いつか魔王になろう

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少女と知識と悔恨と

公開日時: 2020年9月8日(火) 10:07
文字数:4,907

目覚めた森を出たときは、とりあえず近くの街へ行けば何とかなるだろうと気楽に考えていた。


USOでもそうだった。始まりの街を拠点に簡単なお使いクエストをこなしながらスキルを上げ、徐々に行動範囲を広げていった。だから、ここでもそうすればいいと考えていたのだが……。



「がっはっはっはー、オウ、お前も飲むか?」


粗野な男がジョッキを片手に近づいてくる。


「飲むかって、この状況でどうやって飲めと?」


木の根元に座らされ後ろ手で縛られているこの状況では飲みたくても飲めない。


ガスッ!…腹をけられる。


「オゥ、ガキの癖に大した度胸だぁ、手下にしたいぜぇ」


ガハハーと笑いながら、二発、三発と足蹴にされる。


「オゥ、もしお前ぇがその気なら頭に合わせてやってもいいぜ。」


考えとけよと言いながら、男は焚火の方へ去っていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


森を出た後、俺の考えが甘かったと気づいたのは、日が沈んで暗くなってからだった。


ずいぶん歩いたのに明かり一つ見えない。もっと早く野宿の準備をするべきだったと悔やんでいると遠くの方で明かりが見えた。

闇雲に動き回るよりは、と近づいてみたら男たちが焚火を囲んで騒いでいた。声をかけてみようかと思った矢先、見回りの男に見つかり今に至るというわけだ。



「あの…大丈夫ですか?」


蹴られた俺を心配する声が聞こえる。


俺が捕まった時、ここにはすでに先客がいた。身なりの良い母娘が人質として捕らわれていた。


「あぁ、大丈夫だよ。いざとなったら逃げだすし。」


今の俺は丸腰だが、その気になれば魔法を使って逃げることが出来る。そうしないのは二人が心配だからだった。


「私たちは大丈夫ですから、気にせず逃げてくださいね。」


先ほど男たちが離れている隙に逃げることを二人に提案したが断られている。


何でも、貴族と商人と山賊たちの間には暗黙の了承ともいうべき取決めがあるらしい。

貴族たちにとって山賊討伐は領民の安全を守る為の義務である。

しかし討伐隊を出すとお金も時間もかかり、少なからず被害も出る。だから領民から被害報告が上がってこない限りは見て見ぬふりをするらしい。


そういう事情を山賊たちもわかっているので、護衛が少ない小規模の商隊や人質に取りやすい女子供がいる商隊などを狙い、ヘタに人死には出さないようにしている。

また商人達も襲われたときはおとなしく降伏し、被害が少なくなるよう交渉する。生きてさえいれば、お金はまた稼げるからと。


そして、人質は双方にとって大きな金額が動くので、大抵の場合契約が結ばれる。すなわち「甲は乙に対し身代金を払う。乙は身代金を受け取ったのち、速やかに傷一つなく返却するものとする。」ということだ。


この世界において契約は絶対であり、破ると神罰が下り、場合によっては死に至るらしい。


「だから、身代金が払われる限りは安全なんです。逆に逃げるのに失敗して捕まると・・・」


契約解除で何されるかわからないです。と小さな声で呟きながら焚火の奥の方へ視線を向け、すぐそらす。


少女が向けた視線の先では召使だった女性が、山賊たちの慰み者になっている。


この世界の召使は、大抵の場合は奴隷階級だから召使にまでお金を払うような主人はいない。


そして俺も契約外の人間だ。だからさっきの男みたいに憂さ晴らしにくる奴もいる。


「そうだな、タイミング見て逃げ出すさ。それより、せっかくだから聞きたいんだけど・・・。」


俺は少女に近くの街への方角や距離、街中の状況などを教えてもらうことにした。

逃げ出してもどこに行けばいいかわからないと困るからね。



夜も更けたころ、周りの騒がしさで目が覚める。どうやら寝てしまっていたらしい。我ながら、この状況で暢気なことだと思う。


何か、騒がしい。


「・・・指先の小さな炎ファイア」 熱っ!


