真っ白な闇…何を言っているかわからないがそうとしか言えない空間に俺はいた。
一面真っ白…どこを見回しても白一色…なのに何も見えない。闇と言い表す以外の言葉が浮かばない。
すごく違和感があるが、ぼーっとしていても仕方がないので、現状を把握するためにも移動してみよう。
・・・・・・動いている感覚はあるが、景色も何も見えないので動いたという気がしない。
そこで俺は違和感の正体に気づく。
何も見えないのだ、そう、自分の体でさえも見えない。
手足を動かすと、「動かした」という感覚はある。手を目の前に持ってきたという感じはする…が見えないのだ。
何が起きているのか、俺はどうなったのか・・・そもそも俺って何なんだ…わからないことがすごく怖い。
・・・・・・どれくらいの時間がたったのだろうか?一瞬のようであり、何日も過ぎたようでもあり…時間の感覚もわからないが、何か呼ばれているような気がして、そちらに意識を向ける。
「……さん、……彼方さん。…あぁ、よかったやっと繋がりましたね。」
「……彼方……?」
意識を向けると、はっきりと声が聞こえるようになった。俺のことを彼方と呼びかける声には聞き覚えがあるような気もする。
「・・・まだ、意識が混濁しているのですね。少々お待ちください・・・これでいいですね。彼方さん、自分のことがわかりますか?」
急激に頭の中に何かが流れ込んでくるイメージが押し寄せるがそれも一瞬の事だった。今まで靄がかかっていたようなイメージが消え去り、頭の中がすっきりする。
俺の名前は星野彼方。通勤途中に飛び出す子供を見かけ思わず体が動いて・・・・
「……っ、ここはどこだ?俺はどうなった?」
思わず声を上げる。パニックをおこしたように落ち着かない。
「ここは○☆※。※▽○と☆◇※※○です。あなたの◇☆○※レベルにおける存在は※※▽○◇ーン○○に昇華しリー☆○※ス境界内において・・・」
何を言っているのか全く理解できないが、声を聴いているうちに落ち着いてくる。まずは現状確認だ。とにかく情報が必要だ。
「・・・・・・」
「ちょっと待ってくれ…何を言っているのかわからん。」
「……意識レベルを同調……修正……調整……。彼方さん、あなたは死亡しました。…理解できますか?」
ちょっ、死んだって・・・いきなり言われても…あぁそうか、あの時女の子を助けようとしてそのまま・・・うん、理解した…じゃぁ、ここは死後の世界?
「レベル同調はできているようですね。意識も安定してきましたね。」
「俺が死んだってことは理解したが・・・ここは死後の世界なのか?」
「ここは狭間の世界。意識と無意識、物質界と精神界の狭間。どこにでも存在し、どこにも存在しない世界…それが狭間の世界です。」
俺はこれからどうなる?どうすればいい?わからないことが多すぎる。
「私はミィル・・・時と運命を司る者。あなたの望みに従い魂の向かうべき方向を示すためにここにいます。」
言っていることはわかるが、理解が追い付かない。
「あなたの理解が追い付くように順に説明いたしましょう。」
「あぁ、頼む」
ミィルによると世界いうモノは一つではなく、小さな世界が重なり合って存在し、それぞれの世界において理というものがあり、生きとし生けるものはすべて理の中においての役割の中で存在が循環していくらしい。
パラレルワールドと輪廻転生みたいなものという理解で大丈夫なようだ。
そして俺がいた世界は少し特殊らしく、並行世界とか輪廻転生等というSFやラノベなどでは当たり前のように捉えているという事はありえないというのだ。そもそも認識どころか発想がないのが通常らしい。
だから俺たちの世界は理の壁が薄く様々な世界の受け皿として使われているとのことだ。
本来ならばその世界だけで完結するはずの理だが、俺たちの世界を経由することによって他の世界の理に干渉することが可能になるらしい。
そして俺の事・・・というより根源の魂について。
俺の魂はある世界において「英傑」の役割を背負っていたそうだ。
ある時は疲弊しきった国を立て直し豊かな時代へと導いた賢智の王、ある時は魔王による破滅を防いだ勇者、ある時は停滞してしまった世界を動かした破滅の魔人・・・善とか悪とかではなく世界が必要とする時にあらわれる者、それが俺の魂だったそうだ。
しかし、使用すれば減少するという理は、形のない魂でも逃れる術はなく、特に強い力を有しているものはそれだけ減少もひどかったそうだ。
ある時、俺の魂が壊れかけているのに気づいたミィルが回収して保護しようとした事があった。
しかしの保護しようとするミィルに対し、破棄するという者が現れ、世界の理の管理者の意見が二分したそうだ。
結局管理者たちの結論が出る前に俺の魂は崩壊した・・・世界の半分を道連れにして。ミィル派の管理者たちは粉々に飛び散った魂の欠片を回収し安住の世界へと送ってくれた。
世界を渡るときミィルは俺の魂に選択権を与えた。
「幾年の時を重ねあなたの心が安らぎと力を取り戻したとき、あなたに選択の機会を与えましょう。あなたの心…魂が望む事、目指す世界に送ることを、時と運命を司りしミィルの名に於いて約束しましょう。・・・でも今はゆっくりと休んでください。あなたの魂に平穏と安らぎを…。」
