ホワイトノイズ

廿楽 廿
廿楽

第4話

公開日時: 2021年5月5日(水) 16:57
文字数:3,904

 目の前には、青い海が広がっていた。


「ミスズー!!」


 その声に目をやれば、白銀の髪を持った少女がジャンプしながら手を振っていた。彼女は時々、この町に来る旅商人の一人、シリカだ。

 年も近いことがあり、すぐに仲良くなった。


「また来たの?」

「え……嫌なの……?」


 不安気にミスズを見るシリカに慌てて首を横に振る。


「こんな田舎に来ても、なにもないでしょ? 魚だっていくら冷凍しても、首都まで持っていくのとコストが見合わないって聞くし」


 時折、ジーニアスが来てはそんな話をしてくれるが、ここで何か特別に何かあるとすれば、海に関連するものくらいだ。だが、ほとんどが生物なまものであり、保存が効かない。


「一時、海の水ってのが流行りましたよ。ビンに海水入れて持ち帰るだけで、たちまち売れて……ま、こっちにくる護衛代とか燃料費とか考えるとやっぱり割に合わないんで、すぐに廃れましたが」


 シリカの所属する旅商人一座の頭であるランスロットが、笑いながらそんなことを言ってきた。


「そういえばそんなことあったような……」

「まぁ、ここによく訪れる理由はですね……ただこの町が好きなだけですよ。商売関係なく。あと、シリカがミスズミスズって、うるさくなりますし」


 ランスロットの言葉にシリカが顔を真っ赤させ、手を振り回しながら訂正しようとするが、悪い気はしない。


「私もシリカが来てくれると嬉しいよ」

「…………別に、アタシも、ミスズに会うのは、楽しみにしてるし」


 素直にそういえば、赤い顔をしたままシリカが服の裾を掴み、小さな声で同意してくれた。


「いやー若いっていいですねぇ」


 その言葉にシリカはびくりと体を震わせ、ランスロットに殴りかかるが軽く受け止められてしまう。


「あらぁ? 子供いじめるなんてダメねぇ」


 ゆったりとした声だが、どこか威圧感のある声に、今度はランスロットが微かに身を固くした。見上げた先には、ミスズの母であるミカが微笑んで手を振っていた。

 すぐにシリカの手を取って、ミスズは離れた場所に逃げる。


「あらぁ……逃げちゃった」

「そりゃ、大魔神が現れたら誰でも逃げ――――」

「何か言ったかしら?」

「何も。相変わらず、お美しい!」

「ありがと」


 和やかに会話している様子だったが、ミカの目が真剣みを帯びると、ランスロットも貼り付けた笑顔をやめる。


「それで、突然呼び出して何の用です?」

「今年で、ミスズが14歳なの」


 その言葉でおおよそ想像はついたが、何も言わずに続きを待つ。


「誰に似たのか、ウィンリアに行くって言い出したのよ」

「誰に似たというか、どちらに似てもそれは変わらないでしょう?」

「あら? 私に似たなら、この町から離れようとは思わないわよ」

「では、容姿と猪突猛進なところがよく似たんでしょう」

「そうねぇ……ホント、夫に似なくてよかったわ。かっこよくもなくて、しかもひねくれものなんて女の子じゃ、かわいそうだもの」

「……夫ですよね?」


 それでも好きだと言えるミカにどこがいいのか聞くが、全部と言われてしまい結局、本当に好きなのか不思議に思うランスロットであった。

 しかし、ミカがわざわざランスロットたちを呼び出した理由は、ミスズをウィンリアまで乗せろということらしい。


「定期便があるでしょう? なぜそっちにしないんです?」


 数は少ないが、定期便はある。なにも、旅商人に乗せてもらう必要はない。


「あなたの船の方が安全でしょ?」

「……」


 言い返せないランスロットにミカは笑顔を向けるだけだった。




 そんな、懐かしい夢は目覚ましの音で終わった。ある意味、ここで終わってよかったかもしれない。このあと起こったことはよく覚えている。誰かにいったところで信じてもらえないが、あの旅商人の乗っていた船は地を這う者レジスターに襲われた。

 普通の商船なら、救援のない場所で襲われれば沈むのを待つしかないが、その船は軍艦と同様の武装で、空を飛び、地を這う者を倒してしまった。

 しかも、その戦いに参加させられ、否が応にも度胸は鍛えられた。


「おはよぉ……ミスズ」

「おはよう」


 眠そうなフィーネと一緒の部屋で眠ることになったカルラは、まだ夢の中だ。

 このまま寝させて置こうと、着替えて朝食を取っていれば、遅れて起きてきたカルラに食堂で怒られた。


***


 巣付近に来ると、もう一度作戦の確認が行われる。

 まず、巣はまだ地を這う者を治める砂竜は生まれておらず、最深部にある砂竜を生みだす黒玉を破壊することが第一目標である。これを破壊しない限り、黒玉から生み出される地を這う者を永遠に狩り続けなければならない。

 この任務は、最も危険が伴うため筆頭騎士であるライル達の部隊が担当する。

 次に、できる限り巣から地を這う者を誘い出し、巣内部の数を減らす必要がある。これは、グラジオラスの護衛以外の部隊が担当することになる。ミスズたち新人もこの部隊のひとつとなる。