一応動けるようにしておいた方がいいだろうと思い、指先に小さな火を点け、その炎で、ロープを焼き切る。


「おい、起きろ!」


男が近づいてきて隣で寝ている母娘を引っぱり立ち上がらせる。


とりあえず俺の方に気付いていないみたいなので寝たふりをしておく。


「こっちに来るんだよ!」


男は二人を無理やり引っ張っていこうとする。


「やめて!、娘に乱暴しないで!」


母親が少女をかばうが、男はお構いなしだ。


「契約破棄だ。お宅の旦那は身代金を払う気はないってさ。お前らは売られるんだよ!」


「そんな…」


母親が絶句する。その様子を見た男が下卑た笑みを浮かべる。


「売払う前に、せっかくだから楽しませてくれや。そっちのお嬢ちゃんと一緒になぁ」


「やめて娘に手を出さないで!」


かばうように娘の前に出るが、男は母親の胸元をつかみ思いっきり引っ張る


「うるせぇよ」


母親の服が引きちぎられ豊かな胸元があらわになる。


「お母さん~」


お前はこっちだ、と別の男が少女を引きずっていく。娘を助けようとする母親だが、3人の男に手足を掴まれ服を剥がれていく。


「ムグゥ、グゥ・・・」


押さえつけられている手足を必死に動かし少女に声を掛けようとする母親だったが、ウルセェよと下着を剥ぎ取られ口の中に突っ込まれる。



「イヤぁー」


少女は手を上に引っ張られ、上着を引きちぎられている。


「イヤっ、嫌ぁ―」


少女を襲っている男の手が下着を剥ぎにかかる・・・・・・


……焦るな……落ち着いて集中……


逸る気持ちを押さえつけるが、母娘が襲われる光景が目に入り中々集中できない・・・


ボム!」


何とか気持ちを落ち着け、中央の焚火が燃え広がるように魔力を叩きつける。


バチッ!ドゥーン!

何かが大きくはじけるように焚火の炎が大きく燃え上がり周りに火の粉を注ぐ。

山賊たちが、音と炎に気を取られているうちに、俺は少女に向かって駆け出す。


弾丸ブリッド!」


少女を捕まえている男に向かって指先から圧縮した空気の塊を放つ。指鉄砲のイメージだ。


魔力を込めすぎたのか男はかなりの勢いで吹き飛んでいく。


「大丈夫か?走れるか?」


少女を助け起こして問いかける。

下着姿の露な恰好ではあるが怪我はなさそうだ。


「待って、お母さんが・・・」


母親の方へ視線を向けると男たちに四肢を押さえつけられている姿が見えた。

男たちの意識は炎の方に向けられている・・・魔法を打ち込めば二人ぐらいは吹き飛ばせるだろうが後が続かない。


「おかぁさーんー」


俺が一瞬悩んでいる隙に少女が駆け出す。


あ、バカ!

男たちがこっちに気付く。奇襲の機会が失われた。


真空刃カマイタチ真空刃カマイタチ真空刃カマイタチ!」


少女の後を追いかけながら真空の刃を放つ。

刃は少女を追い抜き男たちを切り裂く。


走りながら腕を前に出す。人差し指と親指を伸ばし、残った三本の指は握りこむように曲げる。


弾丸ブリッド!」


空気の弾丸が男たちを吹き飛ばす。


「ツッ!」


イヤな気配を感じ首をひねる。シュッっと矢が頬をかすめる。……危なかった。


炎の壁ファイアーウォール!」


弓矢を持った山賊たちとの間に炎の壁が現れる。少しは足止めになるだろう。


「今のうちに……早く!」


少女と母親の手を取り駆け出す。


シュン!、シュン!

後ろから矢が射かけられる。


「アッ……」


「おかぁさん!」


母親の背中に矢が突き刺さり倒れこむ


「……に、逃げて……。あ、あなた、だけでも・・・」


「おかぁさん、おかぁさーん!」


母親の体から力が抜け、急速に熱が失われていく・・・


「行くよ、ここは危ない・・・」


遠くの方から山賊たちが追いかけてくる足音が聞こえる。


「イヤッ、おかあさん、おかぁさん・・・」


母親の遺体に縋り付き離れようとしない少女を無理やり引っ張り立たせる。


遺体から指輪を抜いて、少女に持たせる。


「お母さんの最後の言葉、聞こえただろ!逃げるんだよ!」


少女は母の形見となった指輪を見つめ、それを指にはめてうなずく。


俺は少女の手を引いて走り出す。

・・・ガクン!途中、少女が岩に足を取られて倒れこむ。


「いたぞ!あそこだ!逃がすなよ!」


山賊たちはかなり近くまで来ているようだ。俺は少女に背を向けてしゃがみ込む。


「おぶされ!」


「えっ・・・」


「早く!」


俺は少女を背負うと駆け出した。


シュン!、シュン!