そして幾星霜の時を隔て・・・・
「あなたは転生を望みました。よって、古の盟約に従いあなたがいるべき世界、望みをかなえる為の世界へと導きます。」
俺が望んだって…
「俺は望んでいない。香奈美のいない世界へなんて望むわけがない。」
香奈美の笑顔を見ているだけでいい、彼女の笑顔を守りたい…ただそれだけだったはず…なのに・・・
「いえ、あなたは望みました。あなたの望み・・・あなたが破壊しあなたが守った最後の世界であなた自身が魂に刻み込んだ誓い……それ故にあなたは転生を望んだ……そういうことです。」
「じゃぁ……もう俺は香奈美に会えないのか……」
そんなのは耐えられない…心が壊れてしまいそうだ・・・
「水上香奈美・・・彼女もまた、時の流れの中、運命に導かれし世界を渡った魂……。あなたが望み、彼女も望むのであれば、運命の糸が交差し紡がれることでしょう。」
すべては俺の行動次第…という事らしい。
「どうやら魂も安定してきたようですね。そろそろあなたを送りましょう。あなたが宿る肉体は、巨獣に襲われ死亡した猟師の子供です。すでに魂も消え抜け殻となっていますので安心してください。」
安心って…生き返ってすぐ食べられたりしないだろうなぁ…
「最後に、あなた方の言葉でいう『チート能力』は私からのお礼です。あなたの魂の今までの行いに対して最大の感謝と祝福を・・・。」
その言葉とともに俺の意識は白い闇の渦に飲み込まれていった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
・・・・・・急速に意識が覚醒する感覚を覚え、目を開ける。
目覚める前に誰かと話していたような気もするが、よく覚えていない。まるで、さっきまで見ていた夢が目覚めるとともに急速に忘れてしまう、そんな感覚だ・・・。
えっと、確か通勤途中に飛び出した女の子を助けようとして・・・そこまで思い出して違和感を覚える。
見慣れた街並みやビルが見当たらない……どころかあたり一面木が被い茂っている・・・ここは…森の中?
・・・目覚めたらあなたは猟師の子供です・・・
頭の中に声が響く・・・誰の声だろう。懐かしい感じがするとともに心の中に何かがストンと落ちる感じがした。
……そう俺は猟師の子供。名前はレイフォード、12歳。この森には山菜を取りに来た。
……いや違う、俺は星野彼方だ・・・レイフォードはUSOでのキャラ名で・・・
2年前父親がこの森の中で巨獣に襲われて死んでから、山菜を集めたりして母親を助けて生きてきた。
その母親も去年流行り病でなくなり、今は一人で森の恵みに頼っている・・・
頭の中で、彼方としての記憶とレイフォードの記憶が渦巻いていたが、しばらくして、俺は彼方であり、レイフォードでもあると落ち着く。
落ち着いたところで、今大事なのは現状を把握することだと考える。
まず、自分に起きた出来事について。
どうやら、星野彼方はトラックにひかれそうになった少女を助けようとして死に、この世界のレイフォードとして転生したらしい。
『転生』というワードで思い出したのが、彼方としては二日前の記憶・・・『異世界転生』というサイトの事だった。
「確か、俺はあのサイトで12歳で猟師の息子の身分を選んだっけ・・・」
レイフォードの年齢・身分、今の状況などから推測するに、あのサイトで登録した設定が反映されているみたいだ。
マジかよ……と思う。ゲームじゃなく本当に転生するんだったら貴族にしておけば・・・とも思うが今更だ。
「まてよ。あのサイトに登録したことが反映されているなら・・・。」
確かステータス画面でMPとか魔法に関する項目があった。
魔法が使える。すごく心が躍る。
「……どうやって使えばいいんだ。」
魔法を使おうにも使い方が全くわからない。ゲームなんかでは魔術書だとか呪文を唱えるとか
あるけど、やっぱりそういうのが必要なんだろうか?
手を前に突き出したり、「ファイアー」と叫んだりしてみるけど全く使える気がしない。
・・・英知の書・・・
突然頭の中に言葉が浮かぶ。何かに導かれるように俺は手を前に差し出し・・・
「英知の書!」
手の中に1冊の本が現れる・・・これは知識の書だ。わからないことはこれで調べることが出来る・・・なぜかそう理解した。理屈じゃなく感覚で理解できた。
本を開いて「魔法」と口に出す。すると本が光り魔法に関する知識が頭の中に流れてくる。
魔法……世界に充満しているエネルギー「マナ」に働きかけ、方向性を与えることにより術者の力とする。
魔法をイメージしやすくするため、火魔法・水魔法等エレメンツに絡めて系統立てをしている。
また、呪文や術具などを使用することにより方向性を定めやすく、行使しやすくする。
魔法の威力は術者のイメージ及び内包する力によって左右される。
・・・・・・。ウィキペディアみたいだ。
どうやら「英知の書」と唱えると本が出てきて、その本を開いた状態で知りたいことを念じれば頭の中に知識が入ってくるらしい。
「持っていくもの=知識」がこれってことなんだろうか?