「いくら砂竜がいないとはいえ、数は向こうの方が上だ。細心の注意を払え。特に、新人は自分の身を守ることを優先しろ」


 ギリクの言葉にユーリが返事をするが、ひとつ疑問があった。


「砂竜が生まれる可能性はどれほどでしょうか?」


 黒玉であれば、地を這う者を生み出すだけだが、そこから砂竜が生まれるとなれば、危険度は大幅に増す。砂竜本体の戦闘力もそうだが、特に指揮系統が上がると言われており、砂竜がいるのといないのでは討伐の難易度が大きく変わる。


ゼロとは言い切れないけど、巣の規模からして新たに生まれる可能性は低いよ」

「新たにとは?」

「巣の規模が、一般的に砂竜のいる巣と同等の規模があることがわかってる」


 砂竜の習性の一つで、場所が悪いと感じた場合、その巣を捨て、別の場所で新たに巣を形成することがある。残された巣は時間が経過するとまた新しく黒玉が現れ、新たな砂竜が発生する。その場合、次の砂竜が現れるには時間がかかることが調査で分かっていた。


「次の砂竜が現れるまでは、少なくても2、3日あるはずだよ」

「わかりました」


 他には質問はでなかった。


「各員配置に付け」

「「「「「了解」」」」」


 全員が武器を手に甲板に向かう中、フィーネは足を止めた。


「フィーネ?」


 その手は震えていた。ミスズも足を止め、フィーネに近づこうとすれば、その後ろから近づいてくる影があった。


「怖いか?」


 ギリクだった。本来なら、すぐにでも艦橋に戻らないといけないであろうが、ウィンリアで討伐参加を伝えた時から真っ青な顔になっていたフィーネを心配して来たのだ。

 ミスズも少し離れたところで足を止めれば、ユーリが声をかけてきたが何か察したように先に行っていると、甲板に向かった。


「……私もお姉ちゃんみたいに、強くなりたいのに……怖いんです」


 震える手を抱きしめるフィーネに、ギリクはかつてこの船に乗っていた彼女の姉を思い出して、表情を歪めた。


「お前の姉貴は……アレだ。ものすごく、バカだ。初任務で『いってきます』って言ってきたのは、アイツしかいねェよ」


 満面の笑みで、遠足にでも行くかのように手を振って出ていったのは、さすがに衝撃的で覚えている。

 ギリクはフィーネの頭に手を乗せると、


「恐怖は忘れるもんじゃねぇ。ちゃんと、抱えとけ。恐怖心ってのは本当に大事なもんがそこにあるから感じるんだ。大事なもんがない奴は、強くはなれねぇからな」


 ポンポンと軽く叩き、その手を下ろした。


「それに、お前の姉貴はちゃんと怖がってたんだぜ?」

「ぇ……」


 家に帰ってくると、必ず笑顔で、怖がったり、悲しんだり、そんな表情全然見せない姉を思い出しては、それはとても不思議だった。見上げたギリクも、バツの悪そうな顔で頬をかきながら、


「怖くねぇのかって聞いたら、無駄に元気よく『怖いです! メッチャ怖くて泣きそうです!』って答えたからな。あいつ。でも、誰かのために自分ができることがあるなら、怖くてもやりたいんだって言っててよ……それが本当かどうかは、お前の方がわかるだろ?」


 嘘をつくのが苦手な人だ。きっと、その言葉に偽りなんてない。


「はい」


 姉のように、誰かのためとはいかない。でも、姉に追いつきたい。そして、友人を守りたい。

 自然と、震えは収まっていた。


「ありがとうございます! ギリクさん!」

「おう。死ぬなよ。フィーネ」

「はい!」


 しっかりと敬礼をすると、フィーネはミスズの待つ方へ走り、途中、振り返るとギリクに向かって手を振った。


「いってきまーす!!」


 姉そっくりの満面の笑みで、走っていった。しばらく唖然としていたギリクだか、苦笑いをこぼすと、自らも艦橋に向かった。途中、無線に手をやり、


「カルラ。準備はいいか?」


 グラジオラスの核である機関室にいるカルラに通信を飛ばす。

 カルラの首にはコードが何本も繋がっている機械をつけてられていた。通信が入らない限り、この部屋には音は入らない。


≪ 大丈夫 ≫


 首につけられた機械は、カルラから発生する聖なる音を増幅し、その音はグラジオラスを包み込む。そこから放たれる音は、共鳴者の武器と共鳴し、地を這う者たちを砂に帰す。

 部屋の中では、カルラには戦闘の様子はわからない。だが、共鳴していれば存在は掴めるし、地を這う者の存在はここにいる誰よりも感じている。

 信じて謡うしかないのだ。

 直接戦う術はなくても、奏者がいなくては、共鳴者だけでは地を這う者を全て倒すことはできない。


「ミスズ……フィーネ……」


 ウィンリアを一緒に探検すると約束した二人を思い浮かべ、少し怖くなるが、頭を横に振りその考えを捨てる。


「約束したんだから……!! 大丈夫!」


 自分で鼓舞するように頷くのと同時に、ギリクから作戦開始の通信が入る。

 カルラの謡は、首に付けられた機械を通し、残響を生み出し始めた。

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