけだった。きっと、案外すぐに思い出してくれると楽観していたんじゃないかな。でも、何年経ってもカエデさんは、ただぼんやりモニターごしの光景を眺めているばかりだった。……やがて、その人物は。自分にもタイムリミットが出来てしまったことに気付くんだ。あまりにも皮肉な運命が繰り返されたことを、彼は知った」
「ねえ、その人って……」
「……想像は、ついているみたいだね」
コウさんの言葉は、僕らが思い描いている人物が間違いでないことを、肯定するものだった。
「その人物は、時間がないことを知ってから、最終手段をとることに決めた。それは、六月九日を期限として『限りなく近い』日常をカエデさんに見せるというもの。それまでは基本的な設定の下で、鴇村に自由なシナリオを書かせていたその人物も、いよいよその方法をとるしかなくなったんだ。そしてそれは……実行された。というより、実行されている」
また、設定という言葉だ。しかも、僕の思っていた意味合いとは、違ったニュアンスの。
コウさんの口にした設定はむしろ、この鴇村そのものが、一つの設定だと言わんばかりのもので……。
「ねえ、コウさん。……そろそろ教えてください。設定って……どういう意味なんです」
「……うん、それについては、ハッキリ言ってしまったほうがいいだろう」
コウさんは、腕組みをしながら何度か頷く。
「この村は、言ってしまえばオリジナルの鴇村のコピー。本物の鴇村と全く同じ舞台設定で作られた、コピーの鴇村なんだよ」
「……は?」
その宣言に、僕は驚愕というか、むしろ怒りに似た感情が沸き上がってきた。
馬鹿馬鹿しいにも程がある。それは僕たちに対して失礼だろうと感じたからだ。
何故なら、それはある意味、僕らの人生の全てをコピーと言われたも同然なのだから。
そんな異常な『設定』を、信じられるわけがない。
「……いや、そのリアクションは予想していたよ。私だって、信じたくはない現実なんだからね。タロウくんも割と物分りは良かったけれど、やっぱり第一声はそれだったな」
参ったな、とばかりに苦笑し、コウさんは何度か自分の後ろ髪を撫でて、
「……じゃあ、ここはもう一つ、違うものを見てもらうとしようか。ツバサちゃんの部屋に行こう、二人とも」
そう言うと、彼はさっさとこのモニタールームを出て行ってしまう。
「……どうして、ツバサちゃんの」
「さあ……」
ツバサちゃんの部屋に入ると言われて、ものすごく抵抗があったが、ここで引き下がるわけにもいかず、僕らは渋々彼についていった。
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