エンケージ! —Children in the bird cage—【ゴーストサーガ】

青春×恋愛×ミステリ。友情と愛と仕組まれた七日間。
至堂文斗
至堂文斗

二章 ヒカル一日目

鴇村 ①’

公開日時: 2021年2月24日(水) 21:35
文字数:3,068

 午前七時。いつものように、僕はその時間になると目を覚ます。平日でも祝日でも変わらない。リズム化された、体の反応のようなものだ。掛け布団を除けて体を起こすと、僕は大きく体を伸ばした。

 心地良い朝だ。六月に入ったので、もうそろそろ雨続きになるだろうから、今の内に晴れ空を満喫したいな、と思う。二階の僕の部屋の窓から、しばらく鳥たちの舞う綺麗な青空を眺めた後、パジャマから普段着に着替え、部屋を出る。

 一階に降りると、お祖父様が居間に向かうところだったので挨拶する。


「おはようございます、お祖父様」

「うむ」


 お祖父様に続き、僕は居間に入る。食事の用意は半分ほど済んでいたので、僕はお母さんの手伝いをしようと厨房に向かった。


「あら、おはようヒカル」

「おはよう、お母さん」


 食器が出ていなかったので、食器棚から必要そうなお皿を取り出したり、各々の箸を取り出したりする。


「あら、ありがとう」


 と、お母さんが褒めてくれるので、僕は微笑みで答える。

 準備が終わる頃、家族は居間に集合する。お祖父様、お母さん、お父さん、そして僕の四人だ。些か広すぎる居間で、僕らはいただきますと合掌して、食事をとり始める。

 僕の家……つまり青野家は村一番の地主らしく、家も村で一番大きい。この時代、木造建築というのは古臭いと思われるかもしれないが、鴇村は外の世界からほぼ隔絶された空間だ。流れる時間も、外の世界とは違ってゆっくりなのだ。むしろ、止まっていると言ってもいいかもしれない。

 テレビでは、今日のニュースが読み上げられている。外の世界を見ることができるのは、このテレビを通してくらいだ。


「もうすぐ、鴇祭だな。一週間後か」

「ええ、早いものですねえ」


 お祖父様の言葉に、お母さんが頷く。そうか、もうすぐ鴇祭なのか。

 鴇村では年に一度、六月九日に鴇祭という祭を行う。その名前の通り、この祭は村に棲む鳥たち、主にトキたちを信奉する祭であり、日が暮れてから村のいたる所に立てられた止まり木の上に燭台を取り付け火を灯し、青野家の隣にある神社で村人全員が祈りを捧げる、というものだ。あちこちで揺らめく火は幻想的で、祭を行うことの意味までは分からないものの、僕は祭が好きで、毎年その時期を心待ちにしていたりする。


「……今年の祭は、特に重要になるだろう。形式的なものだという意識ではなく、きっちりと、祭をやり遂げねばならない」

「はい、お父さん」


 お祖父様が言い、お父さんが真剣な眼差しで返事をする。子どもにとっては楽しい祭だが、大人、特にそれを執り行う側にとっては、楽しいとは言えないものなのだろう。その責任感は、理解はできる。


「鴇村のため、無事に祭を終わらせることを心がけるぞ」

「はい」


 お祖父様の言葉に、僕も心の中で、はい、と頷いた。





「いってらっしゃい、ヒカル」

「うん。いってきます」


 母に見送られ、僕は学校へ行くために出発する。但し、まず向かうのは学校の方角ではない。いつのまにやら、これもリズム化されてしまっている行動だ。実のところ、迷惑な話なのだが。

 学校がある日は毎日、僕は友だちを迎えに行っている。お前がそんなことをする必要はないのに、と家族には言われるのだが、何となく足を運ばないといけない気がしてしまうのだから仕方がない。

