――翌日。
「んあー! 負けた! 麻琴さん、なんでそんな強いんすか⁉ ウチのほうがゲームやってるのに!」
「小嵐が弱いだけでしょ。たぶん才能の問題」
「ぐぬぬ! 黒葉、今の聞きました? 聞きましたよね⁉ 完全に喧嘩売ってますよね⁉」
「あー、ええと、小嵐って、やっぱ弱いな」
「黒葉に裏切られた⁉ ウチの味方だって未来永劫約束してくれたのにい!」
「そんな約束した記憶は一切ない。勝手に作るな」
「黒葉、そろそろボクとやろうよ。次はこっちのゲームがいい」
「おう」
「おかしい……二人とも出会った当初と比べてウチの扱いがぞんざいすぎません?」
小嵐の家には、モノであふれかえっている。主にオタクの方向で。
ゲーム、DVD、小説、漫画、CD、フィギュア、ポスター、アクリルスタンドに缶バッジ……。典型的なオタク部屋である。
しっかりと整頓されたグッズはぎっしりと棚や壁に飾られている。こういうところは丁寧で器用なのが小嵐らしい。
俺も桜井もその辺理解が深い方だが、普通のリア充なんかがみたら大分驚かれると思う。夢原さんや佐野さんがみたら間違いなく言葉を失う。
「お前、また増えたな。オタクグッズ」
「おお? 気づきました~? 今月は超イチ押しアイドルのコトちゃんがデビュー二周年記念ライブをやったじゃないすか? そのときついグッズを買いこんでしまって! あとは今月の新刊があまりにもテンション上がるものばかりで!」
「わかった。わかったから落ち着け」
「あ、そろそろ黒葉、旅行の話してもいい? 小嵐のペースに乗せられてすっかりゲームに夢中になったけどさ」
旅行。桜井から出たその言葉で、俺はコントローラーをいじる手を止めた。
スマホの共有用メモに、書いていたっけ。
『黒葉グループと夏咲グループwith薫で旅行行くことになったよー。あとは夕ちゃんたちに聞いといて!』
正直全く乗り気がしない。そもそも俺は夏咲グループ自体が苦手なんだ。小嵐と桜井がいるにせよ、夏咲派の二人と一緒に旅行なんて、考えるだけで無理だ。ただでさえインドア派なのに。
「黒葉の言いたいことは良~~~~~~~~くわかるっすよ。ウチだってオタ活以外、外ではしゃぐタイプじゃないですし。けど、黒葉が行かないと言って、夏咲さんが素直におとなしくしてると思います?」
……ああ確かに。
あいつが俺の意見を尊重するわけない。俺と夢原さんたちだったら絶対後者の意見を選ぶ。もちろんそれは俺も同じ。小嵐か桜井が同じ提案をしてきたら迷わずそっちの提案に乗っかるだろう。
「ボクたちが行かなかったら、黒葉の活動する時間が無駄になったり、最悪の場合二日丸々なくなる。だったらボクたちが行って夏咲の時間を少しでも減らす方が確実。違う? それとも、ボクたちがいても外で遊ぶのは嫌?」
「ウチは、黒葉と一緒に過ごせるならきっと楽しめると思います」
負けた。完全に負けた。案外俺ってちょろいんだな。
そんなふうにまっすぐと見られたら、断れるわけない。
「はぁ」
小さく息を吐くと、俺はスマホのメモにこう残す。
『旅行の準備はお前がしとけ』
本当に、不便な身体だ。
夏咲を消すには、どうしたらいいのだろうか。ここ数年、そればっかり考えている。
※ ※ ※
「黒葉って家でゲームとかするの? 普通にうまいよね」
「桜井こそ、ゲームなんて普段しなさそうなのにうまいじゃねえか」
「二人で何の話してます? それはウチへの当てつけっすか?」
しばらくゲームで遊んでから、小嵐の母親が出してくれた紅茶とクッキーを食べてくだらないことをだらだら喋っていた。
俺がゲームをやる時間はそこまでない。俺はゲームよりラノベを読むことが多いから。
