ホワイトノイズ

廿楽 廿
廿楽

第2話

公開日時: 2021年5月30日(日) 16:40
文字数:3,689

 カップにハーブティーを注げば、ふわりとハーブの香りが部屋に広まる。

 軽く一息ついていると、部屋にノックの音が響いた。


「はぁい」


 ゆったりとした足取りで、ドアに向かえば、開ける前にドアが開いた。そこにいたのは、友人によく似た金色の髪を持つ少女と、薄い茶色い髪の少女。服装からして、両方とも警備をしている軍人だろう。


「どうしました?」


 ここは比較的軽度のケガの手当てを行うが、通常の治療で治らないようなものであれば、特殊な音波による治療も行える。患部は見ていないが、ふたりの様子を見る限り、それほどひどくはない。

 ミスズは白衣を着た豊満な胸を持つ女性の前に座ると、袖をあげそれを見せた。


「あら……青あざ。誰かに殴られたの?」


 本来なら湿布でも貼っておけば十分なのだが、女性は指先で音を響かせると、青あざに触れる。すると、徐々にあざは小さくなり、消えた。


「はい。終わり」

「すごい! キレイになくなった!!」


 フィーネがはしゃいでいると、女性はじっとフィーネを見つめる。


「ねぇ、あなた、フレイと姉妹?」

「え? お姉ちゃんのこと、知ってるんですか?」

「あ、やっぱり。うん。友達だもの。そうだ。よかったら、一杯どう?」


 ポットに入ったハーブティーを見せれば、ふたりは困惑したように顔を見合わせたが、患者がくるまでだと付け加えられれば、ふたりもおずおずと頷いた。

 実は軽度の怪我で、わざわざ医務室にくるような人は少なく、暇だったのだ。


「あ、これミドナさんが煎れてくれたのに似てるね」

「うん」

「あら……それきっと一緒よ。前に持っていったら喜んでくれたから、よくお土産に持っていくの」


 ハーブティーをまた一口飲むと、思い出したように手を打つ。


「私はキャロル。そうね……ギリクって知ってる?」

「知ってます」

「その妹です」

「……えぇぇえ!? ギリクさん妹いたの!?」


 フィーネだけでなくミスズも驚いていれば、キャロルは「えぇ」と小さく笑った。


「それにしても、フレイの兄弟が多いことは知ってたけど、会うのは初めてね」

「フィーネっていいます!」

「あ、フィーネってあなたのことだったの? 話はいっぱい聞いてるわ」


 家族のことになると、フレイヤは本当に嬉しそうに話す。中でも、フィーネは名前がよく上がっていた。少しだけ恥ずかしそうに頬を染めたフィーネに、キャロルは微笑ましそうに笑みをこぼした。