後ろから矢が射かけられる。

時々頬をかすめる時もあったが必死になって逃げだした。


・・・どれ位走っただろうか。

いつの間にか喧噪も遠くなり静寂に包まれていた。


俺はぐったりとした少女を下ろし、大丈夫だったか?と声をかける。


「ん…」と小さくうなづく彼女を見て上半身が裸同然だったことに気付く。


「ゴ、ゴメン!」慌てて上着を脱ぎ、掛けてあげようとするが、何かが引っかかっているので彼女の背中に手を回す。


・・・・・そこには2本の矢が刺さっていた。


彼女の顔には血の気はなく、息も細くなっている。


「今助けるからっ!」


しかし何の知識もない俺には、どうすればいいかわからない。

矢を抜いてもいいのか?でもヘタに抜くと一気に血が噴き出すと聞いたこともある。

わからない……焦りが募る。


英知の書グリムベイブル


『矢傷の治療』

・・・駆血をし、鏃が残らないように引き抜いた後止血する

止血薬はヤクミン・ナイノーを調合してできる


「背中の場合、どうやって駆血するんだ、止血薬なんて持っていない…くっそー」


『癒し』

・・・僧侶が使う神聖魔法。高位の僧侶であれば部位欠損も再生可能

・・・水の癒し。水系統魔法による回復魔法。他のエレメンツより効果は高い

・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・

・・・・・


「ダメだ、癒し魔法なんてわからない。イメージしたくても魔法で治るイメージなんてわからない。」


・・・・・・苦労して矢を引き抜き傷をふさぐ。できるのは絆創膏で傷をふさぐイメージだけ・・・それでも何とか傷はふさがる。見た目だけだったが…


「大丈夫か?今治してるから頑張れ!」


少女に声をかける


「ウン、ありがとう・・・魔法ってすごいね…もう痛くなくな・・・た・・ょ・・」


少女の声がだんだん小さくなってくる。


「ヒール!ヒール!」


治癒魔法なんて知らない。ただ治れと念じて魔力を送ることしかできなかった。


「ぁ・・・り・・・・が・・・。」


少女の声が聞こえなくなり力が抜けていく。


「ヒール!ヒール!ヒール!ヒーーーーール!!!」


少女が動かなくなっても魔力を送り続けた。



どれくらいたっただろうか、俺は固く冷たくなった彼女の体から、ネックレスと母親の形見でもあった指輪を外す。


そして彼女の体を抱え、母親のところまで戻り、隣に寝かせる。


……なぜあの子が死ななきゃならない、なぜ俺は助けられなかった……


山賊たちへの怒り、見たこともない商人への憤り、助けることが出来なかった悔恨、自分の無力さ……様々な感情が胸の中を渦巻いている。


浄化の炎フレイム!」


二人の遺体を魔力の炎で焼く。


体の中から何かがあふれだしてきて抑えていられない・・・全てが燃え尽きた後も、その場に佇んでいた。


その後、山賊のたまり場まで戻る。山賊達の姿が見えると同時に体の中のエネルギーをぶつける。



ふと気づく……俺は何をしていたのだろうか?


あたりを見回すと何もない更地にぽつんと立っていた。


意識が覚醒するとともに昨晩の事を思い出していく。


……あの子の最期を看取り、山賊達への怒りが渦巻いて・・・それからの事はあまり覚えていない・・・山賊の姿を見た途端、怒りに任せて魔力をぶつけた気もするけど・・・。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


数日後、俺は街中の商人を訪ねて行った。


主人は商談で忙しいとかで、かなり待たされた。


「あー待たせたね。何分忙しい身でねぇ。」


で、何の用かな?商談なら歓迎するが…という主人の前に指輪とネックレスを差し出す。


「・・・ん?これがどうかしたかね?」


と言って指輪を手に取った主人の顔が青ざめる。


「・・・き、きみぃ、これをどこで…」


「形見を届けに来ただけです。今日はこれで…」


それだけを言って、俺は店を出る。これで義理は果たした。こんな街早く出ていこう。



……尾行されている。


依頼主は、あの商人だろう。目的は口止めか。


「俺は義理を果たしただけだし、素直に受け取ってもらえるだけでよかったんだけどなぁ。」


手が出しにくいように表通りの人込みに向かう。

適当なところで立ち止まり、頭の中に先ほど渡した指輪とネックレスを思い浮かべ念じる。


飽和ボム!」


遠くの方でドォォォーンという爆発音が聞こえる。


俺は振り返らず街を後にした。


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