不意に、香奈美との会話を思い出し、グリムベイブルに「カレー」と唱えてみる。
カレー・・・地球世界、インド地方の煮込み料理。ターメリックをはじめ多種類の香辛料を使って味付けをするのが特徴。
現世界で再現する場合、ヒピタス、スラム、ガルム、ミツノハなどで代用できる。
・・・どうやら、キーワードがある程度曖昧でも、俺が知りたいと思ったことは答えてくれるっぽい。かなり便利だ。
そのまま、俺は知りたいことを片っ端からグリムベイブルに質問し続けた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「真空刃!」
真空の刃が相手の足を切り裂く…が、大したダメージを与えられていない。
「チッ、やっぱりもっと大技が必要か。」
今、俺の目の前にはガドラムと呼ばれている狼によく似た巨獣がいる。
巨獣と呼ばれるだけあって体長は3mを超え、額から大きな角が生えているのが特徴だ。
俺に向かって突進してくるのを躱しては、すれ違いざまに「カマイタチ」を放つ。
もう30分以上繰り返しているが、相手の勢いは衰えない。
「蔦の拘束!」
何度目になるかわからない突進をかわし、蔦で作ったロープを投げつけ「拘束」の呪文を唱える。
狙い通りガドラムの足に絡みつき、バランスを崩して倒れこむ。
ガドラムが抜け出そうともがいているうちに、俺は距離を取り集中する。
イメージは、ガドラム全体を覆いつくす大きな風の渦、竜巻だ。
同時に目に映る木の葉を切れ味が鋭い刃とイメージする。
エナジーを体内に取り込み前に突き出した掌に集めていく。
さらに竜巻に巻き込まれた木の葉の刃がガドラムを切り裂くイメージを作る。
「大いなる風の龍!」
掌から放出されたエネルギーは大きな竜巻となり、イメージ通りにガドラムを包み込んでいく。
渦の中では巻き込まれた木の葉の刃が、ガドラムを切り裂いていく。
俺は、腰の鞘から剣を抜く。剣とはいっても木を削って形を整えただけのお粗末な木剣だ。
剣を握る手に力を込め、全体に魔力がいきわたるイメージをする。魔力で刃を作る光の剣のイメージだ。
ガドラムを包む風のエネルギーが消えると同時に飛び込む。
「光の刃!」
魔力の光を纏った刃がガドラムの首を刎ねる!
・・・はずだったが、半ば程まで切り裂いたところで止まってしまった。
「はぁ…俺の腕力不足だな。このクラスの巨獣を倒すにはもっと力をつけるか、魔力を収束する必要性があるか…」
首の奥深くに食い込んだ剣を苦労して引き抜きながら考える。
俺がこの世界で目覚めてから一ヶ月が過ぎたが、いまだに森の中にいる。
山菜を集め、魔力を操作する練習がてら獲物を狩って食いつなぎながらどう行動するか考えていた。
一度森を出て、住んでいた村の近くまで行ってみたこともある。
しかし、レイフォードは森で死んだことになっているらしく、ここで村に顔を出せば厄介なことに巻き込まれかねないと思い、できるだけ村から離れるように森の奥へ奥へと入り込んでいった。
途中手ごろな洞窟を見つけたので、今はそこを拠点にしている。
「とはいってもなぁ…そろそろ街へ出ることを考えた方がいいかも。」
俺にはこの世界に関する基礎知識がない。グリムベイブルの力を借りても、元となる知識がなければどうしようもない。さらにこの世界の「常識」はグリムベイブルではわからないものだ。
魔法に関してもそうだ。今は我流で何とかしているが、一度はこの世界の基本を学ぶべきだと思っている。冒険者として生きていくためにもギルドの登録とか必要になるだろう。
あといい加減に風呂に入りたい。この世界に風呂という概念があるかどうかわからないが、さすがに汚れが気になってきている。
一度魔法で何とかしてみようと試したことがあるが、汚れを落とすイメージ=洗濯機だったためひどい目にあった。
結局水浴びで済ましているが、巨獣が多いこの森の中で無防備になることはできない。だからお風呂でゆっくりというのは今最大の贅沢なのだ。
あと服装などの生活用品の事とか素材の事やアイテムの相場など知らなきゃいけないことは一杯ある。
やることが一杯だが、それほど心配はしていない。俺が地球でUSOをやっていたことをここで実践するだけだ。
慌てることはない。それに冒険者として登録できるようになるまであと3年もある。
焦ることはない、この世界を楽しもうじゃないか。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!