エンケージ! —Children in the bird cage—【ゴーストサーガ】

青春×恋愛×ミステリ。友情と愛と仕組まれた七日間。
至堂文斗
至堂文斗

終演 ④

公開日時: 2021年4月7日(水) 19:37
文字数:3,889

 もうすぐ洞窟の出口。外への光が見え始める場所。

 そんな場所まで、歩いてきたときだった。


「うわっ!?」

「きゃあっ!」


 突然の爆音と振動が、僕らに襲い掛かった。

 それは、ほんの一瞬のことだったが、あまりの衝撃に、僕とクウは尻餅をついてしまった。


「爆発……!?」


 コウさんは、すぐに外へ向かって走っていく。

 僕らもその後に続いた。

 外へ出た瞬間、まず感じたのは熱気だった。気温のせいだけではない、異様な熱気が肌を刺激する感じだ。

 そして、すぐに景色の異常にも気付く。まだ昼頃だというのに、視界に広がる光景は……赤く染まっていた。


「火だ! 森が……燃え始めてる。やはり、あのときの再現か……しかし、早すぎる」


 コウさんは、苛立ちを隠さずに、声を荒げて言う。確かにまだ、火事が起きるような時間ではない。

 一連の出来事は全て過去に起きたことの繰り返し。なら、火事もまた鴇祭が始まる時刻に起きるはず、なのだが。


「カナエさんが、僕らに味方してくれたから、ですかね……」

「かもしれない。……だが、そんなに早く気づかれるとはね。まあ、あちらもすぐに連絡をとる手段なんかはあったに違いない、か」


 コウさんの言う通り、ワタルさんも携帯を持っていたりするのだろう。ワタルとツバサちゃんが、監視役にでもなっているのかもしれない。


「でも、火が回るの早すぎない? ついさっき爆発音が聞こえたばっかりなのに」

「……クウちゃんの言う通りだ。恐らくだけど、昔よりも周到に、火を起こす装置が仕掛けられていたんだろうね。島の地下に発電装置があったりするみたいだけど……何か関係している可能性はある。どういう仕組みかは分からないけどね……」


 過去に使われた焼夷弾を、更に改良したようなものが、地下に仕込まれていたのかもしれない。島はワタルさんのものと言っても過言ではないのだから、時間をかければ設置すること自体は容易だったのだろう。

 炎に包まれた世界に左見右見していると、突然電話の着信音が鳴った。コウさんがポケットからスマートフォンを取り出す。どうやら携帯の着信音だったらしい。


「……はい。……え? 本当ですか」


 電話はカナエさんからのようだ。しかし、どうも良からぬ内容らしい。


「……いえ、それなら……船を出してください。離れた所で泊めておけるのなら……ええ。無理そうなら……そのまま本土へ向かってください。……はい。お願いします」


 短い会話の後、コウさんは通話を切って、携帯をポケットにしまった。


「……カナエさん、どうしたんですか?」

「どうやら、さっきの爆発でかなり島が揺れたらしくてね。洞窟が……一部崩落したらしい」

「ええ!? だ、大丈夫なんですか?」


 クウの声が裏返る。コウさんは、怪我人はいないと前置きした上で、


「天井部分が崩れて、洞窟の中は今、落ちてきた岩が道を塞いでいる状態らしい。私たちはもう、船のある場所には行けないと考えるしかないだろう。だから、村人たちの安全を考えて、船を出すように言ったんだ」

「……そうですね……崩れそうな洞窟の中に、ずっといるのは危険すぎる。離れた場所で待っててもらうのが……一番いいんでしょうね」

「ああ。ただ、やはりオンボロの船だからね。停泊しておけるかどうかも分からない。もしかしたら、そのまま本土へ向かうことになるかも、しれない」

「そうなると……」

「……応援がくることを祈ろう。カナエさんが呼んでくれるさ」

「……祈ります。精一杯」


 両手を組んで祈る仕草をしながら、真剣な表情でクウは言った。

 ……本人は本当に真剣なのだろうが、その仕草がおかしくて、僕は笑いを堪えきれなかった。

 彼女は、いつも張り詰めた空気を緩和してくれる。


「……よし、もう後戻りはできない。する必要もない。行こう、彼を止めに」

「はい、行きましょう。早く行かなきゃ、この火に飲まれちゃいますからね」

「走れ、走れ!」


 クウの発破で、僕らは小走りで駆け出す。炎に包まれた、幻想的なこの森の中を。

 その先にある、僅かに光る希望へ向かって。





 燃え盛る森の中。その分かれ道にある大木。

 二組の思いが刻まれたその大木の下で、彼らは立ち尽くしていた。


「……ヒカル、クウ……」


 振り返り、僕らに気付いた二人は、驚きの表情を浮かべる。

 それを僕らは、対照的な静かさで見つめていた。


「……コウさん。どうやら、こっちじゃないようです」

「そのようだね」

「村が燃えたということは……設定から考えれば、二人はきっと墓地にいるんでしょう。だから、先に墓地へ行ってくれませんか。やっぱり……あの二人とは、僕たちだけで話したい。それが、いつものメンバーだから」

「……うん。私もそうしたい。ちゃんと、話したいよ……あの二人と」

「……分かった。任せたよ」


 コウさんは、目配せすると身を翻し、元来た道を引き返していく。

 ワタルもツバサも、それが突然だったので、止めることができなかった。

 いや、彼を追いかけるよりも、僕らと対峙する方が重要だと、思ったのだろう。


「……ワタル、ツバサちゃん。君たちは……全てを知ってる、関係者だったんだね」

「……全てって、何だ? 買収の話か? アレは本当に、昨日聞いたばっかりなんだぜ……? それより、早く逃げなきゃ危ないだろ? 一緒に村の外まで逃げよう!」

「もういいのよ、ワタル。そんなワタル、私は見たくない。そんな苦しそうに言い訳するワタルは……私が遊んでたワタルじゃないわ。全部……ウソだったの?」

「……」

「クウちゃん……やめて、あげて……。ワタルも……辛いんだよ……」


 ツバサちゃんは、ワタルのことを呼び捨てにした。それは、今まで演じていた役柄を放棄したことを告げていた。

 ワタルはまだ悩んでいたようだが、ツバサちゃんの方は、違う道を選ぶ方へと気持ちが傾いていたらしい。

 彼女の涙が、それを教えてくれる。


「……さっきの人は、一九八五年の鴇村で、死んだとされていた、青野光さん。つまり、僕のオリジナルなんだ。その人から、僕らはこの島のことや、それに関わる人たちのことを、色々と知らされた。だから……もう隠そうとしても、意味はないよ。……二人は、ワタルさんとツバサさんの、子どもなんだね」

「……っ」


 最後の言葉は、予想でしかなかった。しかし、どうやらそれで正解だったようだ。

 二人がゲンキさん、カエデさんに良く似ていることと、この計画に協力しているという二つの事実から、それは予想できたことだった。


「……どうして二人はずっと、こんなことを続けてきたの? こんなになるまで、続けてきたの? ねえ、聞かせてよ……」

「……そんなの、決まってるよ。お父さんとお母さんのために、決まってる……」

「……俺たち家族のかたちを、取り戻すために。俺たちは……今日まで、やってきたんだ、赤井渡を。真白翼を。……今日まで! こうして必死に、生きてきたんだよ……」


 自分自身に言い聞かせるように、ワタルは下を向きながら叫んだ。


「……それは、ワタルにとって。……偽りの日々だった? 最後には消えてもいい、そんな日々だった?」

「……っ」


 僕の問いかけに、ワタルは唇を噛む。


「みんな、みんな死んじゃうかもしれなかったんだよ? この島ごと、全部なくなっちゃうかもしれなかったんだよ? それに……あの人たちだって、生きる気があるのかすら分からないじゃない……!」

「お父さんには、その目的がただ一つの望みなんだよ。その望みを、私たちは、どうしても叶えてあげたかったんだよ! だから……だから我慢してきたんだよ!」


 ツバサちゃんは泣きながら、自らの思いを吐露する。

 そして、訴えるような眼差しで、僕らを見つめてくる。


「私たちは……最後の最後まで、信じたかったんだよ……」

「ツバサちゃん……」


 一人の記憶のために、あまりにも多くの人たちを巻き込んで。

 それを非道と詰ることもできるけれど。彼らにとって、それはどうしても、成し遂げたいことだったのだ。

 彼らもまた、諦めることができない思いがあった。そのために、今日まで演じて、いや、戦ってきたのだ。

 己の中の迷いと、必死に。


「……ワタル、ツバサちゃん。僕らは……あの人たちを、止めに行く。君たちは……そんな僕らを、止めたいのかな。あの人たちの望み通りにさせて……記憶さえ取り戻せれば、それで? 僕は……僕はそんなの、駄目だと思う。彼らの苦しみなんて、もちろん当事者じゃないから分からない。無責任な言葉かもしれない。でも……そんなのって、駄目だと思うんだよ」

「そうよ。愛した人がそんなことになるなんて、想像もできないくらい辛いんだろうけど。きっと、こんなのじゃ誰も幸せになんてなれない。第一、こんなの絶対死ぬ気だよ! 記憶が戻りさえすれば、もう他にはいらないっていうの? そんなの、私も駄目だって、思うよ……」


 僕の訴えに、クウもまた言葉を重ねる。こんな方法で幸せになんてなれないのだと、訴えかける。

 そんな僕らの言葉に、ワタルもツバサちゃんも、口を閉ざして泣き出しそうな顔になった。


「……ワタル、ツバサ。行ってくるから。私たちは必ず、あの人たちを止めて……この火の中から、引き摺り出してくるんだからね」


 クウはそう、宣言する。二人はまだ、何も言い返せずに、ただ揺れる瞳で、クウを見つめている。


「……お墓のところに、あの人たちはいるんだね? 二十八年前の、最後のように」


 僕が問うと、無言のまま、ツバサちゃんの方が首を縦に動かす。肯定の印だ。

 それだけを聞き出すと、僕らはもう何も言わず、来た道を引き返しはじめた。森の奥にある、墓場へ向けて。

 その背後で、二人はずっと、立ち尽くしていた。

 その心の中で、きっと激しい戦いを繰り広げながら。

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