黒葉と夏咲は、お互いの「消滅」を願っている

二重人格の彼らと、彼らが好きな彼女たちは、未来を奪い合う
gumineko
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1話 俺とオレの日常

公開日時: 2021年12月26日(日) 20:57
更新日時: 2021年12月27日(月) 12:38
文字数:2,576

 ――キーンコーンカーンコーン。

 ホームルームが終わりチャイムの音が鳴ると、クラスメイトは友達と談笑をしながら、次々と教室を去っていく。

 俺は帰りの準備を終わらせると、机に突っ伏して寝る体勢をとっていた。


「黒葉黒葉黒葉黒葉ー!」

「ぐはっ――」


 意識が遠ざかろうとしたところで、後ろから一切の躊躇なく、俺の背中に乗っかってきた。


「はー危なかったっすね! あ、黒葉っすよね?」

「あー俺だよ。後ろから勢いよく体当たりしてくるな。危ないことしてるのお前だからな……小嵐」

「えへへーすいませーん」


 そう言って俺の背中から離れて通路側に立つ。

 こいつ、絶対悪いとか思ってないな。


「いやーだって、夏咲さんの日は黒葉すぐに交代しようとするじゃないっすか。ウチ別クラスだからなかなか黒葉と話せなくて嫌なんすよ〜。今日だってダッシュでここまで来たから仕方ないっす!」


 敬語を崩した口調、二つに束ねたボサボサな髪。

 顔立ちは整っているのに色々と残念な小嵐夕は、「えへへー」と笑いながら俺を見つめてくる。

 出会った当初はもう少ししっかりしたやつだと思ってたんだが、一体いつからこうなったのか。


「ちょっと小嵐、ボクに黙って黒葉に抱きつくとかどういうつもり?」


 俺の隣の座る桜井麻琴は、無表情で小嵐のことをじっと見つめながら、そう言った。

 

「だ、だだだ抱きついてなんていないっすよ! それよりも、黒葉と麻琴さん、明日の放課後空いてるっすか?」


 無理やり誤魔化すように話を終わらせて、小嵐はキラキラさせた目を俺らに向けていた。


「空いてるけど、どうしたんだ?」

「どうせ新作のラノベかゲームが発売したんでしょ」

「麻琴さんエスパーっすか!? そうなんです。みんなで遊べる新作ゲームが今日届くんすよ! 明日ウチの家で一緒にやりましょー!」

「……わかった。桜井も行くか?」


 無駄にデカい声ではしゃぐ小嵐に呆れつつも、俺は了承した。あとは桜井がどうするかだが……。

 桜井はわざとらしく大きなため息をついてから、こくっと頷いた。


「小嵐は本当に、そーいうの好きだよね。ま、ボクも嫌いじゃないから付き合ってあげるよ」

「麻琴さんありがとうございます! そんなこと言いながら麻琴さんもゲーム結構好きじゃないっすか〜? 流石ツンデレっすね!」

「……殺されたいの?」

「ま、真顔やめてください! 冗談っすよ!」


 こいつら、意外と相性がいいというか、なんというか。

 小嵐にも、桜井にも、こうやってなんでもない雑談ができる友達が出来てよかった。時々そう思うことがある。

 出会った当初は二人とも、友達なんて縁のない雰囲気纏ってたからな。それは俺も、同じだけど。


「黒葉、口元緩んでるよ」

「……っなんだよ。瀬川」


 唯一の男友達である瀬川薫は、俺を見ながらにやにやしていた。

 こいつは小嵐や桜井と違って、なぜ、どういう経緯で友達になったのかもよくわからないが、気づいたらよく話す仲になっていた。

 いつも俺と、その奥にいるあいつを見ているようで気持ち悪い。


「干渉に浸ってるところ悪いけど、そろそろ夏咲との約束の時間、十分オーバーするけど、平気なのかな?」

「あーそうだな」


 夏咲……。俺から生まれた人格。

 自分の時間を確保するためには、今のところあいつと共存して生きていく必要がある。

 だから平日は一日ごとに俺の日、夏咲の日を作って嫌々ながらも共存している。

 今日は夏咲の日。夏咲が起き、夏咲が昼休みや放課後を使い、夏咲が寝る日。

 今日俺が時間を使えるのは体育以外の授業。それだけ。時間をオーバーするとその分の休日の俺の時間を勝手に使われる。


「じゃ、寝る。おやすみ」


 俺が交代のために机に突っ伏して意識を遠ざけていく。

「黒葉〜! もっとお話しましょうよ〜!」


 隣からうるさい声が聞こえてくるが、いつものことなので聞こえないふりをし、自分に集中する。


「小嵐、黒葉の邪魔になるから静かにして。ほら、帰るよ」

「待ってください麻琴さん! 黒葉、また明日よろしくっすよー!」


 友達の声、教室のざわめき、窓から聞こえていた風の音。全てかき消されるように、意識が遠のいていく。自分というものが曖昧になって、少しずつ抑え込まれ、やがて別の意識が鮮明に外側へ開いていく。


 何分経ったか、長い時間こうしていたように思えるし、一瞬だったようにも思える。

 オレは起き上がると、ぐーっと背伸びをしてから立ち上がり、制服のポケットに入った赤い髪留めピンを邪魔な髪にパチっとつける。


「よし!」


 気合を入れて声を出すと、目の前から「夏咲おはよう」と言う声が聞こえた。


「薫おはよう! というか何回目のおはようだっけ?」

「朝と、体育の時間と、お昼の時間も合わせて4回目かな?」

「その全部に例外なく薫がいるのちょっと怖くない⁉」

「ううん。普通だよ。前の席だし」


 んーまあそれもそうかあ。薫って珍しくオレとも黒葉とも仲がいいから、両方と話してればそういうこともあるよな。学校で起きるときは毎日目の前に薫がいるのも、もう慣れてしまった気がする……。 

 オレは教室を見渡すと、黒板の文字を消している凛々花を見つけた。黒板の端には「日直:夢原凛々花」と書いてある。


「凛々花ー! 日直手伝うよ!」

「夏咲くん、ありがとー。じゃあ半分お願い!」

「おう!」


 オレはすぐに凛々花の元に駆け寄り、黒板消しで黒板を消していく。

 凛々花が日直のときはいつも、新品のように黒板をきれいにするから、オレもできるだけ跡が残らないようにきれいに黒板の文字を消す。

 全部黒板を消し終わると、凛々花はふぅと息をつく。


「ありがとね。夏咲くん」

「いつも仲良くさせてもらってるからこれくらい当然だぞ!」

「ふふ。思えば夏咲くんって、いつも誰かのお手伝いしてるイメージあるなぁ」


 口に手を添えてお上品に笑う、夢原凛々花は、オレが特に仲良くさせてもらってる一人。オレの日はだいたい凛々花と――。


「なつぽーん! お昼ぶりー!」

「おう! お昼ぶりだな、美怜!」


 オレと凛々花の元に小走りでやってきた、佐野美怜。オレの日は必ずこいつらと話すし、毎日のように放課後ぶらぶらする仲だ。


「夏咲くん、美怜、ちょっとお話があるんだけど、よかったら近くのファミレスまで行かない?」

「おーけー! 小腹すいたし丁度いいな!」

「もちろんいいよー! あ、あの話なら、かおかおも呼ぶー?」

「うん。瀬川くんさえ良ければね!」


 あの話……ってなんだろう?

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