黒葉と夏咲は、お互いの「消滅」を願っている

二重人格の彼らと、彼らが好きな彼女たちは、未来を奪い合う
gumineko
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過去――勇気を出した結果

公開日時: 2021年12月27日(月) 12:43
文字数:1,423

 ――あれは、小学五年生あたりだったと思う。

 あの頃の俺らはスマホを持っていなかったので、手紙でやり取りをした。

 手紙で夏咲が話す学校生活がとても楽しそうだったのもあって、俺は少しずつ学校というものに興味を持った。

 だから一度だけ、勇気を出して学校に行った。その頃は夏咲も俺のことを気にかけていて、相談をしたらすぐに了承してくれた。

 とはいえ、自分の足で学校まで行くのはまだ力が入らなくて、夏咲が教室の前まで登校をしてくれて、俺は教室のドアの前で目を覚ました。

 手は震えているし、足もなかなか踏み出せなくて、しばらく突っ立っていたのを覚えている。

 すると、後から登校してきたクラスメイトから、「黒葉、何してるんだよ? 教室入らないのか?」と、肩と叩かれた。とても親しそうに。


「……ぁ」


 誰? なんて言えばいい?

 テンパって戸惑って、とにかく酷い有様だった。それでも、意識が落ちなかったのは、それだけ頑張ろうと思っていたんだと思う。

 名前も知らないクラスメイトが教室に入ったので、俺もおそるおそる教室に入る。教室には既にたくさん人がいて、みんな和気あいあいとしていた。俺にとっては始めてのクラスだったが、みんなにとってはそうじゃない。俺がこの教室にいることは、当たり前なんだ。

 だったら堂々としていよう。そう深呼吸をしたとき。


「あー黒葉、遅かったじゃーん!」

「寝坊でもしたのかよ? てか顔色悪くないか?」

「黒葉くんおはよー! あ、今日の宿題やった?」


 次々と、話しかけられた。名前も、顔も、記憶にないクラスメイトから。

 そんなことは重々承知していた。だから、俺はもう一度深呼吸をして、「おは、よう」とぎこちないながらも挨拶をした。


 挨拶ができた……!


 今まで学校にすら通えていなかった俺が、挨拶をした。それは自分にとって、大きな一歩だと思っていた。

 だから――。


「おい黒葉、大丈夫か?」

「今日の黒葉くん、黒葉くんらしくないよ?」


 ここが俺のいるべき場所じゃないと知って、絶望した。

 俺がどんなに頑張っても、今求められている「高松黒葉」は、俺じゃない。


 黒葉くんらしくない?

 らしくない。って、なに?

 違う。俺は、やっと勇気を出して、学校に行きたいって思えるようになったから、がんばったのに。

 黒葉は俺だ。俺が黒葉だ。

 そいつは、おまえらが言ってる「黒葉」は、俺じゃないのに!


「なんで……。なんのために……」


 なんのために、夏咲が学校に通ってくれていたんだ? 本気でわからなくなった。

 ああ、俺を、学校に通わせるためじゃなかったんだ。


 外に、俺の居場所なんてなかった。


「おーい黒葉、平気か? 保健室行く?」

「…………」

「黒葉くん? どうしたの? 大丈夫?」

「……。っ⁉ あ、ええと、みんな、どうした?」

「いや、黒葉、すごく気分悪そうだから……あれ?」

「あー……。ごめん! ちょっと昨日徹夜しちゃってさ! ぼーっとしてた!」

「なんだよー! 心配させるなよ!」

「黒葉くん、本当に保健室行かなくて大丈夫? さっきまですごく辛そうだったけど……」

「へーきへーき! 心配かけてごめん! 改めておはようみんな!」


 意識を失う直前、曖昧だった意識の中、俺はそんな会話を聞いた気がした。


    ※ ※ ※


〈――それで、ゆうきがゴールを決めて、オレたちの負け! くやしかったなあ〉

〈夏咲、その話、もうやめてほしい。学校の話はもう、書かないでほしい〉

〈え? なんで? いつも聞きたがってるじゃん!〉

〈夏咲にはわからないよ〉


 手紙のやり取りは、それから一週間くらい、途絶えた。

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