「実は、フレイは私の命の恩人でもあるの」

「え……?」

「聞きたい?」


 キャロルの微笑みに、ふたりは互いに目を合わせると同時に頷いた。


***


 それはキャロルが14歳の時のこと。

 道の複雑なウィンリアで道に迷っていた時、どこからか謡が聞こえてきた。

 その謡に導かれるよう歩くと、柵に囲まれた大きな建物が現れ、そこで新緑のような髪を持つ少女、ミドナに出逢った。

 窓に腰掛け、囁くように謡っていた少女を、しばらく何も言わずにただ見つめていたが、


「……?」


 ミドナは私に気がつくと、慌てて部屋に隠れ、見えなくなってしまった。


「あ、ねぇ!」


 キャロルは慌てて声をかければ、ミドナは窓枠からそっと顔だけを出して、こちらを警戒するように見つめてくる。

 その様子に安心しながら、道に迷ったから、道を教えてくれないかと尋ねる。


「私にもわからない」


 だが、キャロルの安心とは裏腹の言葉を返され、口からは妙な音だけが漏れだした。


「で、でも、ここ、あなたのお家でしょ?」

「そうだけど……私、ここから出たことなくて」

「じゃあ……私、お家に帰れない……?」


 涙ぐむキャロルに、慌てたミドナは周りを見るが、誰もいない。


「道なら先生に聞いてくるから! ちょっと待ってて!」


 慌てた足音が遠くに消えていくと、今度はゆっくりとした足音がこちらに向かってきた。


「君が、道に迷ったっていう子かな?」


 この地区ではよく見かける軍服を来た初老の男性は、柔らかく微笑み確認してきた。頷けば、手描きの地図を差し出される。

 そこにはキャロルもよく知っている、ショッピング施設までの道が書かれていた。


「そこからなら、家はわかるかい?」

「はい! ありがとうございます!」


 しっかりと頭を下げてお礼を言ってから、周りを見れば、男性は不思議そうにキャロルを見た。


「さっきの子にもお礼……」

「あぁ……でも、今日は難しいかな? また今度遊びにおいで。あの子は、あまり友達がいないからね。君みたいな子が友達になってくれたら、喜ぶだろう」

「いいんですか!?」


 頷く男性に、キャロルは元気よく返事をすると、今度こそ地図を片手に歩いて行った。

 足音が正しい方向へ消えるのを確認すると男性は、開いていた窓の方に振り返り、ため息混じりに声をかけた。


「ミドナ」


 ミドナは部屋の中で隠れるように小さくなっていた体を、大きく震わせた後、そっと顔を出してみれば、呆れた顔をする先生がこちらを見ていた。


「し、しかたないだろ……!」

「まったく……あんな優しそうな子とも話せないなんて……」

「……」


 不貞腐れた視線を送った後、ミドナは部屋の中に戻ってしまった。


 翌日、キャロルは地図を見ながら、また庭園にやってきた。今度は、お菓子とお気に入りのハーブティーを持ってきて。


「何か用かな?」

「え……あ、えっと……あの子にお礼しに」

「お礼?」

「緑の髪の……」


 緑の髪に心当たりがあるが、見ず知らずの軍人でもない少女を、奏者に会わせていいものか。エントランスにいた男が悩んでいると、上司である男が、驚いたような声を上げながらやってきた。


「あぁ。よくきたね」

「あ、昨日の……」


 先生と呼ばれていた男は、キャロルを通すように言うと、手招きした。


「ミドナはいつもこの部屋にいるんだ。ミドナ。入るよ」


 初めて聞いた少女の名前をドアに向かって呼びかけた後、すぐに先生はドアを開ける。

 そこには、昨日の少女、ミドナがいた。


「なに? せんせ――――!?」

「あ……こんにちはぁ」

「じゃあ、ジジィは退散するよ」

「え!? ちょっと、先生!?」


 先生は笑いながら、キャロルを中に入れると、ドアを閉めてしまう。部屋に残ったのはミドナとキャロルだけ。なんとも言えない空気がふたりの間に漂う。


「え、えっと……昨日のお礼に、クッキー焼いてきたんだけど食べる?」

「……」

「あ、あと! ハーブティーも」

「……じゃ、じゃあティーポットとか、借りてきたほうがいい?」


 なんとか始まった会話で、ぎこちなくお茶の用意をすると、地べたにお盆を置いて、その上にカップとクッキーが置かれる。


「ウィンリアって、紅茶よりもカフェだけど……ミドナは、ハーブティー平気……?」


 出してから言うのもなんだが、ハーブティーは好みが別れる。ウィンリアでは、馴染みないからか苦手な人も多い。


「平気。私がいたところは、ハーブティーの方が多かったから」

「じゃあ、ミドナは別の場所からきたの? そこって、どんな場所?」

「……詳しくはわからないんだ」

「え?」

「前の場所でも、私はずっと社にいたから外のことはあまり……あいつが言うには、のんびりした閉鎖的な村らしい」


 クッキーをひとつかじると、少しだけ嬉しそうになる表情に、キャロルも嬉しそうに微笑む。


「今回のは結構、自信作なの」

「おいしいよ」

「えへへ……褒められるのはひさしぶりだなぁ。お兄ちゃん、最近食べるだけ食べて何も言ってくれないし」

「お兄ちゃん?」

「うん。お兄ちゃん。いるんだ。すっごいぶっきらぼうで、怒りやすくてね」


 そんな他愛の無い会話を続けていると、もうそろそろ帰る時間だと先生が顔を出して教えてくれた。外を見れば、すでに夕日に変わりつつある。


「わっ! もうこんな時間!?」

「今度は道に迷わないようにな」

「そ、それはもう言わないでよ!」


 迷子になって、泣きかけていたところを見られていることもあり、頬をふくらませればミドナは小さく吹き出し、釣られてキャロルも笑った。


「そうだ。ミドナ、ここから出たことないんだよね? 今度、一緒にお出かけしない? おいしいハーブティー置いてあるお店知ってるんだ。ミドナの好きなのも、見つかるかもしれないよ」

「え……外出……?」


 不安そうにキャロルの後ろに立つ先生を見れば、考えるように顎に手を当てているが、その口元は笑っている。


「いいんじゃないか? 場所はどの辺だい?」

「えっと……下層寄りの――」


 キャロルが場所を答えると、先生は大きく頷き、申請をしておこうと、それ以外の場所に出歩くことはないように、と注意をしていった。


「よかったね!」

「うん……ありがとう。えっと……」


 そこでようやく自分が名乗っていないことに気がつくと、


「キャロル」


 改めて、自己紹介をした。


「キャロル、か。私はミドナ。えっと……その、楽しみにしてる……」

「うん! 楽しみだね!」


 ふたりの笑い声がエントランスまで聞こえていた。


「若いっていいねぇ」

「あの……本気で護衛無しでいかせるんですか?」

「ウィンリア内では、共鳴者の護衛は必要ないはずだよね」


 質問のような口調だというのに、有無を言わさない声色にため息をつくしかなかった。


「一応、警備隊の方には連絡しておきます」

「頼むよ。できるかぎり、彼女たちの邪魔をしないようにね」

「わかりました」

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