桜井は仕事もあってさらに時間が限られているはずだが、俺よりもゲームがうまい。彼女の言う通り、才能だと思う。
割となんでもできる桜井だが、国語以外の勉強が壊滅的なのはどうにかならないのだろうか。
「小嵐、今日はどうも」
俺はクッキーを一つ食べて紅茶を飲み切ると、荷物を持って立ち上がった。
「えー黒葉、もういくんすか? もっと遊びましょうよ~」
「遊んだらきりがないだろ。またな」
本当はもう少し居座りたいくらい、小嵐の家は居心地がいいが、そろそろ晩御飯の時間であることも忘れてはいけない。
それに、宿題もあるからな。昨日できなかった分と今日の分。
「ボクも帰るよ。今日はありがと。小嵐」
「いえいえ! お二人ともおやすみなさい! 次こそ負けませんから!」
相当悔しかったんだろうな。今日は徹夜でゲームをやってそうだ。
『私、好きなものがわからないんです』
見つけ方を知らなかったお前が、ここまで多趣味になるとはな。
それだけで、小嵐と出会えてよかったように思う。
まさか、急速でオタクの道に進むとは思わなかったけど。
「黒葉、行くよ」
「ああ」
※ ※ ※
今日は随分と楽しんでしまったらしく、外はすっかり真っ暗だった。桜井と俺の家はそこまで遠くもないので、桜井のことを送ってから帰ることにした。
「黒葉、旅行、無理やり誘う形になっちゃったけど、よかったの?」
「なんだよ、今更」
桜井は、申し訳なさそうに俺の顔を覗く。
桜井はいつもキリッとしていて、自分の意見をしっかり持っているように思うが、自分が間違っているのか、合っているのかわからないときは、こんな風に不安な表情を見せるときがある。まあ、滅多にないことだが。
「俺は、お前らがいるなら楽しめると……思う」
声が小さくなってしまっただろうか。こういうときに、まっすぐと目を見て言えるようになりたい。今の俺には、これが精いっぱいだ。
俺の声が聞こえたのか、桜井はほっと安心したように息をついた。
「ボク、黒葉と思い出を作りたいって思って」
「……そういうこと言うなよ」
「馬鹿。何勘違いしてるの? ボクは黒葉が消えるなんて思ってない。消えるのは夏咲だから」
じゃあなんで思い出作りなんて……そう言おうとしたところで、桜井は足を止めた。つられて俺も立ち止まる。
「だって、高二なんてあっという間じゃん。少しでも、楽しい思い出を作って卒業したい。小嵐もそう思ってるはずだよ。ただでさえ二日に一回しか黒葉とまともに話せないしさ」
「そう、だな」
高二なんてあっという間、か。確かにそうだ。特に俺と夏咲は、自分の時間が限られている。一年なんて嫌でもあっという間に過ぎてしまう。
高三は進路のことを考えなければいけないし、きっと旅行に行く機会なんてほとんどないはずだ。
「ごめん。嘘ついた」
桜井は歩き出し、俺に背中を見せてから言った。
「この先黒葉と夏咲がどうなるかなんてわからない。だからこそ、黒葉を夏咲グループなんかに消させない。そのためにボクたちは、黒葉が残りたいと思えるような思い出を作りたい」
「……」
本気で、俺に消えてほしくないと願っている桜井の気持ちが、ひしひしと伝わってくる。
声が震えているのを悟られないように、桜井はスタスタと先を歩いていく。桜井は、自分の弱い部分を見せないように取り繕う癖がある。それはきっと、俺も同じだ。
消えてたまるかよ。俺をここまで好きでいてくれる桜井と小嵐のために、俺は俺として生き続ける。
まあでも、とりあえず。
「桜井、旅行……楽しもう」
「もちろんだよ」
振り返って微笑む桜井の表情は、とても女の子らしかった。
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