 別に、好きで行っているわけではないのだ、決して。

 家を出て徒歩数分。僕の友人――緑川くうの家が見えてくる。玄関前に立つと、僕は躊躇いもせずに扉をたたく。当たり前だ、いつものことなのだから。


「おはよー、ヒカル」


 扉が開いて、クウが姿を見せる。普段は綺麗な長髪はまだボサボサで、寝惚け眼をこすりながらとろんとした声で挨拶してくる。


「ん。おはよう、クウ」

「ちょーっとだけ待っててね」


 言うなりクウは扉を閉めてしまう。バタバタと廊下を走っていくらしい音だけが聞こえた。

 クウは僕とは違い、時間通りに起きるということがどうしてもできないらしい。そこで僕が毎日、同じ時間に迎えにきているのだ。こんなことをする理由は薄いと思うのだけど、クウの方からお願いされるのでどうにも断れない。あいつの頼みは何故か断りづらいのだ。

 しばらくして、クウは食パンを口に咥えるという漫画っぽいだらしなさで、僕の前に再登場した。殆ど食べ終わってはいるものの、本当にこんな子が現実にいるんだなあ、と妙に感心してしまう。


「んじゃ行こうか、ヒカル」

「了解」


 最後の一口を食べ終えると、クウは迎えに来ている俺をさっさと抜き去って歩いていく。僕は小さく溜息を吐いてから、傍若無人なクウの後に続いた。

 村の真ん中に流れる川は、北と南、そして中央に架けられた橋から渡ることができる。クウの家は真ん中辺りの位置にあるので、真ん中の橋を渡るルートを使っていた。クウを迎えにくることがなければ、僕はそもそも川を渡らず学校に行けるのだが……まあその辺は諦めている。

 通い慣れた道を十分ほど。鴇村唯一の学校に辿り着く。

 八時十五分。まあ、ちょうどいい時間だろう。


「さー、今日は何の遊びになるかなー?」

「体育は三時間目だって。まったく、勉強もしっかりしなくちゃいけないよ」

「その点はヒカルがいるから心配してないのだ」

「そういう意味じゃないんだけどなあ……」


 クウと話していると、いつも彼女のペースに流される。僕の言葉が真っ直ぐ彼女に届いたことはないような気がするし、けれども彼女の言葉は僕を動かすのだ。

 それを、何故だか快いと思う自分がいるのが悔しい。

 学校に入ると、何人かの生徒と、それからタロウの後ろ姿が見えた。タロウは窓に背を向けて、何となく近寄りがたい雰囲気を纏わせている。普段は気さくな男の子だが、今は心配事を抱えているのだ。


「……病気、なんだっけ。ジロウくん」

「うん。……結構、重い病気みたい」


 クウは途端に暗い表情になって頷く。もし事情を知らなければ、元気付けてあげようだとか言って突っ込んでいきそうだが、タロウの弟の病気に関しては恐らくクウが、いやクウの家族が最もその事情を良く知っているに違いない。

 クウの家は、この村でただ一つの医院を営んでいるのだから。


「実際、すぐに治るような病気?」

「……ううん。治すには、もっと大きな病院に行くのが前提だと思う。病気、見つけたのがかなり遅かったみたいだからね……」

「そう、なんだ……」


 明るいのが取り柄のクウが、こんなにも弱気な発言をするのだから、ジロウくんの病気は相当重いのだろう。

 つい最近まで、一緒に遊んでいたというのに。


「良くなると、いいけどね」

「だねー……」


 見つめるタロウの後ろ姿は、相変わらず重苦しい。

 また、いつものように五人で遊べるようになってほしいものだ。

 そんな日が早く戻るように、僕は願う。


「うーん。暗い話題はこれくらいにして、なんか他のこと話そ?」

「あ、うん。……そういえば、もうすぐ鴇祭だね」

「あー。私はあれ、雰囲気は好きだけど、式の間ずっと立ってなきゃいけないのが嫌だなあ」

「って、十分もやらないじゃないか。それだけで嫌って……」

「堅苦しいのがしんどいんだよー」

「は、はあ。まあそうだろうね……」


 確かに、クウに堅苦しい場は全くといっていいほど似合わないだろう。

 今日二度目の溜息を吐いたとき、ガラガラと教室の扉が開く音がした。

 振り向くと、ワタルとツバサの姿があった。


「おはよう、ヒカル、クウちゃん」

 ワタルが僕らに向けて、挨拶をしてくれる。僕も二人に向かって挨拶を返した。


「あ、ワタル。それにツバサちゃんも。おはよう」

「おはよーっ、お二人さん」


 僕らの学校生活が、今日もまた始まる。


読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート